第27話 お人好しな彼女
いきなり戦闘態勢に入ったゼロスさんとマーリンさんを見て、俺は戸惑わずにはいられなかった。
二人はかなり険しい顔をしてこちらを睨んでいる。ただ、そこにあるのは敵意というよりは恐怖のような雰囲気。
いったい何故だろうと思っていると、背中に乗っているティルテュが顔を出す。
「なんだこやつらは?」
「今日、海岸で倒れてたところを助けたんだ。島外の人で、レイナの知り合いだよ」
「ほう、レイナの知り合いか。それはさぞ美味い飯が食べられることだろうな」
「「っ――」」
ティルテュがそう言った瞬間、二人の顔がさらに引き攣った。
今の会話でなぜそうなるのか、そう思っているとゼロスさんが身を引きながらも声を上げる。
「おいテメェ! なんだよその化物は⁉」
「前にワタシたちが三人がかりで倒した獄炎龍が可愛く見えるくらいの魔力量。ちょっとこれは、ヤバいかもね……」
「……なるほど」
どうやらティルテュの存在が二人を怯えさせていたらしい。
「二人とも落ち着いて。悪い子じゃないんだ……ん?」
とりあえず背負った彼女を降ろして、俺は二人の前に出る。
その瞬間、俺の背後からいつもは感じないプレッシャーを感じた。
振り返ると、ティルテュがまるで悪の親玉みたいな雰囲気で、黒い魔力をゆらゆらと揺らしていている。
犬歯を剥き出しにしながら楽しそうに笑っていることから、ゼロスさんたちをからかっているだけだということはわかった。
「くぅ……なんて禍々しい魔力……こんなの⁉」
「や、やる気満々じゃねえかこの化け物⁉」
「……」
俺はもともとティルテュがどれくらいの存在なのか、感覚がマヒしてるせいでわからない。
レイナに対しては、ティルテュが意図的に力を抑えてくれていたため普通に接することが出来ていた。
だから、こうして改めて第三者に向けて力を見せつけると、その存在の危険さが浮き彫りになる。
「ふ、ふふふっ……我は今、とても楽しいぞ! やはり古代龍としては、たまには敬われ恐れられることが必要だな」
「「っ――‼」」
ティルテュが一歩前に出ると、二人は恐れるように一歩後退りする。
そんな二人の態度に彼女はご満悦だ。とはいえ、俺としては誰かに対して嫌がらせをして楽しむ行為はあまり好きではない。
「ねえティルテュ……そんなことする子は俺、嫌いだよ?」
「っ――⁉」
少しだけ怒った風に彼女を睨むと、ティルテュは慌てて魔力を消して、手のひらを返したように作り笑いを浮かべながら二人に近づく。
「悪かったな客人たち! このなにもない退屈な島へようこそ! 我はお前たちを歓迎するぞ!」
そのギャップについて行けずに固まってしまったゼロスさんたちに対して、ティルテュは手を握りブンブンと上下に振りながらチラチラこちらを見ていた。
どうやら仲良くやっているアピールらしい。
こういうところは素直で可愛いなと思いつつ、つい苦笑してしまう。
「なあ旦那様……我はその、仲良くやるぞ?」
「うん、この二人はレイナの知り合いだし、そうしてくれると嬉しいかな」
もう俺が怒ってないとわかったのか、ホッとするティルテュ。
そしてそんな彼女の万力のような握力で手を握られ、脱出不可能になっている二人といえば、まるで処刑台に立つ囚人のように顔を青くしていた。
「とりあえず、もう一度言いますが悪い子じゃないんです」
「……あ、ああ」
「わかったから、その……この手を離させてもらえないかしら? 正直、生きた心地がしないから」
「ティルテュ、こっちおいで」
「うむ!」
ティルテュはというと、そんな二人にはもう興味を失ったのか、急いでこちらに突撃してきた。
ドスン、と腹にかなりの衝撃を受けるが、だいたいいつものことなので慣れたものだ。
「旦那様ー」
「はいはい」
グリグリと頭を押し付けて甘えてくるティルテュに対して、俺は軽く髪の毛を梳いてやる。
これをするとレイナに甘やかせすぎと怒られてしまうのだが……まあ、近所の子どもにするようなものだ。
「……マジかよ」
「信じられない光景ね……」
二人が唖然とした表情でこちらを見ている。
先ほどまではティルテュだけを見ていた気がしたが、今は俺の方を見てなぜか化物を見る目だ。
「あ、そうだ」
そういえばふと思い出したが、テュルテュは古龍族でもはぐれのボッチドラゴンなのだった。
それで以前いじけてしまったことを考えると、友達も欲しいのだろう。
丁度、この場にはまだティルテュのことをよく知らない二人がいる。今のうちに友達になってしまえば、きっと仲良くしてくれるだろう。
そう思って、俺は二人ににっこり笑いかける。
「とりあえず、こんな子だけど仲良くしてあげてください」
「……お、おう」
「わかったわ……だから、殺さないで」
なんでそんな単語が出てくるのかわからないんだけど……。
「ほら二人とも、だから言ったじゃない」
「あ、レイナ」
二人の背後にあるテントからレイナが出てくる。その様子はやっぱり、と呆れたような雰囲気だ。
彼女は二人の横を通ると、俺たちの方へと近づいてくる。
「ごめんさい。いちおうこの島のことについては説明したんだけど、全然信じてくれなくって」
「こんなの、マジだと思わねえだろうが!」
「……さすがに嘘だと思ってたわ」
「なるほど……」
どうやら俺が散歩している間に、レイナはきちんとこの島の事情を話をしていたらしい。
それは彼らの住む大陸ではあり得ないことばかり。だからこそ、信じることが出来なかったのだろう。
だがしかし、こうしてティルテュという古龍を目の前にして彼らも信じた。
「あれ? だったらなんで俺まで怯えられてるの? ちゃんと説明してくれたんだよね?」
「……」
俺の質問に、レイナが無言で顔を逸らす。
……いったい彼女はどんな説明をしたのだろうか?
