第24話 とても大切なこと
夜、テントの中で俺はレイナと向き合っていた。これまでの俺の勘違いを正すことが目的だ。
「なんでアラタは、私が大陸に帰りたいと思ったの?」
「なんでっていうか……帰りたいって思うよ普通はさ」
逆に、帰りたくないと思う理由が知りたいくらいだ。
俺はこの島というか、この世界に自分の意思で選んでやってきたわけだが、レイナの場合は違う。
たしかに目的はこの島だったはずだが、それはあくまで王命。彼女の意思ではなかっただろうし、それにそもそも遭難してやってきたのだ。
帰れるなら帰りたいと考えるのは、おかしな話ではないと思う。
「……まあ、そうよね。よく考えたら、私もそのあたりの事情を話してなかったっけ」
「なにか、この島に来る前に嫌なことでもあったの?」
複雑そうな表情をするレイナを見れば、帰りたくない理由があるのは明白だ。
これまであまり彼女の事情に踏み込んでこなかったが、それは知ってもなにも出来ないから。
大陸のことも知らなければ彼女のルーツすら大して知らない男が、深く事情を聞いても意味ないだろうと、無意識のうちにそんなことを思っていたのだ。
「大して面白くない話だけど、聞いてくれるかしら?」
「うん。時間はいくらでもあるからね」
ありがとう、と小さく呟いてからレイナは語り始める。
「元々ね、私は孤児だったの」
「……そうなんだ」
とてもそうは見えない。
別に孤児を馬鹿にしているわけではないが、レイナは見た目からしてどこかのご令嬢と言われても違和感のないくらい綺麗だからだ。
とはいえ、そこはきっと重要ではない。だから俺は軽く相槌を打つだけで続きを待つ。
「うん。それで師匠……今の七天大魔導の『第一位』に魔法の才能があるからって拾われて、弟子になったんだけど……」
そこから語られるレイナの幼少時代は、中々壮絶だった。
才能があるからといって、危険な魔獣の住む荒野に置き去りにされたり、魔法を追及させるために半死になるまで魔力を使わせたり。
俺のようにチートもなく、生まれも育ちも普通だった少女にとって、それはどれほど過酷だったことだろうか?
少なくとも、過去を思い出しながら語る彼女の瞳がどんどんと虚ろに濁っていくことから、多少は想像が出来る。
そうしてレイナは大陸各地から『天才魔法少女』ということで名を馳せ、最年少で大陸最強の魔法使い集団『七天大魔導』の一席に座ることになったらしい。
「……ふう」
そこまで語ったところで、一度小休憩と紅茶に口を付ける。その所作一つ一つが洗練されていて、とても孤児だったとは思えないものだ。
「まあ、そんな感じで七天大魔導になれたってわけ」
そう言う彼女は、どこか憂いを帯びた表情をしている。
普通ならそれだけ努力を繰り返してなったことに誇りを思うところだろうが、どうやら違うらしい。
「なにか、あったの?」
「……私がこの島にやってきた経緯は覚えてる?」
「うん、王命でしょ? 大陸でもっとも優秀な魔法使いのレイナだからこそ依頼された、不老長寿の薬を手に入れるってやつ」
「そうそれ。それね、あの時は言わなかったけど……嵌められたのよ」
「嵌められた?」
どうにも彼女にしては不穏な発言だ。俺が困惑していると、彼女は悔しそうに目を伏せる。
「七天大魔導になってから少しして、王国の公爵にね、専属の魔法使いになれって言われたのよ。もちろん、七天大魔導は大陸最強の魔法使いだから、一つの貴族に肩入れするような真似はする訳にはいかないし、断ったわ。そしたら……」
レイナは思い出したくもないという風な表情をしてから、絞り出すように口を開く。
「公爵は魔法使いとしてだけじゃなく、女として私を求めていたみたいで……断ったあとは権力を使った嫌がらせをずっとしてきて……王国も私個人を手に入れられるならって、育った孤児院にまで手を出してきたわ」
