第31話 アールヴの少女

 ゼロスさんたちの体調が戻ったころを見計らい、俺たちは自分のテントに戻ってきた。


 一緒に釣りをしていたルナとエルガは大量の魚に満足げだ。

 特にルナは初めての釣った自分の魚に名前をつける始末。あとで食べるときに泣かなければいいが……。


 そんな二人の様子を横目に俺は今、正座をしてレイナを見上げていた。


「ねえアラタ、聞いてもいいかしら?」

「……はい」

「なんで散歩に行っただけなのに、なにかトラブルっぽいのを拾ってくるのかしら?」

「違うんだレイナ聞いてくれ。俺はただのんびり釣りをしてただけなんだ。そしたら……なんか……その……釣れちゃったんだ……」


 レイナから視線を逸らしながら、俺はただただ事実を口にする。

 段々と語尾が小さくなっていくのは、仕方ないと思って欲しい。

 

「どうやら、自分がおかしなことを言ってる自覚はあるようね」


 呆れた様子のレイナは、軽くため息を吐くとテントを見る。

 そこには俺が釣ってしまったエルフっぽい少女が寝ているところだ。


 幸いにも、川で溺れていた割には普通に呼吸もしていて、この島に来てから三度目の人工呼吸をする必要はなかった。


 さすがに人命救助とはいえ、気を失っている女性の唇を奪うのはあまり気乗りしない。


 まあ、その時はマーリンさんにお願いしていたと思うが、彼女も魔力酔いが酷く体調もあまり良くなさそうだったので、呼吸が安定していてくれて良かったと思う。


「ちょっと出かけるとすぐトラブルを捕まえてきて……まあ、アラタだし仕方ないか」


 今さらっと酷いことを言われた気がする。が、それで彼女が納得してくれるなら藪蛇を突かないようにしようと思った。


 ふと空を見上げれば、太陽が少し赤くなりかけている。

 夕暮れにはまだ早いが、意外と夜が来るのが早い島だ。これ以上遊んでいると、すぐに暗くなってしまう。


「とりあえず、そろそろ夕飯の準備をしよっか」

「ええ。ルナとエルガも食べてくみたいだし、ちょっと多めに準備しないといけないわね」


 当たり前のように二人を勘定するレイナに苦笑しつつ、俺は正座を解いて立ち上がった。


 とはいえ、こと料理に関してはレイナの手伝いをするには技量不足。


 それでもたまに手伝わせてくれるが、今日はルナとかがいるのでそちらの遊び相手になる方がいいだろう。


「今日はせっかくルナたちが魚を釣ってきてくれたし、久しぶりに魚メインにしてみましょうか」

「おお、いいね!」


 この島に来て以来、エンペラーボアの消化を進めないといけなかったため、レイナのレパートリーは肉料理がメインとなっていた。


 特に、ルナやティルティは野菜より肉を好んで食べるため、必然的に優先度が上がってしまうのだ。

 それはそれで凄く美味しいのだが、やはり元日本人としては魚を食べたい思うときもあった。


「あ、そういえばさっき、新しいお肉を手に入れたんだけど……」

「新しいお肉?」

「うん、これなんだけ――」

「だめー!」


 レイナにシャンタク鳥を見せるため、収納魔法から取り出そうとした瞬間、ルナが慌てた様子で声を上げながら駆け寄ってきた。


「あれはまだティルテュに見せてないから食べちゃだめだよー!」

「あ、そうなんだ。ごめんね」

「もう! あれはティルテュに見せてから、みんなで食べるの!」


 頬を膨らませながら両手を上げるルナは中々可愛らしい。

 そんなことを本人に言ってしまえばさらに拗ねてしまうだろうから黙っていると、レイナが少し笑いを堪えているのが見えた。


 どうやら子どものルナに俺が叱られている様子がおかしいようだ。

 多分、怒られているのが自分じゃなければ、俺も同じような思いを抱いたと思う。


「ふ、ふふ……それじゃあ私はご飯の用意始めるから、アラタたちは適当に遊んでてね」

「ルナが釣った魚を食べるの?」

「ええ。せっかくだからね」

「おおー……そっかぁ、食べるんだぁ……」


 ルナは感心した様子で釣った魚を見る。

 岩を削って作ったバケツの中には、アユにも似た小さな魚が元気よく動いていた。


 先ほどなにか妙に格好いい名前も付けていた彼女だが、もしかしたら愛着が湧いて食べるのを拒否するかもしれない。


「ルナ……」


 それならそれでいいと思う。まだ精神的に幼い彼女に、命の大切さなどを学ぶチャンスにもなるからだ。


 そんな風に俺が思っていると――。


