第37話 お父さんの気持ち

 ゼロスたちが近くに住むようになってから数日。


 彼らが近くのテントに住むようになったからといって、なにかが変わったかという話はあまりない。


 ゼロスとはある程度仲良くなったと思うが、だからといって毎日一緒にご飯を食べるような仲になったわけではないのだ。


 彼らは彼らで自分たちでなんとか生活をやりくりしようと、色々と動いている。


 そのうちの一つが、住居の製作だ。


「進捗はどう?」

「おうアラタか。まあ、ぼちぼちっつーところだな」


 大木を切り倒したゼロスは、それを綺麗な板になるように削り取っているところだった。


 魔法使いはそれぞれ魔力で身体能力を強化出来るらしく、見た目以上の怪力で作業をしている。

 とはいえ、やはり多少疲れはあるらしく額からは汗が流れていた。


「そっか、マーリンさんは?」

「疲れたからちょっと川まで出ていくってよ。レイナも一緒みたいだぜ」

「へぇ。あの二人、最近仲良いね」

「あー、まあマーリンのやつはなんかこの間の出来事で思うことがあったらしくてな。レイナに色々アドバイスしてるっぽいぜ」


 ここ最近は事件らしい事件がなかったので、この間の出来事というのがヴィーさん襲来のことだとは思う。


 ただ、あの出来事でレイナとマーリンさんが仲良くなる場面などあっただろうかと首を傾げていると、ゼロスが少しだけ呆れた表情でこっちを見ていた。


「なにその顔?」

「いんや、ただレイナのやつも苦労しそうだなぁって思っただけだよ」

「よくわからないけど……まあいいや。俺もちょっと手伝おうか?」

「お、そいつは助かる。そしたらあの辺の倒しっぱなしになってる木をまとめてくれるか?」


 俺は雑多に並べられた大木を一つ一つ整理しながら、そういえばと思う。


 ゼロスとマーリンはテント暮らしが続くことが嫌らしく、家を作ろうとしているが、この島にそこそこ長く住んでいるというのに、家を作るという発想には俺もレイナもならなかった。


 レイナが持ってきてくれたテントは軍用でとても大きく、これまでなにか困ったこともない。

 とはいえ、レイナも年頃の娘。俺みたいな異性といつまでも一緒では、さすがに色々と気にしないといけないことが多いのではないだろうか?


「苦労しそうって、そういうことか」


 先ほどのゼロスの発言、そしてここ最近マーリンと仲が良好なのも、女性として色々相談しているのだと気付いた。


 レイナが今まで俺に対してなにか不満をぶつけてきたことはないが、困っていることはたくさんあったのかもしれないと思うと、大人としてもう少し気にかけてあげるべきだったと改めて思う。


「やっぱり、色々と気にしてるんだよなぁ」


 よくよく考えれば、ゼロスとマーリンさんだってそれぞれ別々に暮らしている。

 長年仲間として過ごしてきた彼らでさえそうしているのに、この島で出会った男女がいつまでも一緒に過ごしている方がおかしいのだ。


「よし、そうと分かれば、レイナが安心して暮らせる家を俺も作ろう」


 とりあえず彼女のプライベートな空間が守れるようなものを作り、俺はもうしばらくあのテントを借りつつでいいだろう。


「……なんか勘違いしてるっぽいが、まあいいか」


 ゼロスの呟きは聞こえてきたが、あまり重要そうじゃないので聞き返さずに、俺は用意された大木を順番に片付けるのであった。




「というわけでレイナ、俺たちも家を作ろう」

「えっと……どういうわけで?」


 川から帰ってきたレイナにそう提案してみると、彼女は困惑した様子を見せる。たしかに、いきなり過ぎた。


「いや、やっぱり俺とレイナは男と女なわけだし、いつまでもテント暮らしだとレイナも色々と気を使っちゃって大変だよね?」

「今更アラタに対してなにか気を使うことなんて……あっ」


 なにかを言いかけたレイナは、やはり心当たりがあったらしく言葉を切る。

 少し頬を赤らめているのは、やはりそういうことだろう。


「今ゼロスたちが家を作ってるから、材料とかをまとめて一緒に使えば結構時間も短縮できると思うんだよね」

「たしかに今まで一回も家の話が出なかった方がおかしかったのかも……」

「うん。家が出来ればお互いプライベートな空間も出来るし、色々と助かる部分も多いと思うんだ」

「そうよね……ごめんなさい。今まで気付かなくて」

「……うん?」


 なんで俺が謝られているんだろう?

