第20話 宴

 長老の屋敷を後にした俺たちは、昼間はエルガとルナに里を案内されながら神獣族たちを紹介してくれた。


 聞いたことのある名前から、まったく知らない名前まで様々だ。


 どうやら今回は、全員が揃っているわけではないとのこと。


 島の狩りに出ている者、俺より強いやつに会いに行くと出ていった者、とにかく島を探検したい者。

 そういった血気盛んな若い衆は、あまり里に帰ってこないらしい。


 とはいえ、そんな彼らが死んだかと言われると、それはおそらくないという話だ。


 この島の生物の中でも、神獣族はトップクラスに強い。


 相手が鬼神族や古龍族が相手でもなければ、早々遅れは取らないし、生き延びることにおいては全種族中トップだと、エルガが言っていた。


「なんだか、時間がゆっくり進んでるみたいでいい雰囲気だね」

「ええ。どこか懐かしいような、優しい雰囲気を感じるわ」


 神獣族の里では、どれもこれもが初めて見ることばかりで新鮮だ。


 特に獣人たちが育てている農作物のうち、すでに食べられる物を摘まませてもらったが、とても美味しかった。


 さらに、森の奥で育てているフルーツなどが絶品らしく、それが今夜の宴で出てくるというから、俺たちは自然と楽しみにしてしまっていた。


 そして、気が付けば日も暮れ始め、里では篝火がたかれ始める。


 俺たちはスザクさんの近く、上座に案内されて運ばれてくる料理をただただ見ているだけだった。


 周囲には五十を超える神獣族に、普通の獣人たちも集まっている。


「さあお前たち! 今宵は我らが神獣族の大戦士エルガが、新たな友を招き入れた! こいつは俺の炎を受けても無傷の化物だ! しっかり歓迎してやれよ!」


 ウォォォォォ、と雄叫びのような声を上げながら、木でできたグラスを上にあげて乾杯してくれる。


 自分たちが宴の中心にいるというのはかなり気恥ずかしいことだが、彼らなりに歓迎してくれていることはよくわかったので、素直に喜ぶことにした。


 どうやら事前にレイナに対する配慮もされているのか、今のところ神獣族に囲まれてもレイナが気分を悪くすることはなさそうだ。


「あ、これ美味しい」

「これはねー、ルナがお手伝いしたんだよー!」

「ルナ凄いじゃない。本当に美味しいわよ」


 レイナの膝の隣でニコニコと笑いながら嬉しそうにそう報告するルナの頭を彼女は撫でる。俺もたまにやるのだが、ルナの狐耳はモフモフしていて撫で心地がいい。


 そんな二人のやり取りを見てほっこりしていると、少し離れたところで大きな叫び声が上がった。

 あそこは、たしか今朝レイナが作ったカツサンドをおいている場所だ。


『うぅぅぅぅおぉぉぉぉぉぉぉ、なんだこれはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! うぅぅぅぅぅぅまぁぁぁぁぁすぅぅぅぅぅぎぃぃぃぃぃぃーーーーーーーるぅぅぅぅぅぅぅ』


 見れば、あそこに固まっている神獣族たちが、連鎖するように大きな叫び声を上げていた。

 それに釣られるように興味を持った者たちがどんどんと集まり、その雄叫びは続いていく。


「……ねえアラタ、神獣族ってちょっとオーバーリアクション過ぎないかしら?」

「それだけ喜んでくれてるってことだし、いいんじゃない?」


 あんまり気にしては負けな気がするので、とりあえず美味しく食べてくれていることに喜んでいた方がいい。


「おうおう、そんなに美味いのかあれ。なら俺も一個取りに行くかな」

「あ、スザクさんの分ならここにありますよ」


 立ち上がろうとするスザクさんに対して、レイナが収納魔法からカツサンドを取り出した。


 あとで自分たちが食べようと思っていた分だが、わざわざここまで歓待の宴を用意してくれた彼女に対して、少しでもという思いだろう。


 それに、すでに準備してしばらく時間が経ったカツサンドよりも、収納魔法に入れていたおかげで暖かい状態の方が美味しいに決まっている。


「ほう、これがエンペラーボアのカツか。ふふふ、あいつは中々出てこないからな……俺も食べるのは久しぶりだぜ」

 

