第22話 宴の終わり
「グォォォォォォォォォ!?」
スザクさんの合図とともに、凄まじい咆哮を上げながら突撃してくるガイアス。
ぶつかり合った瞬間、これまで一度も感じたことのない衝撃が走る。
「ぐっ⁉」
「オオオオオオオオオオオオ!」
エンペラーボアどころか、バハムートを祖にするティルテュすら上回るそのパワーに、俺はその場から少し後ろに下げられる。
地面を踏ん張ってなんとかその突撃を止めるが、ガイアスの力は衰える気配もないままだ。
「アラタ⁉」
「お兄ちゃん⁉」
「大丈夫!」
背後からレイナとルナの心配そうな声が上がるが、俺は心配ないと声をかけながら、一歩前に踏み出した。
「――っ⁉ ば、バカな⁉ オレの突撃を、ウケ止めたダト⁉」
その瞬間、ガイアスが驚いたように声を上げる。
たしかに凄いパワーだ。
もしいつものように、この身体に甘えて油断をしていたら、そのまま一気に持っていかれていたかもしれない。
だが、今回は正面から力比べをする気で構えていた。だからこそ油断などなく、しっかりガイアスと向き合えたのだ。
「おいおい……ガイアスの祖はあのベヒモスだぞ。いくら神獣そのものより弱くなったからって、パワーだけなら最強クラス 。たしかに面白いことになるかもとは思ったが……ははっ、想像以上だマジかよこいつ」
驚いたような、それでいて呆れたような複雑そうな声を上げるスザクさんに、内心してやったりという気持ちになる。
彼女も面白がってこのような取り組みをしたのだろうが、だからといってなんでもかんでも言われるがままにしていては面白くない。
「グ、オオオオオオ!」
「ふ、ん!」
一歩、二歩、三歩。
一歩ずつ前に押し出していく俺に抵抗するように、ガイアスからかかる圧力がさらに重くなる。
エンペラーボアからの突撃などまったく重いとは思わなかったが、この男に関しては、油断したらそのまま押し切られそうな雰囲気があった。
だから、俺は一切手を抜かない。
「うおおおおおおおお!」
「ヌググググゥゥゥゥゥゥ!」
俺がガイアスを押す度に、周囲の熱気はどんどんとヒートアップしていく。
それ自体は別にいいのだが……。
「おおお、スゲェ……スゲェよあの男!」
「鋼のような肉体。無駄をすべてそぎ落とし、ただこの神獣相撲のためだけに鍛えてきたに違いない」
「きっと血反吐をまき散らし、それでも女のために前に進む。へへ……敵わねぇな」
終いには解説し始めたり、勝手な物語が作られたりする者まで現れる始末。
まず一つ言いたい。この身体は神様から貰ったもので、別に鍛えたことがないことを。
たしかに前世に比べたらこんな森の中で住んでいるのだから、運動はしている。
狩りだってたまにしているし、この身体はいくらでも動けるから、森を走ったりするのも楽しいものだ。
ただ、努力などなに一つしていないから、そんな風に言われるとちょっと申し訳ない気分になってしまう。
目の前の鼻息荒く全力で相対しているこの男に対しては特に。
だがしかし、勝負は勝負。
それにここまで俺をずっと支えてくれた恩人であるレイナを怯えさせたのも、やはりそう簡単には許せない。
だから俺は、ここから更に力を込めて、一気に勝負をつけることにした。
「フンヌヌヌヌ、ウゥゥゥゥゥゥガァァァァァ」
「これで、終わりだぁぁぁぁ!」
声を上げて、ガイアスを前に前にと押し出す。そして、男二人の気合いの入った声は、周囲の熱気すら飲み込み――。
「ソ、ソンナ……オ、オレ……?」
「俺の、勝ちだね」
最初に地面に描かれた円の外に、ガイアスの足が出た。すなわち、俺の勝利だ。
「い、一本道……? あのガイアス相手に、押し出しをする奴がいるなんて……」
神獣族の誰かがそう言った瞬間、空に炎の鳥が激しく飛び交い、一気に辺りを明るく照らす。
それと同時に、スザクさんが大きく手を上げた。
「勝負あり! この勝負、アラタの勝ちだ!」
『ウォォォォォォォォ』
周囲を囲んでいた神獣族たちが一斉に空に向かって咆哮する。
それが合図となったように、ガイアスが項垂れるように地面に膝を着いた。
「ふぅ……」
俺はというと、ようやく身体から力を抜く。
これまでと違い、初めて自分の意思でこの力を出したそのせいか、少しだけ脱力感があった。
「オ、オレが……この、オレが……」
ガイアスはよほどショックだったのか、顔を上げない。
俺はというと、これも勝負だと割り切り、彼に背を向けてレイナたちの方に戻って行く。
「ただいま、勝ったよ」
「お帰りなさい。別に、心配なんてしてないんだから」
その表情と言葉が一致していないことに思わず苦笑してしまう。
彼女は優しい人だから、心配していてくれたのはすぐにわかった。
「お兄ちゃん凄い!」
「おっと」
そんな風にレイナを見ていると、ルナが抱き着いてきた。
先ほどのガイアスとは違い、完全に油断をしていたから、つい一歩のけ反ってしまう。
とはいえ、ここで格好悪いところは見せられないと、なんとか踏ん張った。
「おいおいアラタ。お前とんでもねぇな。ガイアスのやつはバカだが、パワーだけなら神獣族一だってのに、一本道をやっちまうとは……」
呆れた様に頭をかきながらエルガが近づいてくる。
そういえば、彼にも散々心配をかけてしまったと思い出した。
「エルガ。さっきは庇ってくれてありがとうね」
「おう……つっても、余計なお世話だったみたいだがな」
