第30話 のんびり釣りをしていたら……
シャンタク鳥を倒したのはルナだが、かなり大きいのでとりあえず俺が収納魔法で預かることになった。
こうしておけば後々取り出した時も新鮮さは保ったままだし、神獣族の里で取り出せばいいだろう。
「ふんふんふーん。あとでティルテュに自慢しよーと」
ご機嫌そうに鼻歌を歌うルナは、そんなことを言う。
二人は精神年齢が近いからか仲が良く、そういえばこの間ティルテュと一緒に狩りをしたときに彼女が取った獲物を、ルナに自慢するとか言ってた気がする。
お互いが自慢し合うシーンはきっと微笑ましいだろうなと思いつつ、俺は憔悴しきった表情のゼロスさんたちを見た。
「大丈夫でしたか?」
「お、おう……」
「え……えぇ。おかげ様で……」
もうルナを見て恐怖に陥っている様子はないが、その代わり少し気分が悪そうだ。
恐らくルナが普段は抑えている力を開放したため、その魔力に酔ってしまったのだろう。
以前はレイナも同じような症状に陥っていた。
この島に入って何度も経験していくうちに慣れたのか、最近は突発的な力の奔流を受けてもあまりに気にした様子は見られないが、魔法使い特有の感覚なのかもしれない。
「とりあえず、俺が周囲を警戒しておきます。そしたら魔物たちもあんまり近づかなくなりますから」
俺がそう言うと二人は力なく頷いて、それぞれ自分のテントに戻って行った。
その様子をエルガが少し不安そうに見ている。
「おいおい、あいつら大丈夫なのか?」
「うーん、レイナも慣れたみたいだし、大丈夫だと思うけど」
「まあ俺らも出来るだけ気を付けるけどよ……弱いんならお前が保護してやるとか考えた方がいいんじゃねえか?」
「いちおうあの人たち、大陸だと五番目と六番目に強いらしいから……」
とはいえ、実際大陸でどれだけ強かったとしても、この島では通用しないのだろう。
実際、レイナもテントから離れるときは俺かルナあたりを連れて行くようにしているようだし、七天大魔導という称号を持っていようと危険な島なのだとわかる。
「ちなみに、さっきルナが倒したシャンタク鳥って、結構危ない魔物?」
「まあそうだな。エンペラーボアもだが、島の魔物の中は中位から上位の間ってとこだろ」
「そっかぁ……」
あれより危険な魔物もいるらしい。となると、やはり二人を個別にしておくのは危険なのではないかと不安になる。
正直、俺は普通の人間なら持っている『己に対する危険予知』という感覚が欠如している。
理由は、どんな攻撃を受けても傷付かいない身体だから。
俺一人であれば気にする必要のないことかもしれないが、他の人と一緒にいる場合、この危険度が分からなければいつか誰かを巻き込んで大変なことになってしまうかもしれない。
おそらくゼロスさんにしてもマーリンさんにしても、この辺りの感覚は普通の人と一緒だろう。
そんな危険な島に取り残された状態で日々を過ごすのは、とてもストレスを感じてしまうのではないだろうか。
ストレスはとても危険だ。たとえ身体に傷がつかなくても、心が傷付けば取り返しのつかない事態に陥るかもしれない。
彼らとは出会ったばかりで知り合いとも言えない仲だが、もしかしたらこれから仲良く出来るかもしれないし、協力できることは協力したいと思う。
「……あとでレイナに相談してみるよ」
「そうだな。別に俺はあいつらがどうなろうと知ったこっちゃねぇんだけど、お前らが変に責任を負うようなことになるくらいなら協力してやるから」
「うん。ありがとエルガ」
「おう」
エルガは口数こそそこまで多くないが、いつも俺らを見守ってくれているようなスタンスを取ってくれる。
なんとなく、兄貴分的な雰囲気がしてつい頼ってしまいそうになる。
とはいえ、俺も独立した一人の男。誰かに頼ってばかりじゃなくて、自分でもしっかりしないとと思う。
「ルナも手伝うよ?」
「そっか……ありがとうねルナ」
「えへへー」
柔らかい狐耳を撫でると、彼女は嬉しそうに笑う。俺に妹や娘がいたら、こんな感じなのだろうか?
