第21話 神獣相撲
強大な魔力をまき散らし、威圧的に迫ってきたこの男は、いきなりレイナに求婚してきた。
それが普通に相手のことを考えての行為ならともかく、明らかに自分のことしか見えていない行動。
レイナにはこれまで色々と助けてもらってきた。だから、彼女を困らせるのなら許すわけにはいかないだろう。
「ナンだオマエは⁉」
「そっちこそ、いきなり来てなに言ってるんだ? レイナが困ってるだろ」
「コレ美味い! このオンナが作った! おいオマエ! オレのために、一生メシ作るヨメになれ!」
かなり無茶苦茶な言い分だ。
とはいえ、少し思い返せばティルテュも同じようにいきなり迫ってきたことを思い出す。
もしかしたら、この島の者たちにとっては以外と普通なことなのかもしれない。
しかし、事前にレイナに対して魔力を抑えてくれと頼み、他の神獣族たちは全員そうしてくれている中、この男だけはその力をまき散らしながら、威圧するように命令してくる。
まるで、自分の方が上だから、言うことを聞けと、そう言っている風だ。
チラっと後ろに立つレイナを見ると、ルナが心配そうに彼女を支えていた。
今のところ、魔力酔いまでは引き起こしていないようだが、あまり気分が良さそうには見えない。
「オマエも邪魔するなら、ナゲ飛ばす!」
そう言ってこの神獣族の男は、頭の角をこちらに向けて威嚇してきた。どうやらやる気らしい。
俺は袖をまくり、ガイアスを睨み返す。
普段と違い、かなり苛立っている自分に気付いていたが、それを抑える気はなかった。
このままこの男を抑えつけてやるという気概をもって挑もうと思うと、俺たちの間に炎が通り過ぎる。
「ははは、一人の女を巡って男が争う! これはこれで一興だが、だからといって客人に対してさすがにこのままなにもせずに見過ごす、というのは歓待する側の立場としては悪いからな!」
「スザクさん……」
「オサ! ジャマするな!」
「おいおい、楽しい席を邪魔してんのはお前の方だろうがガイアス。つっても、 まあお前の気持ちもわからんでもない」
いや、そこは分かって欲しくはないのだが。
そんな俺の気持ちなど気にせず、スザクさんは不敵に笑いながら俺とガイアスの間に立つと、空高くに激しい炎を打ち上げた。
「よって、ここは神獣相撲で決めたいと思う!」
「「「ウォォォォォ」」」
スザクさんがそう宣言した瞬間、周囲の神獣族や獣人たちが激しい雄叫びを上げ始めた。
それは一人二人ではなく、この場にいるほとんどの者がそうしている。
共感していないのは、エルガやルナといった友人たちだけだ。
とはいえ、ルナは周囲の熱気に感心した様子を見せるだけで、助けになりそうにないが。
「な、なによこれ⁉」
突然の事態にレイナも驚いた様子を見せる。それは俺も一緒だった。
ついエルガを見ると、彼は困ったように頭に手を当てて呆れた様子を見せる。
「エルガ、神獣相撲ってなに?」
「あー。俺たちは先祖を尊敬していてな、なにか譲れないものがあるときは、自分の先祖に誓いを立ててから誇りを賭けて相撲を取る。んで、負けたら相手に譲るって感じだ」
「つまり……俺とあのガイアスがレイナを賭けて神獣相撲を取るってこと?」
「つーことだ……とはいえ、いくらなんでも客人にすることじゃねえな。ちょっと止めてくる」
エルガがそう言って、ボルテージが最高潮になったスザクさんたちの方へと向かって行く。
「異論のある者はいるか!」
「あるに決まってんだろうが! アラタとレイナは客人だぞ! なに勝手なこと言って巻き込んでやがる!」
「ちっ、エルガか……」
うるさい奴が来た、と言いたげなスザクにエルガはずかずかと近づき、彼女を睨む。
「いったいどういう了見だ? こいつらは俺の客人って最初に説明したよなぁ?」
「ふん、たとえお前の客人だろうと、ここは俺の里だ。つまり、俺がルール!」
「んなわけあるか!」
唯我独尊を地で行くスザクさんに対して、エルガが突っ込みを入れる。そしてそのあと彼は、ガイアスを指さした。
「だいたいガイアス相手に神獣相撲だぁ? んなもん、こいつに有利過ぎるだろうが!」
「オレ、ツヨイ!」
明らかにパワー自慢のガイアスに不公平を訴えるエルガだが、スザクさんはそんな彼を馬鹿にしたように鼻で笑う。
「はっ! だからなんだ! 有利だろうと不利だろうと、先祖に誓いを立てればあとは戦うだけじゃねえか!」
「そもそも、アラタもレイナもこの里のことは関係ねぇだろ!」
「いいやあるな! ガイアスがレイナを求めた! んでその間にアラタが立った。男と男の間に、これ以上になにがいるってんだああん⁉」
まるでチンピラ同士の言い争いだ。というのはこちらを庇ってくれているエルガに対して失礼か。
とはいえ、当人同士を放ってヒートアップし始めているうえ、このままでは拉致があきそうにない。
とりあえず俺としてはレイナが守れればそれでいい。そして、状況は理解した。
「レイナ、俺に任せてくれる?」
「……ええ、アラタのこと、信頼してるから」
