第25話 新たな漂流者

 レイナの想いを改めて知ってから二週間、俺と彼女の関係は少し縮まったと思う。


 とはいえ、だからどうだという話でもある。

 特別な関係になるわけでもなく、相変わらず友人としての距離感を保てているし、俺もそうありたいと思っていた。


 この二週間で変わったことといえば、俺たちの行動範囲が広がったことくらいだろう。

 これまではテント周辺で食べられる物を探す日々から、神獣族の里まで行く機会が増えた。


 こちらはエンペラーボアの肉がまだまだ余っていたので、それと引き換えに色んな調味料を貰ったりしている。

 レイナ曰く、大陸のものはと味が違うが、これはこれで料理に使えるということなのででどんどん交換していた。


「神獣族の里は田舎の村って雰囲気だけど、意外と彼らの生活は豊かなものよ」

「そうなんだ。そのあたり、俺は疎いからなぁ」


 前世では不便という存在が許せないのではないか、というくらい科学が発展していた。

 だからこそ、俺はこの不便な生活が前世とは違うのだと強く意識させてくれ、気に入っている。


 彼らの生活はきっと、普通の日本人なら不便な生活を送っていると思うだろう。

 だがそれでも、心の豊かさという点では、彼らの方がずっと上だと思う。


「アラタの故郷だと、そんなにみんな余裕がなかったの?」

「みんながみんな、ってことはないけどね。戦争もなかったし、魔物もいない平和な世界だし。ただ……なんというか便利になり過ぎたことで、余計に落ち着けなかったのかもしれないね」


 以前からレイナには神様に会ってこの世界にやってきたことは伝えているが、前世のことはあまり話してこなかった。しかし今は、普通に話せるようになっている。


 それはきっと、お互いがお互いのことをもっと知っていこうという意識が深まったからだ。


「電話、だっけ? 遠く離れたところでも話せるって便利ね」

「便利過ぎるって、意外と大変だよ。気が休まらないしね」

「ふふ、そうかも」


 そんな他愛ない話をしながら、この日は活動範囲を広げようと思い、俺たちが一番最初に出会った海岸に向かう。


 森で食べられる野菜を取ったり、たまに現れる魔獣を狩ったりすることはあったが、魚を食べる機会がほとんどことがないと気付いたのだ。


 川でも魚は取れそうだが、今後のことも考えればバリエーションを増やす意味でも海の魚も取る方法を考えようということになり、こうして海岸に辿り着いた俺たちは――。


「……人?」

「――っ⁉」


 海岸に流れ着いたであろう、二人の人物を見つけることになる。


 慌てて近づくと、どうやら男女のペアで、どちらも海で溺れたのか意識がない状況だ。


 この世界に転生した時の状況と酷似している。

 これは不味いと思い、呼吸を確認。どちらも呼吸をしていない。

 急いで人口呼吸をしなければ、命に係わるだろう。


「レイナ、俺はこっち男性をするから、そっちの女性を!」

「……ええ!」


 なぜかためらいを見せる彼女のことを気にしている余裕はなく、俺は急いで人口呼吸を始めた。

 男の口に自身の唇を合わせて空気を送り込む。そして腹部を押して、また空気を送る。


 レイナの時は初めてだったため恐る恐るだったが、成功体験というのは得てして自信に繋がるものなのか、だいぶスムーズに進んだ。

 