「そんなことないよ。ところで、さっきも聞いたけど一本道って?」
「ほれ」
俺の疑問に対する答えを、エルガは指さすことで示した。
見れば、ガイアスを押し出したときに出来た、二本の線。
それがまるで真っすぐな道のようになっていて、なるほどと思った。
前世の相撲でいうところの、電車道のことを言っていたのだ。
「あれはよっぽど互いに力の差がないと出ねぇもんだからな。それをあのガイアス相手にやっちまうんだから、お前とんでもねえよ」
「あはは……」
神様から貰った身体なので自慢できることではなく、つい苦笑してしまう。
周囲は興奮冷めぬ様子で、先ほどの俺たちの相撲について語っていた。しかし聞こえてくるのは、なぜか俺の知らない物語のような話ばかり。
俺が困惑した様子で見ていたのに気づいたエルガが、身内のことだからか少し気恥ずかしそうな表情をする。
「まあ、あいつらのことは気にすんな。宴とか相撲とか、普段娯楽が少ねぇから、こういう時ついはしゃいじまうんだ」
「うん……まあ気にしないよ」
別に悪い印象を与えた様子はない。ただ、まるで英雄譚の主人公のように扱うのは勘弁して欲しいところだ。
そう思っていると、ようやく立ち上がったガイアスが、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
その足取りは少しフラフラしたもので、自慢のパワーで負けたことがよほど堪えた様子だ。
そうして俺の前にやって来たガイアスは、鋭い瞳で見下ろしてきた。
「オマエ……」
「……なに?」
一触即発な雰囲気を感じ取ったのか、周囲の神獣族たちも固唾を飲み込みながらこちらの様子を窺っている。
まさかレイナのことが諦められないから、もう一度戦えという気ではないだろうか?
そう思った瞬間、ガイアスが手を出してきた。
「オレの、トモになれ!」
「……は?」
「トモになれ!」
いや、聞こえてはいるんだけど、なにを言ってるのか理解が出来なかっただけである。
ただ、その言葉には嘘がないような気がした。
心なしか瞳はキラキラと輝き、まるで幼い子どもが新しい玩具を手に入れたような満面な笑みだ。
「えっと……」
「オマエ、ツヨイ! オレ、ツヨイやつ尊敬スル! だからオマエ、オレのトモになれ!」
俺が困惑をしていると、ガイアスはさらに一歩前に出て手を伸ばす。
俺は恐る恐るその手を握り握手をすると、彼はブンブンと上下に振る。
「これで、オレたちはトモ! アラタ! ナニカあったらオレに言うとイイ! ナンでもぶっ壊してヤル!」
「あ、はは……ありがと」
俺は出来ればのんびり過ごせたらいいので、あんまり物騒なことには巻き込まないで欲しいが、しかしこうして見てらまるで大型犬のようで少しだけ愛嬌があるようにも感じた。
「アラタおめでとう」
「そう言うなら、なんで少し離れるのかなレイナ?」
「いえ、特に他意はないわ。ええ、なんでもないの」
きっと巻き込まれることを恐れたのだ。間違いない。
とはいえ、彼の興味の対象が俺に映ったのは結果的には悪くない気もした。
「ソレじゃあ、もう一度ヤルぞ!」
「え? なにを?」
「モチロン、神獣相撲ダ! 今度は、負けナイ!」
ガイアスがそう言った瞬間、周囲で様子を窺っていた神獣族の面々が再び興奮した面持ちで雄叫びを上げ始める。
――リベンジだ! 今度こそガイアスが勝つ! 神獣族の意地を見せてやれ! あの激しい肉のぶつかり合いがもう一度見れるのか!
そんな期待の声が飛んでくる。最後に言ったやつには、今後絶対に近づかない。
「よぉし! 良い感じに盛り上がって来たじゃねえか! それじゃあ二人とも、もう一度円の中心に来い!」
「……はぁ、仕方がないか」
俺はガイアスに引っ張られるように、円の中心に連れて行かれる。
今回は特になにかを賭けるわけでもないらしく、ただの遊びだと思えば、神獣族との交流にもなるし悪くはない。
これからこの島で過ごすのに、隣人との仲が深まるのは良いことだ。
「アラタ、頑張ってー」
「お兄ちゃん頑張れー!」
それに、あんな美人で可愛い女性陣の声援もあるのだ。男として、ここは意地を見せてもいい場面だと思う。
「今度コソ、勝ツ!」
そうして始めた神獣相撲は、結果的には俺が再び勝つことになったのだが、ここで俺は一つだけ失敗した。
なぜなら、ここから神獣族側がヒートアップしてしまったのである。
――次は俺だ! 俺様のテクニックを見せてやる! パワーだけが相撲じゃない! お前の肉とぶつかりたい!
そんなガイアス以外の神獣族が次々と俺の挑戦者として名乗りを上げ始め、結果的に夜が明けるまで俺は相撲を取り続けることになったのだ。
あと、最後の一人だけは、極力触れないように頑張った。
そして夜が明ける頃には誰も彼もが疲れからか、ぐったり地面に倒れ込み、ようやくこの宴が終わる。
周りを焚きつけたスザクさんなど、早々布団を用意して眠っていた。
「つ、疲れた……」
見れば、レイナとルナは用意された毛布に一緒になって眠っている。
エルガはリビアさんに腕を抱きしめられて、若干寝苦しそうだ。俺も寝たい。
まさか、ただ挨拶に来ただけなのに、こんなことになるとは欠片も思わなかった。
「まあでも……楽しかった、かな」
地面に尻餅をつきながら登ってくる太陽を見て、俺はそう呟くのであった。
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