 どっちかと言えば、いつまでも気付かずにいた俺が謝らないといけないはずなんだけど……。


「その、アラタも男の子だもんね。色々と、その、あるもんね」


 なんだか急にレイナが余所余所しい態度を取る。表情は少し恥ずかしそうで顔も赤い。

 いったい彼女の頭の中では、なにが想像されているのだろうか?


「わかったわ。それじゃあお互いの部屋がちゃんとあるような家を作りましょう」

「えっと……いや、お互いの部屋っていうか普通に家を二つ――」

「そうと決まれば善は急げってことで、いろいろと準備しないとね。家を作ったことはないけど……多分なんとかなるわ!」


 俺の言葉を遮って、レイナが気合いを入れている。


 いや、家を二つ作って、お互いそれぞれ住めばいいんじゃないだろうか? と思うのだが、なんだか止めるのも悪いくらいテキパキと動きだしたレイナに、俺はなにも言えないままだった。




 それからしばらく、俺たちは家造りに勤しむことになる。

 俺たちが拠点にしているテントは森の中だ。周囲にある木はどれもこれも太く、高く、素材に困ることはない。


「おにいちゃん、お家つくるの?」

「うん。いつまでもテント暮らしってのも、色々と問題があるからね」

「へー。出来るの楽しみだね! ルナも手伝うよー!」


 遊びに来たルナは、満面の笑みでそう言ってくれる。それと対照的なのは、ティルテュの方だ。

 家づくりの経緯を説明したあとから、彼女は少し不満そうな表情をしている。


「なあ旦那様。レイナと二人が住む家を作るのは……まあ、百歩譲っていい。だがな、我もその家に部屋が欲しいぞ!」

「えぇー……」

「なんだその態度はぁ! だってレイナと二人の家を作るというのは、つまり愛の巣を作るということだろう! ズルい! 我も旦那様と愛の巣作りたい!」

「愛の巣って……」


 ちょっと言葉が古臭い上に、色々と勘違いをしているティルテュになんと言えばいいか悩む。

 彼女的に共同で住む巣を作るのは、いわゆる夫婦ならではの一大イベントらしい。


 俺のことを旦那様と慕ってくれる彼女にとって、それはそう簡単に見過ごせる内容ではないそうだ。


「あのねティルテュ。何度も言ってるように、俺たちは別に愛の巣を作ろうってわけじゃなくてね。お互いの生活を尊重しようって、そういう意味も兼ねて家を作ろうって――」

「それは旦那様の意見だろう⁉ レイナは絶対にもっと色々考えておるぞ!」

「そんなことないと思うけどなぁ……」


 ティルテュの言う色々がなにを指すのかわからないが、彼女の思っているような思惑は一片もないはずだ。


「うぅー……」

「そんなに拗ねなくても――」

「拗ねてるのではない! 我も一緒に住む部屋が欲しいだけだ!」

「あら、それなら作ればいいじゃない」


 俺がティルテュたちとそんな話をしながら作業をしていると、お昼ご飯を持ってきたレイナがやって来た。

 お盆の上にはピザが載っている。この間、家を作るついでにピザ釜っぽいものを作ってみたのだが、さっそく活用してくれたらしい。


「いいのかレイナ⁉」

「ええ、この土地は使ってもいいってスザクさんから許可も貰ってるし、ちょっと大きめの家を作れば問題ないわ」

「それならルナの部屋も欲しい!」

「ふふ、それなら最初の想定よりも大きいのを作らないとね」


 レイナの言葉に嬉しそうに笑い合うルナとティルテュ。二人はさっそく自分の部屋が出来たらこれをして、あれをして、と想像を膨らませ始めた。

 それは初めて自分の部屋が貰えるようになった子どものようで、微笑ましい光景だ。


「良かったの?」

「あの子たちも嬉しそうだし、別にいいんじゃない? それに、にぎやかの方が楽しいもの」


 レイナは収納魔法に入れていた家の設計図を取り出すと、ささっと色々と書き直し始める。

 最初は俺とレイナの二人が住むだけの家のつもりだったが、いつの間にか大きなリビングやそれぞれの部屋が書き込まれていた。

 それに、エルガなどが泊れるような客間も用意する仕様になっていた、もはや家というより屋敷に近い。


「さ、それじゃあ色々と変わっちゃうけど、頑張りましょうか」

「そうだね。初めての作業だらけで大変だけど……」


 俺は再び楽しそうに笑うティルテュたちを見る。それを見ているだけで、やる気と元気が湧いてきた。


「よーし、頑張ろっか!」


 ちょっとだけ、世の中のお父さんの気持ちがわかった気がする。

 そんな一日だった。


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