「じゅるり……」

「……涎拭こうな?」


 どうやらどんな味がするのか想像していただけらしい。俺の感傷を返して欲しい。




 レイナが料理をしている間、俺は眠っているエルフの様子を伺うためにテントの中に戻っていた。


「おうアラタか」

「エルガ、見張っててもらって悪いね」

「これくらいなんてことねえよ。この後また美味い飯食わせてもらえんだからな」


 釣ったエルフの少女がどのような人物なのかわからない以上、誰かが見張る必要があった。


 とはいえ、彼女が起きた時に見知らぬ人間がそこにいたら困惑するかもしれない。

 どうしようかと悩んでいると、エルガがそれを買って出てくれたのだ。


「ルナは?」

「レイナが魚を料理するところを見るんだって」

「……そんなもん見てなにが面白いんだ?」

「さあ? 名前付けてたやつらが串刺しにされるシーンは普通見たくないと思うんだけどね」


 そんな会話をしながらエルガの隣に座り、眠っているエルフを見る。


 釣ったときは水で濡れていてよくわからなかったが、こうして見るとまるで人形のように整った顔立ちだ。

 今は髪の毛を下ろしているが、元々は両方を括ってツインテールにしていた。


 年齢はレイナと同じくらいだろう。スレンダーな彼女よりもさらに細身の体は、触れたら折れてしまいそうだと思う。

 肌は小麦色に焼けているようにも見え、俺の知っているエルフのイメージとは少し離れていた。


「こいつはアールヴだな」

「アールヴ? エルフとは違うの」

「元は一緒だがな。お互いの生活圏も違うし、それぞれが区別するために呼び方を分けただけだが、まあ特徴は見ての通り肌の色が濃い」


 元々アールヴもエルフも言語が違うだけで同じだと思ったが、どうやらファンタジー的にダークエルフっぽいのがアールヴ、俺の想像してるのがエルフらしい。


 エルフを見たことのない俺が普通を語るのもおかしな話だが、とりあえずこの島ではそう呼ばれるのだから覚えておこう。


「基本的に住んでる場所と、信仰してる精霊の違いだな。エルフは森の中で生活してて、アールヴは山の中で生活してる」

「信仰してる精霊っていうのは?」

「エルフは光と水と風の精霊を、そしてアールヴは闇と火と土の精霊を信仰してる。まあ、つっても精霊同士で仲違いしてるとかはねぇから、この二種族が仲が悪いってことはないが……」


 少しだけ歯切れの悪い言い方に俺が首を傾げていると、エルガはガシガシと頭をかいてため息を吐いた。


「俺たち神獣族って、エルフとは交流するんだがアールヴとはあんまり仲良くねえんだ」

「え? そうなの?」

「ああ……つーのも、長老がフェニックスだろ? そんでこいつらが信仰してる火の大精霊とどっちが神に近い力を持った強い炎かどうか、って論争が昔あってな。それ以来あいつらこっちを目の敵にしてくるんだよな」


 自分たちが一番だと思っている存在よりも上位かもしれない存在がいることに、アールヴは納得がいかなかったのだろう。


 結果的に、元々遠い場所を縄張りにしていることもあって、お互い不干渉となったらしいが、今でも引き摺っているのであれば少し面倒だと思う。


「まあつっても、千年くらい前の話らしいから今更なんだが」

「千年前かぁ……」


 俺の想像以上に昔の話だった。それだけあれば源氏と平氏だって握手をして踊れるくらいには時間が経ってるし、きっと大丈夫だろう。


 大丈夫……だよね?


 この島の住民たちのスケールがあまりにも大きすぎて、俺の小さな考えだと理解できないことも多々あるので、少しだけ不安も覚えてしまう。


「うぅぅ……」

「あっ」

「お?」


 そんな変なことを考えているとアールヴの少女が声を上げる。

 そしてゆっくりと瞼を開くと、身体を起こしてキョロキョロと視線を動かす。


 腰まで伸びたボサボサの髪が軽く揺れ、大きな木の枝葉が靡いてるようにも見える。


「ここは……? いや、それより……」


 少女は寝起きで頭が回っていないからか、少しぼうっとした様子で自身のお腹に手を当てて――。


「お腹……空いた……」


 涙目になりながらこちらを見てくる。


 その様子はとても庇護欲を誘うもので、とりあえず、色々話すのはご飯を食べてからにしようと決めた。

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