第34話 この島を全力で楽しむために
「……はぁ。胃が痛い」
「おいマーリン、いい加減諦めろよ」
「ゼロス……アンタが勝手に約束を取り付けるからでしょうが」
「俺だって好きで決めたわけじゃねえよ!
川で顔を洗った俺とルナの後ろでは、レイナと同じ七天大魔導であるマーリンさんとゼロスさんが軽い言い争いをしながら付いてくる。
俺としてはお隣さんを朝ごはんに招待するくらいの軽い気持ちで誘ったのだが、彼らはまるで地獄の一丁目に足を踏み入れるようなくらい絶望的な表情をしていた。
「ねえお兄ちゃん、あの二人なんであんな暗い顔をしてるの?」
「うーん、何て言ったらいいかな……うんとね、色々と勘違いしてるだけかな」
「そっかー」
出来ることなら、少しでも早くこの勘違いも解消してくれればいいと思う。
この島に転生してからそれなりの日数が経ったが、出会う人たちはみんな良い人ばかりだ。
だからこそ、ゼロスさんたちも一緒にご飯を食べれば、きっと笑い合えると思う。
「……なんか、ずいぶんとこの辺の道、舗装されてねえか」
「ああ、よく使う道は土魔法で整備してるんですよ」
「お前が? 魔法使いなのか?」
未だに俺を警戒しているマーリンさんと違い、ゼロスさんは多少慣れてくれたのか会話をしてくれる。
自分の興味のある分野だからか、その声は今までよりは友好的だ。
「魔法使い、って言えるほど大層なものはないですけど、とりあえずレイナから魔法を習ってます」
「へぇ。まああいつは『万魔』なんつー二つ名を持ってるくらいだから、細々としたことを教わるのはいいかもな」
「『万魔』?」
初めて聞く言葉に俺が首を傾げていると、ゼロスさんは首を傾げる。
「なんだ知らなかったのか?」
「うん。別に知らなくても困らなかったし、そもそも魔法使いに二つ名がある自体、ゼロスさんたちが来るまで知らなかったです」
たとえばゼロスさんの二つ名は『滅炎』、そしてマーリンさんは『水聖』。どちらもその名前を聞けば、どんな魔法使いなのか簡単に想像がつく。
「……『万魔』ってどういう意味?」
「そりゃあ……」
「ちょっとゼロス。アンタ他の魔法使いの情報を漏らそうとするなんて、気を抜きすぎなんじゃない?」
俺とゼロスさんの会話に割り込むように、マーリンさんが口を開く。
「んだよ。別に敵ってわけじゃねえんだからいいじゃねえか」
「良くないわよ。レイナが話してないってことは何か理由があるかもしれないんだから」
「あー……まあ、そうかもな」
マーリンさんの指摘に彼は少しだけ気まずそうな顔をする。
「つーわけで、悪いが後は本人に聞いてくれ」
「あ、はい。それは全然構いません」
別にそこまで気になっていた訳ではないからいいのだが、しかしレイナがわざと教えてくれなかったというなら少しだけ寂しく思う。
もちろん、ただ単に大陸の情勢や魔法使いについて知らない俺に、そんなことを言う必要もないと思っていただけかもしれないが。
そんなことを思っていると、隣を歩くルナが服の裾を軽く引っ張ってきた。
「お兄ちゃんお兄ちゃん」
「うん?」
「大丈夫だよー。レイナお姉ちゃん、お兄ちゃんのこと大好きだもん」
もしかしたら俺は今、暗い顔をしていたのかもしれない。
だが、純粋無垢な瞳でルナがそんなことを当たり前のように言ってくれるので、俺は思わず笑ってしまう。
「そうだね。俺もレイナのことは好きだよ」
もちろんそれは友人としてだし、彼女からもそれは伝わってくる。
お互いがお互いを尊重し合えるいい関係が築けていると思うので、先ほど感じた寂しさはお門違いだったと改めて思った。
「ありがとうねルナ」
「んふふー」
モフモフの狐耳を軽く撫でると、ルナは機嫌よく笑う。
「……」
「……可愛いかも」
俺たちのそんなやり取りを、後ろを歩く二人がマジマジと見つめていた。
毎朝歩き慣れた森の道を進むと、もう今ではマイホームとも言えるテントがそこにある。
「レイナーただいまー」
「ただいまー!」
俺たちの声に反応して、レイナがテントから出てくる。
本を読むために少し小さな眼鏡を付けた彼女は、いつも以上に知的な感じがした。
どうやらカティマに対して行っていた質問攻撃は終わったらしく、朝食の準備も終えて、俺たちが帰ってくるまでゆっくり本でも読んでいたのだろう。
「お帰りなさい二人とも……どうしてその二人がここいるのかしら?」
「実は……」
そういえば昨日の出来事のうち、ゼロスさんたちのことは伝え忘れていたと思い、事情を説明する。
全てを聞いたレイナは少しだけ考える素振りをした後、軽くため息を吐いた。
「……駄目だった?」
過去は過去、今は今、と割り切れれば良かったのだが、そう簡単にはいかないのはよくわかる。
以前聞いた話では、他の七天大魔導との仲は良好ではないとはいえ、敵対していたという程ではない。