 パクリ、と小さな口を大きく開きながらスザクさんはカツサンドを口に含む。その瞬間、彼女の目が見開いた。


「おいレイナァ!」

「は、はいぃ?」


 凄まじい剣幕でレイナに詰め寄る。とはいえ、その力の放出を抑えているのはさすがだろう。おかげでレイナも驚いただけで済んでいる。


「こいつはあと、どれくらいある⁉」

「あ、っと……これくらい」


 レイナはおそらく持っているだけのカツサンドを取り出したのだろう。

 十個のカツサンドが目の前に並んだと思うと、スザクさんはそれを一気に食べ始めた。


 黙っていれば貴婦人とも取れる美しい女性だが、今の姿は百年の恋も冷めるくらいガツガツとしたもの。

 もっともこういう女性が好きだというなら話は別だが、とにかく美味しそうに食べていた。


「あ……あ……あ……」


 その様子をルナが呆然と見ていた。いつもなら自分のだと言いながら、カツサンドを食べに突撃する彼女も、今のスザクさんの覇気に押されて固まっていた。


 ただ食べたい欲求はあるのか、涎だけはダラダラと垂らし、目の前から無常にも消えていくカツサンドをただただ見送っていた。


 仕方ないので、俺の収納魔法に入っているカツサンドをこっそりルナの口に入れてやると、彼女は慌ててスザクさんに対して背中を向ける。


 自分の食べている物を奪わせないという、野生の本能がそこにはあった。


 そうしてスザクさんは置いてあるカツサンドをすべて食べ終わると、近くに置いてあった果汁酒を手に取って飲み干す。


「かぁー! うっめぇぇぇぇ! んだよこれ、俺の知ってるエンペラーボアの肉より全然美味いじゃねえか!」

「あ、いちおう色々と下処理したから。あと、その部位って実はかなり希少だけど美味しいところ使った……」

「特別製ってわけだ! 悪いな! 全部食っちまった!」


 全然悪びれていない様子で笑うスザクさんに、俺たちはなにも言えない。

 あれだけ美味しそうに食べてくれたなら、作った側としては文句などあるはずがないのだ。


 ……作ったの、ほとんどレイナで俺はパンを挟んだだけだが。


「いやいや、話には聞いてたが、マジで料理美味いんだなお前! なあ、俺の専属料理人にならねぇか? 優遇するぜ!」

「えっと……今はまだ色々とやらないといけないことが多いから……」


 スザクさんの本気の勧誘にレイナは戸惑いながらも、チラチラとこちらを見る。

 それをSOSの合図だと思い、俺はそっと彼女の傍に行く。


「俺たちもまだこの島に来てから日も浅いですから、もう少し色々と自分たちで地盤を固めたいですよ」

「そんなもん、俺のとこで適当に生活してりゃあ良いと思うが……ま、若いやつには冒険させろって言うし仕方ねえぁ。無理強いしても良いもん出来ないだろうし、今回は諦めるか」


 意外と聞き分けのいい彼女にホッとする。力づくで来られれば、俺も守り切れるかわからなかったからだ。


「でもまあ、たまには里に来て美味いもん作ってくれよ。必要なら、食材くらいいくらでも用意してやっからよ」

「ええ。その時はぜひ」


 そんな約束をしてからしばらくは和やかな雰囲気が続いていたのだが、時間が経つにつれて、どうも少し遠くの方が騒がしくなってきた。


「なんだろう?」

「ああ、若いやつらが騒いでるだけだ。気にしなくてもいいさ」


 スザクさんは気にした様子を見せないが、騒ぎは段々と大きくなる。


「飛んでるね……」

「飛んでるわね……」


 遠目からでもはっきりとわかるくらい、次々と空中に神獣族らしき男たちが飛んでは落ちて、飛んでは落ちての繰り返しをしてるのだ。

 これを気にするなという方が無理があるだろう。


「って、あれ?」


 なぜか、飛んでいる男たちが近づいてくる。


 いや、飛んでいる彼らが近づているわけではないのだが、どうやら飛ばしている張本人がこちらに近づいてきているようだ。


 そしてその原因らしき人物がはっきりわかると、スザクさんが呆れたように説明してくれる。


「あれはガイアスだな。神獣ベヒモスを祖とする、神獣族一の暴れん坊だ」

「暴れん坊……?」

「ああ、見ての通りだ」


 どうやら他の神獣族たちはそのガイアスという男性を止めようとしているらしい。


 しかし件の男はとんでもないパワーを持っているのか、次々とまるでボールを放り投げるように投げ飛ばしながらまっすぐこちらに近づいてきた。


「コイツを作ったのは、誰ダァァァァァァ!」

「ひっ!」


 まるで暴走機関車のように迫ってくる男にレイナが怯えた様子を見せる。


 男はボサボサの茶色い髪の毛を腰まで伸ばし、上半身は裸で腰に布巻だけをしている。

 筋肉隆々で、明らかにパワー自慢だろうというのがよくわかる出で立ちだ。


 ガイアスはある程度まで俺たちに近づくと、その足を一度止めてノシノシと歩いてくる。

 どうやらこちらに危害を加えるつもりはないらしい。


「オマエか! コレ作ったヤツは!」


 少し片言のような言葉遣い。エルガたちに比べると、どこか野性味のある男だ。

 そんな男は今、カツサンドを差し出しながら真っすぐレイナを見下ろしている。


 レイナはというと、その威圧感に若干気圧されているような雰囲気だ。


「そ……そうだけど?」

「ソウカ! ナラお前、オレの嫁にナレ!」

「……え?」


 そんな戯言を言った瞬間、俺は思わずガイアスの前に立ちふさがった。

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