「まあいいや。ところで、二人はこの後どうするつもりですか?」
「……適当に探索しながら拠点を作る予定だ」
「だったんだけど……こんなのがウロウロしてるような島だとしたら、下手なことは出来ないわね」
俺はどうにか出来ないだろうかと思いレイナを見ると、彼女は少し困った顔をしてから、大きくため息を吐いた。
「はぁ……アラタはお人よしが過ぎるわ」
「そうかな? 困ってる人がいたら助けるのが普通だと思うけど……」
「そんな旦那様が我は好きだぞー」
「あはは、ありがとねティルテュ」
ただ、俺の力ではどうにも出来ないことの方が大きいので、ついレイナを頼ってしまう。
そしてそれでなんとかしようとしてくれるのだから、彼女の方が余程お人よしだろう。
「とりあえず小さいけどテントの予備はまだあるから、それを渡すわ。ゼロスにしてもマーリンにしても、収納魔法は使えないわよね?」
レイナの言葉に、二人はコクリと頷いた。
「あんな訳の分かんね魔法、使えるわけねぇだろ」
「このバカに同意するのは癪だけど、あんなの普通は使えないわ」
「……見ただけで使えるようになった、とんでもない人もいるけどね」
ボソっと呟くレイナの言葉を拾えたのは、俺だけだろう。
どうやら収納魔法というのは本当にとんでもない魔法らしい。
その辺りを神様のチートで使えるようになった俺は、やはりズルいのかもしれない。
「まあそれはいいか。貴方たち二人とも食料もないでしょ? 何日か分は渡すから、その後は出来る限り自分たちでなんとかしてね」
「……悪いな」
「ありがとうレイナ」
「別に……知ってる人間がどこかで野垂れ死なれても目覚めが悪いから……それだけだから」
なんかツンデレっぽい。
普段俺たちには素直な彼女が、珍しいと思った。
「まあ、もしなにかあったら俺たちに言ってね。この島にはもう一ヵ月以上住んでるし、結構知り合いも増えたからさ」
「……お前、良いやつだなぁ」
「そうね、もしもの時は頼らせてもらうわ」
感心した様子の二人に、俺としては当たり前のことを言っているだけだと思うのでどこかむず痒い。
一通りのことはレイナから聞いていたらしい二人は、彼女からテントや食料を貰うと俺たちのいるテントから少し離れたところに移動し始める。
それを見送りながら、俺はその行動に少し不思議に思った。
「なんでもっと近くに住まないんだろ?」
「まあ、あの二人からしたら格下の私に情けをかけられたことに対して、少し思うことがあったんじゃないかしら?」
「ふぅん……せっかくしがらみもない島に来たんだから、もっと気楽に考えればいいのにね」
俺がそう言うと、レイナは呆れた様子を見せる。
「この島に来てそんなことを考える余裕があるのは、アラタだけよきっと」
「そうかな?」
とりあえず、二人は川の方に野営地を決めたらしく、そこにテントをセットしていた。
すぐ見える位置にいないのは、レイナに気を使っているからだろうか?
とりあえず、ご近所さんが出来たと思うことにしよう。彼らがどんな人間なのかは、これから知っていけばいい。
「ちょっと、楽しみだね」
「七天大魔導に対してそんな態度を取れるのもアラタだけ……まあいいか。この島じゃそんな肩書、あってないようなものだしね」
そう微笑む彼女は、ずいぶんと気も楽になった気がする。
「旦那様! 今日はなにする⁉ 我は狩りとかがいいと思うぞ!」
「はは、そうだね。たまにはそんなのもいいかも……」
「へぇ、それじゃあ良い食材を取ってきてね。そしたら美味しく料理してあげるから、期待してるわよ二人とも」
「うむ、任せておくがいい!」
からかい口調でそう言うレイナに、俺は苦笑しつつ、これはなにも狩れなかったら恥ずかしいなと思い、気合を入れながらティルテュと狩りに出掛けるのであった。
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