だから大丈夫だろうと安易に思っていたが、もしかしたらそれは甘い考えだったのかもしれない。
だがそんな俺の不安がわかったのか、レイナは少しだけ困ったような表情をしてから、微笑んでくれた。
「そんな目しないの。別にアラタがそうしたいっていうなら構わないわよ。ただまあ、思うことがないわけじゃないけどね」
「俺としては、同じ島で生活をする者同士、仲良くやりたいというのが本音なんだけど」
「まあ、そうよね……ここは、王国じゃないものね」
レイナはそう言うと、改めてゼロスさんとマーリンさんたちの方を向いた。
「ゼロス、マーリン……この島はとんでもない所だけど、住んでみたら良い所だったわ。貴方たちも思うところはあるだろうけど、過去のしがらみは忘れて仲良くしましょう」
「「……」」
二人は少しだけ気まずそうな表情をする。やはり俺の知らない何かがあるのだろう。
とはいえ、それを部外者である俺が追及するのは違うと思う。
それに、これまでゼロスさんたちと話してみて、彼らは決して悪い人たちじゃなかった。
むしろ、色々とこの島のことで困惑こそしているが、所々に気配りの心を感じられる良い人たちだ。
レイナの伸ばした手をどうするか二人は迷っていたが、先に動いたのはゼロスさんだった。
ガシガシと頭をかくと、そのまま一歩前に踏み出す。
「あー! もう! わかった、わかったよ! 今まで悪かったなレイナ! これからよろしく頼む!」
「ええ、よろしくゼロス」
力強くレイナと握手をしたゼロスさんは、相方であるマーリンさんに振り向く。
「おら、お前もいい加減、気持ちを切り替えろよ」
「……わかってるわよ。はぁ、まさか七天大魔導まで上り詰めてから、こんなことになるなんて思いもしなかったわ」
マーリンさんは疲れた様子を見せながら、それでもレイナの手を握る。
「レイナ、よろしくね」
「ええ」
お互い美女のため、そんな二人が微笑みながら並ぶと華やかさがあった。
特にマーリンさんは大人の妖艶さもあり、きっと普通の男だったらすぐに魅了されると思う。
「おい、いちおう言っとくけど、あいつ結構なババアだぜ」
「……そういう言い方は良くないと思いますよ?」
もし聞こえていたらきっと、ゼロスさんはこの島の魔獣ではなく相棒によってこの世から退場させられていたことだろう。
「敬語ももういいって。お前には恩もあるし、堅苦しいの嫌いなんだわ俺」
「あ、それなら俺もアラタで」
「おう……これからよろしくな」
少し離れたところでは、レイナとマーリンさんが女性同士で会話をしている。それに対してこちらでは男同士での会話だ。
思えば、この島にやってきてから男友達といえばエルガと、それからガイアスの二人くらいだった。
新しい男の友人が出来たことは、意外と嬉しいことだ。
そう思っていると、これまで静かだったルナがゼロスの傍による。
「ねえねえ」
「あん? なんだ?」
「もうルナのこと、怖くない?」
少しだけ不安そうな表情で、ルナはゼロスを見上げる。
……もしかしたら、彼女なりに怖がられていたことにショックを受けていたのかもしれない。
それがわかったからか、ゼロスはとても気まずそうな顔をして、それでもしっかりとルナと向き合う。
「悪かった。今はもう……怖くねぇよ。ああそれから言い忘れてたが、昨日は俺らを助けてくれてありがとな」
「……うん!」
ゼロスの謝罪とお礼の言葉が心からのものだと理解したのだろう。
ルナは満面の笑みを浮かべて、嬉しそうに笑うのであった。
そうして和やかな雰囲気になったあたりで、テントの中からアールヴの少女カティマが出てきた。
「……なあ、そろそろカティマはお腹が空いたぞ?」
その言葉を聞いたレイナと俺は、つい笑ってしまう。
たしかにもう朝食にしてはだいぶ遅い時間になっていたことに、彼女の言葉で気付いたのだ。
「それじゃあ、今からご飯にしましょうか。今日はそうね、マーリンとゼロスの歓迎会も兼ねて、結構奮発するわよ」
「やったー!」
「ん……楽しみ」
レイナの言葉に二人は嬉しそうな態度を全身から発していた。
俺はというと、ようやくゼロスたちを受け入れることが出来て、良かったと思う。
「改めて、これからよろしく」
「おう」
「ええ」
これから彼ら二人がこの島でどういう生き方をするのかは分からない。
もしかしたら、何としてでも脱出しようと、色々とするのかもしれない。
俺はそれならそれでいいと思うし、協力したいと思う。
この島は自由だ。やりたいことをやって、笑っていられれるように生きていられる。
これからも色んな出会いはあるだろう。そして、色んな出来事があるに違いない。
それらをすべて含めて、俺はこの島で生きることを全力で楽しみたいと、そう思った。
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