第23話 この異世界で生きる決意

 その後、客人に片づけまではさせられない、ということで俺たちは神獣族の里を後にする。

 いつもならここでルナも一緒に付いて来るところだが、スザクさんに見つかって宴の片づけを命じられ、泣く泣く居残りとなった。


 俺とレイナは二人でテントに戻るため、静かな森の中をゆっくり歩く。

 昨夜の喧噪が嘘のように静かな森の中は、心を穏やかな気持ちにさせてくれるものだ。


「……なんだか、一気に色々あったね」

「ええ。でもおかげでこの島の住民たちとも交流がもてたわ」

「いい人たちが多くて良かった」

「ちょっと、騒がし過ぎだったけど……」


 神獣族の里での交流は途中でトラブルもあったが、結果的には雨降って地固まるとでも言うのか、彼らから認められる結果となった。

 これは最上の結果と言ってもいいだろう。


 レイナを賭けの対象にしたことは、すでに謝っている。

 普通なら怒られて然るべき状況だったと思うが、彼女は笑って許してくれた。こういうところが、彼女を良い女性だと思う所以だろう。


「それにしても、最後の最後までアラタは負けなかったわね」

「うん、なんだか負けたら駄目な気がしたから、結構頑張ったよ」

「ふふふ、なにそれ?」


 俺の言葉に軽く笑う彼女だが、実は結構大変だったのだ。


 実はレイナが寝たあたりから神獣族の面々が悪ふざけというか、本気なのかわからないが、俺に勝ったらレイナのご飯を食べられるという謎の賭けを持ち出してきた。


 それをスザクさんが面白いとか言って承諾したせいで、一度も負けるわけにはいかなくなってしまったのだ。


 それに対する見返りというか、俺に負けた神獣族は今後俺たちのために行動する約束をしたので、結果的には悪くない話だったわけだが、彼らの食に対する熱量は凄まじいものだった。


「結局、ガイアスには十回以上も挑まれたし」

「あの人にそれだけ挑まれて、一度も負けないんだから、本当にとんでもないわ」


 トモよ、もう一度だ! と何度も挑んでくるガイアスは、まるで遊んでもらいたい子どものようでキリがなかった。


 最終的には体力が切れて眠るまで相手にしたのだが、途中で何度も、もう勘弁してほしいと思ったものだ。


 そんな他愛もない話をしていると、すぐにテントに辿り着いた。


「行きは結構遠かったと思ったけど、意外と近いものね」

「一回通った道だからかな。帰りの方が距離が近く感じるのかも」


 とりあえず二人で昼食を食べながら、この日はゆっくりしようと決め、だらだらと過ごすことに決めた。


 それからは落ち着いたものだ。


 穏やかな風が流れ、暖かい太陽の日差しは森の木々が優しく抑えてくれる。

 俺はというと、レイナが持ってきてくれたハンモックに寝ころびながら、のんびり過ごしていると、だんだん眠気が来た。


 レイナは今日一日、ヴィルヘルミナさんから貰った魔法書を読む時間にするらしい。


 しばらく集中したいと言っていたので、俺はこのまま眠気に逆らわず、瞼を閉じる。


 すると、あまりの気持ちの良さに俺の意識はすぐ遠ざかり、だんだんと力が抜けていった。



 

 なんとなく、転生した時の夢を見ていることはわかった。それがどんな夢なのかは浅い意識の中では思い出せないが、多分神様と会ったときのことだと思う。


 思い出せるだろうか?

 そんなことを浮上しそうな意識の中で思っていると、ゆらゆらとハンモックを揺らされながら、誰かの声が聞こえてきた。


「ほら、いい加減起きないと、夜眠れなくなるわよ?」

「ん……」


 その言葉にゆっくり目を開けると、太陽の光が少し赤くなっていた。どうやら数時間ほど眠っていたらしい。


 揺れるハンモックが心地よく、身体を起こすのが億劫なくらいだ。


 つい布団に包まって出てこない子どものように、怠惰な理由で起き上がらずにいるとレイナから不安そうな声が聞こえてくる。


「大丈夫? 本当は疲れてたんじゃない?」

「……いや、ただ気持ちよかっただけだと思う」

「そう、それならいいけど……」


 こちらとしては、しょうもない理由でハンモックに寝ころび続けていただけに、彼女に心配をかけたことが申し訳なく思う。

 すぐに立ち上がり、身体を伸ばす。健康な身体が維持されるせいか、柔軟性も抜群だ。


「ふぁ……なんか、こんなにゆっくりしたの久しぶりな気がする」

 

