第28話 それぞれの考え方

 夕暮れ時、俺とティルテュが狩りから帰ってくるとレイナがすでに料理の準備を始めているところだった。


「ただいま」

「帰ったぞー!」


 いつもなら料理中は声をかけてもまるで聞こえていないように振舞う彼女だが、どうやら丁度ひと段落着いたところだったらしい。

 こちらの言葉に反応して振り向いてくれる。


「はいはい、お帰り二人とも。どうだった?」

「ふふふふふー」


 ご機嫌なティルテュが笑いを堪えられないといった様子でレイナを見る。


「今回は中々の大物を仕留めてきたぞー!」

「あら凄い。それじゃあ、またエルガたちが遊びに来たときにでも解体しましょうか」

「むっ、今日はしないのか?」

「もうこんな時間だし、ご飯だって用意しちゃってるもの」

「そうか……仕方ない! ルナとあのむっつりオオカミのやつにも自慢してくれよう!」


 だいたいティルテュがここに遊びに来るときは、ルナと一緒になにかをしていることが多い。精神年齢が近いからか、二人は意外と仲が良い。


 ただ、エルガのことは以前ボチドラ呼ばわりしたことを根に持っているらしく、ちょくちょく喧嘩をしていた。


 といっても、お互い言い合うだけで手は出ない。

 もし本格的な争いになってしまえばこの辺り一帯が更地になることだろうし、そうなる前に止める必要があるから助かっているが、そもそも喧嘩などしないで欲しいところだ。


「あれ? ゼロスさんたちは?」

「二人なら私があげたテントを持って、川辺の方に向かったわよ」

「……大丈夫なの?」


 以前レイナと一緒に拠点を決める際、出来るだけ川からは離れるように指示を受けた。

 理由は雨などが降った際の川の氾濫。起きているときならともかく、寝ている間に浸水していたとなれば大ごとだ。


「大丈夫じゃない? あっちにはマーリンがいるし」

「マーリンさん?」

「ええ、七天大魔導『第五位』水聖のマーリン。大陸の誰もが認める、最高の水魔法使いよ」

「へぇ……」


 俺からしたら一番凄い魔法使いはレイナなのだが、マーリンさんはそんな彼女が認めるほどの魔法使いなのだろう。そして、それと同格のゼロスさんも。


「彼女たちもこの島の危険性はよくわかってるから、自分たちのパフォーマンスを最大限発揮できる場所を選んだってこと。はっきり言って、水辺の彼女に勝てる魔法使いは……私は一人しか知らないわ」


 水聖のマーリン・マリーン。それに滅炎のゼロス・グラインダー。それぞれ水と炎の魔法のスペシャリスト。


 レイナをして、直接戦闘では分が悪いと言わしめるほどの実力者が、この島にやって来た。

 それがこの先どうなるか、少しだけこの変化に不安も覚えてしまうが、同時に新しい出会いに少しだけワクワクする自分がいた。


 この心境の変化はきっと良いことなのだろう。出来ることなら、彼らとも仲良くしたいものだ。




 夜。多くの動物たちが寝静まるその時間であると同時に、その時間こそ我が本領と動き始める者もいる。


 ヴィルヘルミナ・ヴァーミリオン・ヴォーハイム。この神島アルカディアに古くから住む真祖の吸血鬼。


 空に浮かびながらこちらを見下ろしてくる彼女の格好は魔女のような三角帽子に黒いワンピース。

 満月を反射する黄金の髪の毛は、彼女こそが夜の支配者だということを否応なしに感じさせる。


「ふふふ、また中々愉快なことになってるではないか」

「ヴィ―さん、また遊びに来たんですか?」

「私に対してそこまで気軽に声掛けできるのは貴様かルナくらいなものだな」


 彼女はゆっくり地上に降りると、呆れたようにこちらを見てきた。

 これまでのやり取りで、ヴィーさんがこちらに危害を加える気がないことは理解しているので、それならわざわざ敵対する必要もないと思ったのだ。


「そもそも、ヴィーさんなどと呼ばれる謂れはないぞ?」

「だって長いし。ヴヴヴさんでもいいけど」

「……ヴィーさんでいい」


 ヴィルヘルミナさんと言おうとすると、結構な頻度で噛んでしまうから認めて貰えて良かった。


「それで、今日はどういった用件で?」

 

 レイナは今お風呂に入っているところだ。どうにもヴィーさんはレイナがお気に入りらしく、こうしてちょっかいをかけに来る。


 逆に、レイナはと言えば彼女のことを苦手としているため、出てきたら全力で魔法を使い始めるから宥めるのが結構大変なのだ。


「ふん、貴様は本当に鈍感だなぁ」

「そうかな? 結構気が利くって言われること多いけど……」

「まったく……そんな貴様だから仕方なく、私がこうして毎回出向いてやっているのではないか」


 まったく脈絡がないため、俺としてはどう答えればいいのか迷う。


「いつもならあの風呂場の壁を壊して遊んでやるところなのだが……」

「気軽に人の家壊すのをいつもとか言うの止めてくれない?」

「止めない」


 即答である。酷い話だ。


「と言っても、今日は違うぞ。また知らぬ気配を感じたからな、こうして確認に来てやったのだ。どうせ、お前らのところのなんかなんだろう?」


 鋭い。エルガの話ではヴィーさんはこの島の最北にある、小さな浮島を根城にしているらしいがどうしてこの南部の事情にまで敏感なのだろうか?


