第39話 失踪
俺たちの家が完成してから数日後、ゼロスたちの家も完成した。
そこまで大きくない広場の中に家が三軒もあると、ちょっとした村っぽくも見える。
森の中のテント暮らしから一転して、かなり人らしい生活になっていた。
「ねえレイナ、二人の家の完成祝いでもする?」
「そうねぇ……結局アラタもかなり手伝ったし、ちょっと豪勢にしましょうか」
俺たちの家の中も引っ越しの整理がだいぶ終わり、以前テントでも使用していたソファやテーブルをそのまま家具として利用した。
レイナが持ってきた本なども棚に綺麗に整頓され、とても島の中の素材で作ったとは思えない内装だろう。
専用のキッチンも作ったし、外にはお風呂や焼き釜などもある。
俺にはなんでも作れるような専門的な知識はほとんどないが、その辺りはレイナがだいたい作り方を知っているので、色々教えてくれた。
そのうち神獣族の里から野菜とかを貰って畑でも作ろうか、そんな風に考えていると、インターホン替わりにしている家の鐘がなった。
「誰かしら? ティルテュやルナは勝手に入ってくるから違うだろうし」
「俺が出てくるから、レイナはそのままご飯の用意してて」
今は昼時なので、この場にやってくる面々はだいたい限られている。
その中で、わざわざ鐘を鳴らすとなると――。
「おうアラタ、邪魔するぜ」
「あ、やっぱりエルガだ。どうしたの?」
「ルナを迎えに来た。あいつ、今日は絶対に朝には帰ってこいっつったのに全然戻ってきやしねぇ」
「ルナを? いや、昨日の夜はご飯だけ食べて普通に帰ったけど……?」
ルナに両親はいないため、エルガとリビアさんが家族として迎え入れているのは以前から聞いていた話だ。
二人には子どももいないし、妹や娘のように可愛がっているのも端から見て良く分かる。
エルガのことを小姑みたいでうるさいとルナは言うが、それでも邪険にはせずにだいたい一緒に行動しているのはまあ、そういうことだろう。
「はぁ……あいつ、どこ行きやがった」
「ルナがどうしたの?」
俺がいつまでも中に戻らないからか、料理をする際によく着る赤いエプロン姿のレイナがやってくる。
「ルナが昨日から戻ってないんだって」
「大変じゃない! それなら探しに行かないと!」
「……いや、お前らはいい。こいつは俺らの問題だからな」
ガシガシと頭をかきながら、エルガは呆れたように溜め息を吐きつつ、背中を向ける。
「ただまあ、もしこっちに来るようなら、里に帰れって言っといてくれ。あと、覚悟しとけよってことも」
「あ、ちょ――」
凄まじいスピードで飛び出したエルガに手を伸ばした時には、もう彼の姿は見えなくなっていた。
こういうとき、彼が普通の人間でなく神獣という凄い種族の子孫だということを実感する。
「どうしよう……」
「やっぱり、探しに行った方がいいんじゃない? ルナはこの辺の森の魔獣にやられるような弱い子じゃないけど、里までの道を間違えるようなこともないだろうし、なにかあったのかも……」
「そう、だね」
シャンタク鳥を一人で狩り、巨大なエンペラーボアが相手でも怯むことなく狩りに行くルナのことだ。
もしかしたら、なにか美味しい獲物を見つけて、そのまま見知らぬ土地まで行ってしまったのかもしれない。
「それじゃあレイナ、俺が行く」
「そう、よね。私が一緒だと足手まといになっちゃうし……お願い」
「うん、任された」
そうして俺もエルガと同じく外に出る。
なにごとかとこちらの様子を伺っているゼロスたちがいたので、簡単に事情を説明して、俺はそのまま森の中へと飛び出した。
神獣族の里までの道のりを進みながら、周囲の音を聞き洩らさないように集中する。
風の靡く音や、わずかな水の流れなどは聞こえてくるが、ルナらしき存在を感知することは出来なかった。
「少なくとも、昨日の夕方まで俺の家にいたから……」
なにかあったとしたら、その帰り道だろうと思うのだが、結果的に神獣族の里に辿り着いてもルナは見つからない。