「とりあえず、二人が休んでる間に釣りでもする?」
「お、良いじゃねえか。それならちょっと待ってな」
エルガは鋭い瞳で周辺を見渡したあと、凄まじい速度で地面を抉る。
その手には、小さなミミズのような軟体生物が握られていた。そしてその餌をルナは一心に見ている。
「餌はこれでいいだろ」
「……」
「おいルナ。これは魚の餌だから食べようとするんじゃねえよ」
「わ、分かってるもん!」
「本当かぁ? まあいいが、竿は適当にその辺の枝を使えばいいだろ。しなりの良いやつを選ぶのがコツだぜ」
本当はレイナから貰った釣り竿とかエサをを収納魔法から取り出すだけで良かったのだが、エルガが一つ一つ丁寧に教えてくれるのが意外と面白く、このままお手製の釣り竿を作ることにした。
これは? これは? と色んな木の枝をエルガに見せるが、もっと良い物を使えと言われて中々合格を得られない。
「ねえねえエルガー、これはー?」
「お、こいつは良いな。これならシードラゴンが引っかかっても大丈夫だと思うぜ!」
「ふふふー」
一緒に探していたルナが自慢げにこちらを見てくる。どうやらルナの釣り竿は決まったらしい。
「ねえエルガ。俺、この川で小魚釣るつもりなんだけど……」
「甘ぇ! お前みたいなトラブルメーカーが釣りなんかしたら、絶対変なのを釣るに決まってんだろうが! だったら最大限、そいつらに負けねぇ釣り竿を作る必要があんだろ!」
「……酷くない?」
別にこっちだって好きでトラブルを呼び寄せてるわけじゃないのに……。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
「うん。なに慰めてくれるのルナ?」
「ルナはもう釣り竿見つけたよ? お兄ちゃんはまだかなー?」
「ガク……」
再び自慢げに木の枝を見せつけてくるルナに、俺は肩を落としながらシードラゴンを釣るにも耐えれそうな木の枝を探す。
ただ一つだけ言いたい。
「シードラゴンにも耐えられる木の枝ってなにさ⁉」
そうして何十本と木の枝を拾い、ついにエルガから合格を貰った俺たちは、石の上に胡坐をかいて釣りをしていた。
糸や針もエルガがそこらのものをうまく組み合わせて出来た釣り竿は、一から十まで全て手作りで、自分で作った道具で釣りをするというのはついワクワクしてしまう。
「釣れないねー」
「釣れねえな」
だが、残念ながらその楽しみ方をしているのは俺だけらしく、早くも少し退屈そうな声を上げるルナとエルガ。
俺はこうしたゆったりとした時間が好きなので、少し残念だ。
前世では忙しい生き方をしていたからか、こうして風に揺れる木々や川の流れの音を聞くと、心が落ち着く気がする。
「こういうのも、釣りの醍醐味だよ」
「そんなもんかねぇ……俺はもっとガンガン釣っていきたいもんだが」
「ルナもー」
「うーん……」
正直言って、やろうと思えば多分出来る。
というのも、俺が本気を出せば川の中の魚の動きも正確に捉えることが出来るし、多いスポットを見つけて餌を垂らせば入れ食いだろう。
だがしかし、それは釣りに対する冒涜な気がするので、あえてやらなかった。
「もう少しのんびり楽しもうよ」
「ええー」
すでに飽きが来ているであろうルナが不満そうな表情をする。
彼女からしたらせっかく一緒に遊んでいるのに、このままだとあまり面白くないのが嫌なのだろう。
「仕方ないなぁ……」
俺は意識的に感覚を強化して、川の中にいる生き物がどんな動きをしているのかを捉える。
すると俺らの釣っていたポイントから少し離れた岩陰で、魚たちが集まっているのがわかった。
「あの辺りだね」
俺が指さすと、ルナはなにも言わないまま一目散にそのポイントに向かって釣り糸を垂らす。
すぐに糸はピンピンと引き始め、なにかが食いついた。
「あっ! 釣れたー!」
釣れたのはアユにも似た小さな魚だ。
ルナは初めて釣れた魚に興奮しているらしく、嬉しそうにこちらに報告してくる。
「良かったね」
「うん! 今からガンガン釣るよー! ふふふー、エルガには負けないからねー!」
「負けてらんねぇ……おいアラタ、俺もあっちで釣るぜ!」
「いいんじゃない? 俺はこっちでゆっくり釣れるまで待ってるよ」
ルナの挑発に乗るように、エルガが釣れそうなスポットに向かって行ったのを見送って、俺は一人岩場で釣り糸を垂らす。
特に釣れる気配はないが、別にこれはこれで良い楽しみ方だと思っていた。
中国の逸話から、日本では釣り好きの人のことを指して太公望と呼ばれるが、なんとなく今の俺はそんな気分だ。
「お……?」
そう思っていると、釣り糸がピンと張った。
どうやらアタリがきたらしい。かなり深い川のため魚の姿はまだ見えないが、相当な大物だ。
「ふふふ、あとでルナに自慢してやろう」
先ほど感じた限りでは、ルナたちのスポットには小物の魚しかいなかった。
つまり、ここで俺が釣り上げれば彼女たちよりも大きな魚を釣れるということだ。
「そりゃ!」
あまり暴れている感じはないのだが、感触はかなり大きい。これは良い話のネタになる、そう思って一気に竿を引っ張った。
するとまるで釣られた魚は弧を描くように俺の頭上を越えて、背後に落ちる。
「ふぐっ――」
「……フグ?」
まさか川にフグがいたのかと思い振り返ると、そこには銀色の髪をし、人よりも長い耳をした女性が気を失ったように倒れている。
シードラゴンじゃなくてエルフっぽい人が釣れてしまった……
これを見られらたらまたエルガになにか言われるし、どうしよう。リリースしたら……駄目だよね?
そう思っていると――。
「さすがだなアラタ」
「すごいねお兄ちゃん!」
彼らは感心した様子でこちらを見ていた。
「違うんだ……」
わざとじゃない。そう言いたいのだが、彼らはまるで信じてくれなかった。
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