 前世では毎日仕事に追われ、家に帰っても翌日のことが頭から離れなかった。だからか目が覚めても疲れが取れることもなかったし、鏡を見れば目の下にはいつもくまがあったものだ。


 顔を洗いながら、これから乗る満員電車のことを思い憂鬱になり、電車を降りれば向かうべき会社までの道のりに足を重くする。


 そんな日々が続いていたなら転職すればいい。そう言ってくれる友人もいたが、そこまでする気力を持てなかった。


 優柔不断な性格だったのだ。仕事に関してはそれなりに成果を出していたと思うが、自分のことに関しては特にそう思う。

 転職したからといって上手くビジョンも持てず、ダラダラといつまでも同じ生活を送ってしまった。

 

 だから、たとえ間違いで殺されたとはいえ、こうして今の生活を送らさせてくれる切っ掛けをくれた神様には感謝してもしきれない。


 自分一人だけだったら、会社を辞めるという決断も出来なかっただろうし、新しい人生を歩むということすら決められなかったに違いないのだから。

 

「なんだかすっきりした顔してるわね」

「うん。改めて、この島に来れて良かったなって思ってさ」

「そう……貴方がそう思うなら、きっと良いことだったのね」


 そう微笑んでくれるレイナに、俺はただ笑う。

 彼女にルナ、エルガ、それにこの島で出会った人々は良い人ばかりだ。


 種族が違うから人と呼んでいいのか分からないが、みんな自由に生きて、快活に笑い、人生を楽しんでいる。

 そんな彼ら彼女らに出会ったことは、俺としてはとても刺激になったし、眩しく思った。


 誰とも関わらず静かな生活を送りたいと、転生した頃は思っていたが、今は違う。この島のことをもっと知って、それで色んな種族たちと関わり合っていきたい。


 そして、もっともっと楽しい人生を過ごしたいと、そう思うようになっていた。


 だから、俺は決めたのだ。

 俺の目指すスローライフは、ただ一人で孤独に生きるようなものではなく、多くの人々と交流を深めて笑い合えるような、そんな日々にしようと。


「ねえ、レイナ」

「なにかしら?」


 この島で一番最初に出会った紅髪の少女は、強く気高く、そして優しい人だった。多分、この島で出会った誰よりも、俺は彼女に影響されている。


 レイナがいてくれたおかげで、この島での生活は大きく助けられた。

 だからこそ以前決めた通り、彼女が故郷に帰るための手段をこれから探していきたいと思う。それを、改めて言葉にしよう。


「俺、レイナが故郷に帰られるように、色々と頑張るから」

「……え? なんで?」

「ん?」


 俺の決意に対して、レイナは心底不思議そうに首を傾げた。どうやらなにを言っていたのか分からなかったらしい。


 俺としては、なぜ彼女がそんな雰囲気を出すのか理解できず、逆に困惑してしまう。


「だって、レイナって遭難してこの島に来たんだよね?」

「ええ、そうだけど……」

「だったら、故郷に帰りたいって思わないの?」

「えっと……あんまり思わない、かな?」


 なんとも歯切れの悪い返事だが、実際に彼女がそう思っていないことは間違いなさそうだ。

 おかしい、どこで俺は勘違いをしたのだろうか?


「こういう話って、したことなかったっけ?」

「……ないわね。アラタがこの島で生活したいって話は何度か聞いてたから、とりあえず協力しようとは思ってたけど」


 思い返すと、たしかにレイナから故郷に帰りたいと聞いたこともないし、俺からその話を振ったこともない。


 彼女と今後のことについて話をしたときも、この島での生活については語り合ったが、帰るための方法を探そうという雰囲気にはならなかった。


 つまり、ただ俺の思い込みだけで彼女を帰すために頑張らないとと、ずっとそう思っていただけらしい。 


「……ちょっと大きめの穴を掘ってくる」

「止めなさい。アラタが本気でやったらちょっとどころじゃなくなるでしょ」


 そう言う問題じゃない気はするが、とりあえず穴に入るのは止める。


「とりあえず、俺の認識に大きな間違いがあったみたい。改めて、一度ゆっくり今後のことについて話し合おうと思うんだけど……」

「いいけど、とりあえず先にご飯を食べてからにしましょう」


 すでに夕暮れ時は過ぎ始め、夜も深くなり始める時間だ。


 レイナから教えてもらった光魔法のおかげでこのあたり一帯は明るいままだが、腹の空き具合までは魔法では止められない。


 いつものように紅いエプロンを着て準備するレイナの背中を見送りながら、せめて雑用だけは手伝おうと、彼女の隣に立つ。


 結局のところ、俺が色々考えて決意をしたところで、普段と変わらない日々が流れていくだけなのだった。

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