「なに、退屈が過ぎると面白いことを探すために時間を使ってしまうものだ」


 なんとなく、前世のスマホでアプリを見て、無意味に時間を潰そうとする自分を思い出した。それと近い感覚なのかもしれない。


「前にお前らが着た頃、この島の結界に異常があった。それと同じ異変を感じたから、こうしてやってきたというわけさ」

「まあ、たしかに今日は色々とありましたけど……」


 この暇ばかりしている吸血鬼に教えて良いものだろうか?

 とはいえ、教えなくても勝手に暴いていくだろうし、仕方ないと椅子を用意する。


「ふふふ、良い心がけだ。この島で安眠をしたければ、私を楽しませろよ?」

「安眠妨害ってただの嫌がらせじゃないですか」

「誰かを困らせるのは暇つぶしにはもってこいだからな。私ほど嫌がらせが得意な吸血鬼は早々いないぞ?」


 そんなことを自慢げに言わないで欲しい。


 それから俺は今日あった出来事を順番に話していく。


 最近肉ばかりを食べていたから、そろそろ野菜や魚なども食べたいという話で海岸に行ったこと。

 そこで遭難して気絶していたゼロスたちを見つけたこと。さらにティルテュの襲来や、そこでの話を細かくしていく。


「ふむふむ……それは中々使えそうだな」

「……変なこと考えてないですか?」

「考えてない」


 面白くなりそうなことは考えているがな、と小さく呟いたのをこのチートボディは聞き逃さない。が、だからといって追及したところでヴィーさんは絶対に口を割らないだろう。


「誰かを困らせるようなことはしないでくださいよ?」

「ふむ……それは、私の知ったことではないな」


 まったく悪びれる様子もなくそう言うのだから困る。

 きっと彼女は本当にそう思っているし、そもそも相手を困らせることを悪いことだと思っていない節がある。


 この辺りの感覚はきっと、自分たちとは全然違うのだろうと思う。


「まあ、それも個性か」

「ふふふ、中々わかってるじゃないか。そうだとも、我々は同じように見えて非なる者。真祖も、古龍も、神獣も、鬼神も、大精霊も、それぞれが己の在り方を持っている。そこをはき違えて、理解し合えると思う方が間違っているのだ」

「そうかもね」


 同じ人間同士でも、人種や住んでいる地域といった環境が違えば、その思想は大きく異なる。

 ましてやこの島に住むのは人よりも遥かに個が強く、そして我が強い存在ばかりなのだ。


「だけどさ、だからって仲良く出来ないわけじゃないよね?」

「もちろんだ。我々は言葉を持っているからな。相手を想い、慈しみ、そして受け入れることさえ出来れば、たとえ種族が違えど仲良く出来るとも」


 とても良いことを言っているが、ヴィーさんの場合それを理由にちょっかいをかけ始めるからタチが悪い。


「まあそれは良いとして、そろそろレイナは出てくる頃かな?」

「どうでしょうね?」


 ヴィーさんが悪い顔をしている。


「お前が本気になれば、あの中の気配くらい簡単に探れるだろう? そら、ちょっと集中すれば、あの女の着替えくらいまるで直接見るくらい鮮明に分かるはずだ。なあ……男なら、やるしかないよな?」

「やりません」

「出来ないとは言わないんだな」

「……」


 嵌められた。と俺が理解したのは、背後でこちらを見ているレイナに気付いたからだ。

 そして正面のヴィーさんは口元を抑えて笑いを堪えていてかなりムカつく。


「……アラタ、そんなこと出来るの?」


 俺はゆっくりと振り向いて、レイナと向き合う。


 大丈夫。彼女ならきっと理解してくれる。そもそも、そんなこと最初の一回だけで、それも不可抗力。そのあとは一度もやったことないのだ。


「で、出来るけど……やらないよ? やったこともないよ!」

「本当かぁ? 男なら女の裸が傍にあって、そんな理性を働かせるかぁ?」

「ちょっとヴィーさんは黙っててください!」

「焦ってると余計に怪しくなるぞぉ」


 この吸血鬼、絶対に叩きのめしてやる!

 そう思ったときにはすでに、ヴィーさんは闇に紛れて消えていた。驚くべき逃げ足の早さだ。


「ねえアラタ? 一度、しっかり話し合いましょうか?」

「……はい」


 今日は、眠れない夜になりそうだ。


 満月を背に浮かぶヴィルヘルミナ・ヴァーミリオン・ヴォーハイムとかいう真祖の吸血鬼。

 彼女が高笑いをしているのが容易に想像できたが、俺にはもうどうしようもないことだった。

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