第26話 事情説明

 海岸で倒れていた二人。

 ゼロスさんは緋色と黒が混ざり合った髪を刈り上げ、いかにも野性味のある男性。

 そして水色の髪を肩口でウェーブさせた女性がマーリンさんだ。


 身体を起こした彼らは、まだ本調子ではないのかかなり怠そうな顔をしていた。


「良かったら、これをどうぞ」


 俺は両手に持った白湯を二人に渡すと、ゼロスさんは警戒した様子でそれをじっと見る。

 だがマーリンさんは躊躇うことなく白湯を飲んだ。


「おいマーリン! 状況理解してんのか⁉ 毒でも入ってたらどうすんだよ!」

「大丈夫。これに変な物なんてなにも入ってない、ただの白湯よ」


 ほう、と一息付くと、そのグラマラスな体形と合わせてかなり色っぽい。

 これで五十を超えているというのだから、美魔女という言葉を軽く超えていると思う。

 

 ゼロスさんは疑いの眼差しでこちらを見ているが、相当喉が渇いているのだろう。

 ゴクリと喉を鳴らしたあと、覚悟を決めた様にコップを口に付けた。


 一度口にすれば止まらないのか、すぐに飲み切ったあとにコップを出してくる。


「……もう一杯もらえるか?」

「いいですよ」


 そうして二人分の白湯を改めて準備して、ようやく落ち着いた様子を見せた。


「さて、それじゃあとりあえず、自己紹介してもいいですか? レイナからお二人の素性は伺っていますが……」

「そうね。ただ、その前に――」


 マーリンさんがいきなり頭を下げた。


「っ――! おいマーリン⁉」

「貴方が助けてくれたのでしょう? まずはそのお礼を」

「うん。でも貴方を助けたのはレイナだよ」

「そうなのね……レイナ、ありがとう」

「……ええ」


 元々レイナから聞いていた話では、あまり仲は良好ではないと聞いていたが、思ったよりも好意的な対応だ。


 逆に、男性の方はどうも気まずそうな顔をしている。

 先ほどの様子からしても、あまり友好的に接するようなタイプではないのかもしれない。


 別にお礼を言われるために助けたわけではないので、ここまま話を進めようかと思っていると、ゼロスさんは俺の方をゆっくり頭を下げた。


「……助かった。恩に着る」

「はい、どういたしまして」


 こうしてみると、悪い人ではないのかもしれない。

 そうして二人が頭を上げたので、俺たちは改めて自己紹介をする。


「俺は七天大魔導『第六位』、滅炎のゼロス・グラインダー」

「同じく七天大魔導『第五位』、水聖のマーリン・マリーンよ」


 当たり前のように自己紹介に七天大魔導という言葉を入れてくるのは、それを誇りに思っているからだろうか?


 俺としてはレイナの話以上にその凄さを知る機会がないため、そこを強調されても少し困るのだが、まあいい。


 とりあえず、レイナが『第七位』なので、彼女よりも順位の上の魔法使いだということだけ分かった。


 あと、ゼロスさんが炎が得意で、マーリンさんは水が得意なのだろう。

 レイナは苦手な魔法はないと言っていたし実際に色んな魔法を使えるが、その辺りはどうなのか。


「俺はアラタ。この島には一ヵ月くらい前に迷い込んで、それ以来ここでずっと住んでるんだ。レイナに関しては、紹介は不要だよね?」

「おう……まさか生きてるとは思わなかったがな」


 ゼロスはまるで幽霊を見るような目でレイナを見る。

 どうやら大陸では、彼女はすでに死んだもの扱いされているようだ。


 いちおう彼女もこの島で住むつもりなので問題はないと思うが、いずれ心変わりをしたときに困ったことにはならないだろうか?


