第33話 朝の一幕
翌朝、俺が目を覚ましてテントから出ると、アールヴの少女カティマが森の中で佇んでいた。
獣の毛皮のような銀髪を二つ括りにし、褐色の肌をした彼女は、耳こそ長いが見た目だけなら人間とほとんど変わらない。
少しぼうっとした様子が見た目の年齢よりも幼い雰囲気を出すが、そもそもこの島の住民に対して見た目の年齢はあてにならないだろう。
カティマは俺に気付いたらしく、紅い瞳を向けてきた。
「アラタか……」
「おはようカティマ。起きるの早いね」
「うん、森の木々からこぼれる朝日は気持ちがいいからな。カティマは朝の日光浴が好きなんだ」
「へぇ……」
たしかに彼女の言う通り、柔らかい朝日の光が差し込み気持ちがいい。
ゆったりと流れる風によって揺れる木々の音と鳥の鳴き声をBGMに日光浴をするのは、すごく魅力的だ。
「昨日はありがとう」
「えっと……? ああ、助けたことか。それなら気にしないでよ」
「いや、アールヴは恩を忘れない。それに、お前たちが取ってきた魚も貰ってしまった」
しゅん、と申し訳なさそうに肩を落とすカティアに、思わず苦笑してしまう。
俺の釣りの収穫はゼロ。あえて言うならこのカティマが釣れたくらいだ。
あの魚を取ってきたのはルナとエルガなので、俺に謝らなくてもいいと思う。
「それならさ、今度ルナになにか持ってきてあげてよ。あの魚のほとんどが、ルナが釣ってきたやつだからさ」
「うん。カティマは貰った恩は忘れないし、恩はたくさん返す」
ムン、と両こぶしを握りながら気合を入れるカティマは、表情こそあまり変わらないが考えていることは分かりやすい。
「ただ、アラタにも助けてもらったから、恩を返す。なにか困ってることはないか?」
「俺? うーん、そうだなぁ……」
今のところ、この島にやってきてから困っていると言えることは少ない。
俺は神様から無敵の身体を貰ってるから、怪我も病気もしないし健康そのものだ。
それに、この島の住民たちはみんな親しみやすい性格をしているので、人間関係で困っていることもない。
ご飯も美味しく、毎日新鮮なことばかり。楽しく快適に過ごしている身としては、困っていることと言われても……。
「あ、そうだ。ねえカティマ、アールヴって山に住んでいるんだよね?」
「うん。山には火と土と闇の精霊たちが溢れているからな。カティマたちアールヴにとって心地の良い場所なんだ」
「ならさ、そこで取れる特産品とかってない?」
「特産品?」
意味がわからなかったのか、カティマが首をコテンと傾げる。
「あー……カティマの住む場所で取れる美味しいものとかがないかな」
「ああ、なるほど。それならたくさんあるぞ。山は生命の源だからな」
自慢げに胸を張ると、薄い服の上からはっきりわかる丸い輪郭が少し強調されるので、俺は目を逸らす。
カティマの服装は古代の日本人っぽい。
一枚の布で作ったノースリーブのワンピースのような作りをしているせいで、そんな風にされると少し目のやり場に困ってしまうのだ。
「カティマのオススメはキノコだ」
「……大丈夫なやつ?」
「ん? 別に毒とかは入ってないやつだぞ……?」
この島のキノコは信用できない。
エルガの過去話は正直怖すぎる。
とはいえ、すべてのキノコがそうであるわけではないだろう。それに、このカティマが美味しいというのも気になる。
「それじゃあ、今度その山に行ったときに少し貰っても良いかな?」
「ああ、それなら長老たちにも伝えておこう。カティマを助けてくれたアラタたちは、アールヴ全体の恩人だからな。きっと大精霊様たちも歓迎してくれるはずだ」
ふふん、と微笑むカティマに俺は大げさなと思うが、彼女の命を救ったのもまた事実。それを否定するのは、また違うような気もした。
それに、このテント周辺で取れる野菜のバリエーションは実は少ない。肉類は何故かちょこちょこ発生するのだが。
「それじゃあ今度、お邪魔させてもらおうかな」
「ああ、楽しみに待ってるぞ」
そんな風にカティマとしばらくどんな食べ物があるのか話していると、レイナやこのテントに泊まっていたルナが起きてくる。
俺たちがなにを話していたのか気になるらしく、せっかくなので彼女たちにも同じ話をするとレイナは二人とも乗り気だった。
特にルナに至っては、話しているうちに涎が出始めるので、すぐにでも行く気満々だ。
「まだ持ってきた食材に余裕はあるけど、やっぱり野菜類はもっと欲しいと思ってたのよね」
「アールヴが住む山には自然の恵みが多いぞ。それに、自分たちで作ってるのもある」
「それなら、こういうのはあるかしら?」
レイナがカティマに対して色々と質問をし始める。どうやらなにかスイッチが入ってしまったらしい。
こうなると結構長くなるのは、これまでの付き合いでわかっていた。
「ルナ、俺は川で顔洗ってくるけど、どうする?」
「うーん……ルナも行く!」
レイナに捕まったカティマは、度重なる質問の嵐に少し焦った様子を見せている。
この状況では、他のことに構う余裕はなさそうだ。
ルナもここで一人残されたら話題に入れず退屈だと思ったのだろう。俺に付いてくることを選んだ。
「じゃあレイナ、カティマ、ちょっと行ってくるね」
「行ってきまーす」
俺たちは軽く一声をかけてから、少し離れた川の方へと向かって行った。
「あ、ゼロスさん。おはようございます」
「あん? ああ、アンタか……」
川にはすでに先客がいた。
レイナと同僚で、大陸最高の魔法使いである七天大魔導の一人、ゼロス・グラインダーさんだ。
彼は俺を見て、そしてルナを見て少し顔を強張らせる。
「なんでルナ見てそんな顔するの?」
「いや、悪かった……」
おそらく昨日のことを思い出しているのだろう。
とはいえ、今のルナは昨日と違って魔力を抑えているし、彼に対して威圧的な雰囲気もないはずだ。
少し気まずそうな表情だが、体調が悪くなった様子はない。
ただやはり絶対的な力の差を思い知っているせいか、彼はどこか挙動不審だった。
「ルナ、ゼロスさんはまだこの島に慣れてないから、力の見せ方とか気を付けてね」
「わかってるもーん」
ここで素直に頷いてくれるのがルナの良い所だ。これがティルテュであれば、わざと威嚇とかをして遊ぶことだろう。
ゼロスさんたちはまだ、この島の人たちが危害を加えるような危険な相手ではないことを信じず、疑っている。
この島に流れ着いた異邦人の仲間としては、そんな誤解は早く解いておきたかった。
「って言っても、レイナに比べて二人とも警戒心も強そうだしなぁ……」
このあたりは、レイナの順応性の高さの方がおかしかったのかもしれない。俺が傍にいたのも原因の一つかもしれないが。
とにかく、仲の良いルナやエルガたちがいつまでも怖がられるのはあまり嬉しくない。
それに、先日のシャンタク鳥の一件もある。
このまま彼らを放置し続けていると、そのうちこの島の状況に耐え切れずに、精神的に参ってしまうかもしれなかった。
それは、せっかく出会ったというのにちょっと嫌だ。
「ゼロスさん、このあと時間ありますか?」
「あ? そりゃあるが……」
「そしたら、朝食を一緒に食べませんか?」
俺の提案に、彼は少し顔を強張らせながらも頷いた。
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