そうして、断れない状況を作られたレイナは、以前から王国が勅命を出していたこの神島アルカディア――王国曰く最果ての孤島に不老長寿の薬を手に入れる依頼を受けることで、なんとか一時的に難を逃れた状態だったという。
「そうだったんだ……」
「王国もわざわざ死んだと思われる人間の身内に手をかけるとは思えないし、それに……ちょっと疲れちゃった」
それはレイナが漏らす初めての弱音。
きっと彼女はこれまでの人生を、人の何倍も頑張って生きてきたのだろう。
幼い頃から魔法の修行に明け暮れて、冒険者の最高峰にも名を連ね、そして大陸一の魔法使い集団に入った。
そこまでして得た結果が、女として求められる自分。それはきっと、とても辛かったに違いない。
「レイナはさ……」
大陸に大切な人はいないのか? そう尋ねようとして、口を噤む。
聞けばきっと孤児院のことを語るだろうし、そうなれば必然的に王国のことを再度触れなければならないからだ。
だから、俺は違うことを尋ねることにした。
「せっかく念願の七天大魔導になったのに、いいの?」
大陸一の魔法使いの称号。それは生半可の才能や努力では手の届かない、真に選ばれた者だけが名乗ることの出来る証。
その名を得るために、本来の青春で得ることの出来た多くの物を犠牲にしてきたはずだ。だが、この島では誰もその価値を知らない。彼女の努力は全てが水の泡になってしまう。
努力した人間が報われないなんて、そんなことがあっていいはずがない。
そう思うが、だからといって現実はそう甘いものではないことも、重々承知していた。
俺のそんな質問に、レイナは力なく微笑みながら、コクリと頷いた。
「あのねアラタ。私ね、本当は別に魔法使いになんてなりたいと思ってなかったの」
「……」
「孤児院のシスターみたいに人に優しく出来るような、そんな自分になれたらそれで良かった。だけど私が魔法使いになったら、孤児院は楽になるって師匠に言われて、それで頑張ってただけなの」
「そっか……」
才能があることが必ずしも幸せなことではない。
選択肢が無数にあっても、この世界ではそんなに甘いものではなかったのだろう。
才能があれば使う。それは魔法であったり、武力であったり、容姿であったり。
それがこの世界の常識で、レイナにはその魔法の才能も、武力も、そして容姿まで揃っていた。だから、王国の人間も手に入れようと躍起になった。
その結果、彼女が見たはずの未来とは、大きく異なってしまったのだろう。
いつもと違う、少し弱い部分を見せてくれるこの年下の少女に、俺は少しでも力になりたいと思った。
「この島に残りたいっていうのは、大陸に帰りたくないから?」
俺の言葉にレイナは考えるような仕草で顔を上げて首を横に振った。
「……ううん。単純に、ここは居心地が良かったの。アラタは気を使わなくてもいいし、ルナは可愛いし、エルガたちも気の良い友人だわ」
「そうだよね。俺もそう思う。この島は、とても居心地がいい」
それはきっと、ここで出会った彼らがいい人たちだったからだろう。
最初は一人で生きていこうと思っていた俺の考えが、こうして変わっていったのは、間違いなくそれが理由だ。
「だから帰りたいと思うより、ここで第二の人生を生きていきたいとそう思ったの」
「そっか……」
レイナがそう決めたのなら、俺はそれを尊重する。そして彼女が困ったときは手助けをして、その代わり俺が困ったら彼女に助けてもらう。
そんな理想的な関係を、彼女とはこれからも築いていきたいし、きっと出来ると思う。
「それならこれからも一緒だね」
俺はレイナに向けて手を差し出す。それを彼女は笑顔で握り返す。
「ええ。よろしくね、アラタ」
「よろしく、レイナ」
これはきっと、そこまで意味のない行為だ。
改めてお互いが対等な友人であることを確認するだけの、そんな握手。
だがそれがきっと、とても大切なことなんだと、俺たちはそう思った。
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