 そう思ったが、このファンタジーな世界の中で、レイナならたとえ戸籍が無くても、どこでも生きていけるだろうと思い直した。


「それでアラタさん……この島はいったい……?」


 恐る恐る尋ねてくるマーリンさんに、俺はどうしようと思う。いくら説明しても、納得してくれるとは到底思えない。


「色々と聞きたいこともあるだろうけど、その辺りはレイナに説明を任せようと思うんだ。面識のない俺が話すよりも、そっちの方が信用できるだろうしね」


 なにせ、この島は神話がそのまま残ったような場所。


 俺のような見ず知らずの人間が話しても、信用してもらえないだろう。

 だが同じ七天大魔導のレイナなら、きっと上手に説明してくれるはず。


「とりあえず俺はその辺りを散歩してくるから、お願いしてもいいかな?」

「ええ。といっても、信じてもらえるとは思えないけどね」


 少し苦笑気味なのはきっと、自分が逆の立場であったとしても同じように信じないだろうとわかっているからだと思う。


「じゃあ、あとはよろしくね」


 そうして、俺はテントの外に出る。


 見知った顔同士の方が話しやすいだろうし、俺みたいなどこの誰とも知らない人間がいては気も休まらないと思ったからだ。


「さて、どうしようか」


 レイナには散歩をしてくると言ったが、朝から海まで散歩をしていたところだ。

 正直、この辺りを一人で歩いていても退屈なだけ。


「仕方ない。なにか夕飯に使える野菜か果物でもないか、探してみるか」


 まだまだエンペラーボアの肉は余っているとはいえ、それ以外の食材に関してはレイナの手持ち分で補っている部分が大きい。


 神獣族の里と交流をするようになってからは、そちらから融通してもらうことも増えた。

 だが、結果的にこちらもレイナの食事を提供しているので、いつまでも無限にというわけにはいかないのである。


 以前、エルガにこの辺りで食べられる食材について教えてもらったことを思い出す。


 俺がそれらを見分けられる目でも持っていれば良かったのだが、残念ながらレイナは鑑定魔法の類は使えず覚えられていない。


「うーん、このキノコはいらないな」


 性欲を溢れさせる危険なキノコであるヤリタクナルダケはレイナが間違って取ってしまう前に駆除。


 エルガ曰く味だけは美味しかったという話だが、それでレイナを危険な目に合わせるわけにはいかないのだ。


「……ん?」


 ふと、空から聞き覚えのある音が聞こえてくる。


 見上げると、巨大なドラゴンが頭上を羽ばたかせながら一気に急降下してくるので、俺は両手を広げて待機。


 するとドラゴンは光り輝き、黒髪の美少女に変わって、俺の胸にダイブしてきた。


「旦那様ー! 我が、き・た・ぞー!」

「っと。元気だった? って言うのもティルテュには愚問だね」

「むふふー! もちろん我はいつも元気だからなー!」


 俺の言葉にティルテュはグリグリと頭を胸に押し付けて、嬉しそうに返事をしてくれる。


 最初は戸惑ったこのやり取りも、だいぶ慣れたものだ。こうして素直に好意を示してくれるのは嬉しいし可愛いと思う。


 どうもその行動と態度から大型犬に懐かれているような印象をぬぐえないが、そのおかげで俺としても変に欲情せずに済むので、少しありがたい話だ。

 

「むむむ?」


 なにか気になることがあるのか、クンクン、と匂いを嗅いできた。正直言って、少しむず痒い。


「旦那様、いつもと違う匂いが混ざっておる。なにかあったのか?」

「中々鋭いね。さすが古龍の末裔」

「当然だ! 我は偉大なる神龍バハムートを祖とする、最強の龍種なのだからな!」


 俺がくっついてくるティルテュを引き剥がしてそう言うと、彼女は自慢げに鼻を鳴らして嬉しそうに笑った。


 サイドテールにしている黒髪がゆらゆらと尻尾のように揺れていて、感情と一致しているようで少し面白い。


「ところで、今日はレイナは一緒ではないのか?」

「うん、実はね」


 俺はティルテュに今日の出来事を話すと、彼女は少し驚いた様子を見せる。


 それが不思議に思い尋ねると、どうやらこの島に外からの来訪者は相当珍しいとのこと。

 

 俺とレイナの事例すら過去にないような話なのに、そこから更に外部の人間が増えるなど、この島の長い歴史で見ても初めてのことだという。


「もしかしたら、この島の結界になにか起きておるのかもしれんな」


 神が強すぎる力を持った神獣たちを閉じ込めるために作ったとされる神島アルカディア。

 そんな島の結界に不備があるとすれば、その結界は誰も直せないだろう。


「それってなにか不味いのかな?」

「うーむ……よく考えたらそんなに不味くない? 別に我も外の世界に興味などないし」

「だよね?」


 これまで出会ったルナやエルガたち神獣族や古龍であるティルテュなども、普通に話せばいい人たちばかりだ。


 最初は険悪だったベヒモスのガイアスも、ただ子どもなだけで悪いやつではなかった。


 だから、たとえ結界になにかあったとしても大丈夫。それに、もし万が一それが理由でこの島のなにかが外の世界で暴れようとするなら、その時は俺が止めればいい。


 きっと、神様からもらったこの力は、それが出来るだけのものなのだから。


「まあ結界のことは考えても仕方ないし、そろそろ戻ろうと思うけど、ティルテュも晩御飯一緒にどう?」

「旦那様の誘いだ! もちろん行くぞ! そして我は肉を所望する!」

「ははは、レイナに頼んでみようね」


 勢いよく背中に載ってくるティルテュをおんぶしながら、俺はテントに戻る。


 ちょうど話が終わったのか、ゼロスさんたちがテントから出てくるところだった。


「あ、終わりました?」

「ああ、あんたか……まあ、なんていう――っ⁉」

「なっ⁉」


 こちらを見た瞬間、信じられないものを見るような目で驚いたあと、二人はいきなりスイッチが入ったように大きく距離を取って戦闘態勢に入った。


 ゼロスさんは炎を、そしてマーリンさんは手に水を出して、まるで化物を見るような瞳でこちらを睨んでくる。


「……なんで?」


 いきなりのことに、俺はどうしたらいいのかわからないまま、困惑するしか出来ない状態であった。

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