「お兄ちゃん行くの?」
「うん。向こうの言い分的にはレイナが欲しいらしいけど、あんな男にレイナは渡せないからね」
「おおー。お兄ちゃん格好いいー!」
感激した様子のルナに苦笑し、レイナを見ると彼女は顔を真っ赤にしてうつむいていた。
どうやらこの場の空気に当てられて、また魔力酔いをしてしまったらしい。
このままだとせっかく俺たちのために開いてくれた宴がパァだ。だから、早くこの事態を収めて、また宴の続きをしたいと思う。
俺はどんどんヒートアップしていくエルガたちに近づくと、その間に入る。
「つまり、その神獣相撲で俺が勝てばいいわけだね?」
「おお、アラタ! お前はやる気になってくれるか!」
「おいアラタ! こんな馬鹿どもの言うことを素直に聞く必要なんてねえぞ!」
対照的ながらもそっくりな二人に対して、俺は少し笑ってしまう。
そういえば、エルガはスザクさんに育てられたのだと言っていた。だからか、二人の口調も言葉遣いもそっくりだ。
「いいよ、やろう。ただし、賭けの対象がレイナを嫁にするっていうのはなしだよ」
「へぇ……じゃあどうするってんだ? ガイアスはもうレイナにぞっこんだぜ」
ぞっこんなのはレイナではなく彼女の料理だろうに。
呆れてしまうが、このあたりはそもそも種族としての感性の違いなのかもしれない。
「とりあえず、友達になる権利ってところでどうかな? こういうのは当人同士の意思が大事だと思うんだ」
「強いオスにメスは惹かれる。それが自然の在り方だぜ」
「だったら――」
俺はこの世界に転生して、初めて己の意思で自分の力を使おうと意識する。
その瞬間、周囲の空気が一気に変わった。
「――っ⁉」
「俺の方が強いって、証明すればいいのかな?」
正直言って、こういう風に力を誇示するやり方はあまり好きじゃない。
そもそもこの世界に転生させられたことも、そしてこんな身体を手に入れたこともすべて運が良かっただけだ。
俺がなにか努力をして手に入れたわけでもない、借り物の力。だがしかし、そんな力でも使わないといけない時があるのだと、今回強く思った。
「へぇ……いいじゃねえかその気迫。男らしくて俺も好きだぜ。まっ、とはいえたしかに悪ふざけが過ぎたな。お前の言い分通り、レイナの友人の座を賭けて神獣相撲をしてもらおうじゃねえぁ!」
「オサ⁉ オレはあいつをヨメにしたい!」
「おいガイアス! そもそもテメェがいきなり暴れたんだから、我慢しやがれ!」
「グッ……」
スザクが鋭く睨むと、ガイアスは悔しそうに一歩後退った。どうやら力関係ははっきりしているらしい。
「とはいえ、このままだとテメェらになんのメリットもなさすぎだな。つーことで、もしアラタが勝ったら、俺様に出来る範囲でなんでもしてやるよ」
「本当ですか?」
「おう、神獣族に二言はねえ。なんだぁ? 俺の身体にでも興味あるかぁ?」
「それはないです」
「カカカ! つれねぇな」
俺の一言に、スザクさんは気分を害した様子は見せずに笑う。
とはいえ、神獣族の長であるスザクがなんでも手伝ってくれるというのは、ありがたい話だ。
なにせ、この島からの脱出方法はエルガでさえ知らないことだ。だが太古からずっとこの島に住んでいる彼女なら、もしかしたらなにか知っているかもしれない。
仮になにも知らなくても、強力なサポートになることは間違いない。
自分の意思で来て、ここで生活するのだと決めている俺はともかく、レイナは故郷に戻りたいだろう。
ここまでたくさん支えてくれた彼女のためにも、ここは絶対に負けられない戦いだ。
「よーし、それじゃあ準備だテメェら!」
スザクの指示によって獣人たちが円を描くように広がっていく。そしてそのうちに何人かが、大きな円を描き始めた。
どうやら、この円の中で戦うらしい。
半径十メートルといったところだろう。普通の土俵が直径で五メートルほどだから、相撲にしてはかなり大きい。
ガイアスが円の中心に歩くので、俺も上着を脱いで上半身裸になると、円の中心に向かう。
そして睨み合う俺とガイアス。
普通なら高身長と言われるであろう俺だが、しかしガイアスの大きさはそれどころではない。前世のプロレスラーですら、この男の前では子どもみたいなものだ。
「オレ、オンナを手に入レル!」
「そんな言い方するようだったら、レイナに近づけさせないよ」
だからと言って、退くわけにはいかない。
「神獣ベヒモスを祖とスル、大戦士ガイアス」
「人間の、アラタ」
円の中心で睨み合いながら、俺たちは己の名を告げる。
それを確認し終えたスザクが、楽しそうに炎を浮かべて、すでに暗くなった空に掌を向ける。
「それでは、己の誇りを汚さぬよう、全力でぶつかり合うといい! 神獣相撲、はっけい……のこったぁ!」
その言葉と同時に、凄まじい太陽のような爆発が空高くで発生。そして俺たちは、己の誇りを賭けて一気にぶつかり合った。
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