「ガハァ!」

「よし!」 


 その甲斐があってか、男性の呼吸は戻り始めた。意識が戻る気配はないが、とりあえずこれで一大事は避けることが出来ただろう。


 自分の方で意識がいっぱいいっぱいだったが、レイナの方は大丈夫だろうかと見る。すると――。


「雷よ!」

「ぁっ――ぁっ――」

「よし、良い感じだわ……もう一発――」


 完全に死人に鞭を打つように、気絶している女性に向けて彼女は雷魔法を放っていた。

 しかもさらに追撃を喰らわせようとしており、完全に止めを刺す気満々だ。


「ちょっ⁉ レイナなにやってるの⁉」

「え? 普通に蘇生だけど?」

「それ蘇生じゃない! 止め刺してる!」

「ぁ……ぁ……」


 ビクンビクン、と身体を跳ねさせてから、女性はぐったり力を抜く。


 ときおり小さくうめき声を上げているのが、まるで生物としての本能で死にたくないと、そう言っているような雰囲気すらあった。


「あのねアラタ。魔法使いが意識を無くしたら、雷魔法で蘇生するの。もちろん成功率は高くないけど、これが常識よ?」

「そうなん……いやいやいや!」


 一瞬、この世界の常識を知らない俺はそうなのか、と納得しかけて首を横に振る。


 そんな常識があったら、みんな迂闊に気絶出来やしない。気絶した瞬間、仲間に殺されるとかイヤ過ぎる。


「まあいいわ。とりあえずあと少しだから邪魔しないでね」

「いや、だからそれは――」

「えい」

「っ……⁉」


 俺が止める間もなく、掌をバチバチとスパークさせたレイナはその手を女性の心臓に当てる。ビクンビクンと身体を跳ねさせる女性。

 言い方は可愛いが、やってることはかなりえげつない行為。


「ぁっ……ぁっ……あっ⁉」


 そして、ひと際大きな声を上げて身体を跳ねさせた女性は、その瞬間動きを完全に止めた。


「……死んだ」

「死んでないわよ!」


 いや、死んだよ。と言おうとしたところで、女性の口から水が吐き出される。

 そうして無意識ながらも生きようとしているのか、何度もむせていた。


 どうやら、完全に息を吹き返したらしい。


「ふふん、ほらね」


 自慢げに笑うレイナに、俺はどんな顔をして返せばいいのか分からなくなる。

 絶対に間違ってると思うのだが、実際に蘇生に成功したのだから、とりあえず彼女に対して頷いておいた。


「まあ、本当はこのまま死んでてもらっても良かったんだけどね」

「うん? もしかして知り合い?」

「ええ。あんまり、会いたくない類の知り合いよ」


 そう言う彼女の表情は、どこか面倒そうだった。




 とりあえず気絶した二人をこのままにしておくわけにはいかないと、俺とレイナはテントに戻る。

 さすがに濡れた服をそのままにしておけず、レイナが持っていた布で二人を包んで俺が運び、テントに寝かした。


 ちょうど昼時ということもあり、昼食の用意をすることになった。

 今日は色々あったからか、パンとスープという簡単な物だ。


 とはいえ、それでも彼女が作るとそれこそ魔法のように美味しく出来るから不思議である。


「……聞かないの?」

「レイナが聞いて欲しいなら、聞くよ。でも言いたくないなら聞かない」

「そう」


 そうしてしばらく、俺たちの間で無言の時間が過ぎる。そして、ぽつりとレイナが言葉を零した。


「あの二人ね……私と同じ七天大魔導の二人なの」

「……え?」

「七天大魔導『第六位』滅炎のゼロス・グラインダー。そして『第五位』水聖のマーリン・マリーン。私より階位の上の魔法使いたちよ」

 

 そうしてレイナは、彼らの素性を話していく。

 同じ七天大魔導と言っても、最年少でその名に連ねたレイナと違い、すでに二十年以上もその地位にいる彼らの実力はそれ以上だという。


「いや、でもそんな年齢には見えないけど」

「魔法使いは魔力をコントロールすることで、若さを保てるの。この人たちも両方、五十歳は超えてるはずよ」

「……本当に?」


 見たところ、二人とも二十代前半にしか見えない。これまで見てきたどんな魔法よりも、魔法だと思ってしまった。


 そうしてレイナは続きを話していく。

 最年少でその資格を得た、ということに加えて、新参者である彼女がはあまり歓迎されていなかったそうだ。


 それにどうやら、彼ら七天大魔導の間に仲間意識というものはあまりなく、それぞれ魔法使いとしての格を上げることこそ至上命題としていたようだ。


 それゆえにレイナはあまり深く彼らに関わることも少なく、若干の苦手意識があるらしい。


「そうなんだ」

「まあ、そうは言っても私がもっと強ければ、こんなことを思う必要もなかったんだけどね」


 そう自嘲気味に語る彼女に、いつもの輝きはない。

 それがなんとなく、嫌だった。


 自分勝手かもしれないが、俺にとってレイナという女性は芯のある強い人であって欲しいと、そう思うのだ。


「でもまあ、もう関係ないよね?」

「え……?」


 だから、少しでも彼女を元気づけたいと思うと、自然に言葉が出てきた。

 そんな俺に対して不思議そうな表情をして、レイナは顔を上げる。


「だって、この島じゃ七天大魔導なんて誰も知らないし、ここにいるのは『ただのレイナ』だし」

「あ……そっか。そうよね」


 俺の言葉の意味をきちんと汲み取ってくれたのか、彼女の表情に明るさを取り戻す。


「そうよ。どうせこの島じゃ、七天大魔導なんて称号あってないようなものだわ。だって、大陸最強って言ったって、この島じゃ全然通用しないんだもの」

「とんでもない島だもんね、ここ」

「そのとんでもない筆頭じゃない貴方」


 そんな軽口も叩けるようなくらいには、元気を取り戻したらしい。

 やっぱり、レイナはこうでなくては。


「ぅ……」

「ぁ……」


 そうして、今後のことをどうしようかと話を進めようとしたとき、テントの中から小さなうめき声が聞こえていた。

 どうやら、意識を取り戻したらしい。


 俺はレイナを見ると、彼女は強い眼差しでコクリと頷いたので、テントの中に入る。


 状況を理解出来ていないのか、目を覚ました男女はこちらを警戒したような、困惑したようなに瞳でこちらを見てきた。


 しかしそれも、俺の後ろからテントに入ってきたレイナを見て、目を丸くする


「レイナ?」

「あなた……死んだんじゃ……?」

「久しぶりね。ゼロス、マーリン」


 少し硬い挨拶をするレイナを見て、これからどうしようかと少し頭を悩ませる。

 が、結果として悩んでもなにも解決しないだろうし、とりあえず自然の流れに身を任せようと、そう思った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る