どうやら里ではすでにエルガがルナが戻らないことを伝えているらしく、少し騒がしさがあった。
情報をなにも持っていない俺が今彼らに説明をしたとしても、大した力にならないだろう。
そう思い、俺は再び森の中へと向かって行く。
里から家までの道のりにいないとすれば、ルナの居場所を見つけることは相当困難だ。
レイナも言っていたが、ルナがこの辺りの魔物相手に後れを取るとは思えない。
彼女はなんだかんだ言って、神獣族というこの島における最強種なのだから。
「とはいえ、丸一日戻ってこないってことは、よっぽどのトラブルがあったか、自分の意思で戻らないかだけど……」
森をかけながら昨夜のルナの様子を思い出す。
昼間はティルテュと遊び、夕飯を食べる姿もいつも通りだった。
「……いや、そういえばいつもより楽しそうだったな。えっと……たしか、今日がエルガとリビアさんの結婚記念日だから、今日は三人でパーティーをするって」
そこで思い出す。そういえばルナは今日のために、なにかプレゼントを用意するのだと息巻いていた。
その準備があるから、いつもより少し早いけど帰るんだって……。
「ってことは、そのプレゼントを用意する過程でなにかあった? いや、だからってそれくらいのヒントじゃさすがに……って」
そう思っていると、少し離れたところでルナらしき気配を感じた。
かなり遠いが、慣れ親しんだ気配だ。間違えることはない。
特に弱った様子も感じられないので、ルナの身になにかがあったというわけでもなさそうだ。
「とりあえず、行くか」
一気に駆け出し、ルナの下へと走りだす。
途中で色々な魔物が驚いた様子で俺を見て、化物に遭遇したように逃げ出すが、そいつらに構っている暇はない。
「いた!」
大きな木の傍で座り込んでいるルナの後ろ姿を発見する。
「ルナ!」
「――⁉」
俺の声に驚いたルナが慌ててこちらを振り向き、そしてなにかしらのジェスチャーをしている。
とりあえず怪我らしい怪我などもなく元気な姿が見れたのでホッとして、俺は足を緩めて傍まで歩いた。
「ん?」
そうして近づくにつれて、ルナが背後でなにかを隠しているのがわかった。
小さなルナの上から覗き込むように見ると、そこには二匹子犬……らしき魔物が地面に転がって寝ている。
「お、お兄ちゃん……」
「えーと……これは?」
「……実は」
ルナは不味い場面が見つかってしまった、という様子で最初は黙り込む。
しかしこれ以上隠しごとは出来ないと、観念したようにポツポツと事情を話し始める。
「あのね、今日はエルガとリビアお姉ちゃんたちの結婚記念日なんだって」
「うん」
「それでね、なにかプレゼントをしてあげたいって思って……それで前にお姉ちゃんが子ども欲しいって言うから……」
ルナの背後には子犬のような魔物。多分オオカミ系だ。まあ見た目は子犬だからそれでいいか。
つまりルナは、このオオカミの子どもをエルガとリビアに渡すつもりだったのだ。
子どもらしい発想で少し微笑ましいと思っていたが、しかしふと思いなおす。
明らかに生後間もない子犬たちだ。当然、親がまだこの子たちを守らなければ、この厳しい弱肉強食の中で生きていけるはずがない。
「ねえルナ。この子犬たちの親は?」
「っ――⁉」
俺の問いに、ルナはビクっと身体を震わせてうつむいてしまう。
その態度、まさか――。
「ルナが、殺したの?」
「ち、ちがうよ! ルナじゃない! ルナが近くにきた時にはもう……」
「そっか……」
その言葉に俺はホッとした。
ルナが嘘を吐いている可能性はない。この子はこんな嘘を吐く子じゃないからだ。
「それじゃあ、ゆっくりでいいから事情を説明してくれる?」
「……うん」
そうして、ルナは自分たちの家から出て、今までなにをしていたのかを話し始めた。
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