第19話 神獣族の里

「ここが……」

「神獣族の里、なんだね」


 ルナの案内によって辿りついたそこは、森がひらけて、いわゆる地方の村といった雰囲気だった。


 俺的にはもっとファンタジーらしく、木の上に家があったり森の中に住んでいるような、自然と共存しているイメージがあったが、どうやら想像とはだいぶ違っていたらしい。


 とはいえ、家は木で出来ていてしっかりとしているし、どの家もそれなりに大きく立派なものだ。

 きっと彼らなりにこれまで生活してきた中での知恵なども張り巡らされていることだろう。


「ようアラタ。よく来たな」

「あ、エルガ」

「レイナさんも、いらっしゃい」

「リビアさん」


 村の入り口でじろじろと周りを見ていると、エルガとリビアさんが声をかけてくれた。

 どうやら村の案内役は彼ららしく、そのまま中まで連れて行ってくれる。


 ときおり視線を感じるのでそちらを見ると、畑で農作業をしている獣人や子どもたち。外からの来客がよほど珍しいのか、作業の手を止めてまじまじとこちらを見ていた。


 見たところ、彼らからはエルガたちから感じる強大な力を感じない。

 そんな彼らを怯えさせないように気を付けながら、エルガに村について色々と聞いていく。


「俺たち神獣族は、はるか昔に生きていた偉大な先祖たちの力を色濃く継いだやつらでな。結構プライドが高いやつも多い。それに対して、そこら辺にいる普通の獣人族は完全にその力を失ってるんだよ」

「村の中でも、結構その差ってあるの?」

「あー……ない、とは言い切れねえな。実際、ここにいるのは全員普通の獣人、そんであの奥、ちょっと丘の上にあるのが、神獣族の住む場所だしよ」


 エルガが指さしたところは、まるでこちらを見下すように丘の上に建てられた家の数々。

 地位の高い者ほど高い場所に住むのはよくある話で、この里でも同じことが起きているのだろう。


「まるで貴族と平民ね」


 レイナは淡々とそう言うが、実際にそうなのだと思う。

 そういった制度のない現代日本からやって来た俺だが、しかし力のあるなしで上下関係が出来てしまうのは仕方がないことだと理解していた。


 ただ、その力関係で酷いことになるのであれば、あまり気持ちの良いものではない。


「別に俺らは崇めて欲しいわけじゃねえんだが……なぁんかあいつら俺らのことを勝手に神様だとか言ってくるんだよなぁ。おかげで色々と面倒だし」

「……ん?」

「あん? どうした?」

「いや、神獣族が普通の獣人を見下しているって話じゃないの?」

「はぁ? なんでそんな面倒なことしなくちゃいけねえんだよ。あいつらが勝手に自分たちと神様方は違いますって言って、下にいるだけだ」

「……なるほど。なんというか、その、ごめん」


 どうやら色々と勘違いをしていたらしく、素直に頭を下げる。

 たしかに、よくよく見れば普通の獣人とエルガたち神獣族たちの見栄えというか、生活格差は見た目ほどなさそうだ。


「別に俺らはたまたま力を持ったまま生まれただけなのに、なんでそんなことを気にするかねぇ」


 それからエルガの話を聞いていくと、やはり気にしているのは獣人側だけであり、神獣族側は大して気にしていないようだ。


 普通の獣人たちだけでは、この島を生き残れない。だから神獣族が守っているという体裁はあるものの、それを理由に彼らを格下に見ていることはなさそうだ。


「俺らは森で狩りをして食料を手に入れる。獣人たちは米とか野菜とか、その辺を育てて食料を作る。ただ役割が違うだけだと思うんだけだとな」

「そうだよね。みんなそれぞれ役割があるから、色々とうまくいんだもんね」

「おう」


 それはエルガの本心なのだろう。とはいえ、俺は彼ら獣人たちの気持ちも理解できた。

 彼らは力がないのだ。神獣族という、強い力の庇護下になければ、この島では生きていけない。


 だからこそ、崇め、称え、そして守ってもらう。それはきっとこの厳しい世界における、一つの生き方なのだろう。


「っと、着いたぜ」


 丘の上にある家々は、下にある獣人族の物よりもずっと頑丈で、立派だった。特に一番奥にある巨大な屋敷は、他とはずいぶんと様式が異なり重厚感がある。


「あれは?」

「ああ、長老の家だな。俺たち神獣族はかつての神獣の力を持って生まれたわけだが、長老だけは昔からずっと生き続けてる」

「へぇ……ってことはヴィルヘルミナさんと同じってこと?」


 その名前を出した瞬間、エルガが嫌そうな顔をする。よほど過去のことを根に持っているらしい。


「まあ、そうだな。実際昔はかなり戦り合ったって話だぜ」

「お婆ちゃんは強くてね、神獣族のみんなが束になっても全然敵わないんだよ!」

「それは……とんでもないわね」


 レイナが少し怯えた様子を見せるが、それも仕方がないことだろう。

 エルガやティルテュが力を出しただけで魔力酔いを起こしてしまい、かなり体調が厳しくなったのだ。

 それ以上の力の持ち主だと聞いて、前向きになれる要素などない。


「とりあえず長老には屋敷に連れて来いって言われてるからよ。一緒に来てもらうけど良いよな?」

「うん、元々挨拶するために来たからね」

「ええ」


 弱い部分を見せまいと凛と頷くレイナだが、さすがに気丈に振舞っているのはポーズなことくらいすぐわかる。


 彼女の身になにかあれば守らなければ、と気合いを入れつつ、エルガの案内に従って俺たちは屋敷に入っていった。




 俺らが通された部屋で待っていたのは、燃えるような紅い長髪の年若い女性だった。

 男物の紅い着物に黒いインナーを着て、鋭い黄金の眼光でこちらを見下す姿は、まるで昔ながらのヤクザのようだ。


 凄まじいほどの美人であるのだが、貫禄がありすぎて怖いという印象の方を先に持ってしまう。


「よぉ、お前らがエルガの言ってた島の外のやつらか。へぇ……中々面白いじゃねえか」


 彼女は膝を立てて、手に持ったパイプで煙をプカプカと浮かしていた。


 先ほどはヤクザのようだと思ったが、こうして対面して見ると。部屋は畳が敷かれていて、少しだけ高い所にいる彼女は時代劇の将軍にも思える。


 とにかく、この目の前の女性こそがエルガたち神獣族の長、不死鳥フェニックスそのものだという。


「さて、俺のことは聞いてると思うが、それでも自己紹介っつー形式は必要だよな。俺はフェニックス。この神獣族を束ねてるもんだ」

「……俺はアラタ、こっちが――」

「レイナ・ミストラスと申します。この度はこの島で迷っているところをエルガたちに助けて頂いて……」

「ああ、いいっていいって。そういう堅苦しいの俺嫌いなんだ。お前らは客人だし、もっと気を楽にしろって。エルガからも、色々と話はちゃんと聞いてるからよ」


 掌をヒラヒラさせながら、心底面倒臭そうにそう言うフェニックスさん。


「俺も昔は神鳥とか不死鳥とか色々呼び名があったが、今この姿を取ってるときはスザクって名乗ってるから、テメェらもそう呼びな。長老って言うのも、なんかムカつくし」


 俺はまだ老いてねえよ、って言いながらエルガを睨むが、彼は知らんぷりをしていた。が、ずっと睨んでくるせいか、諦めた様に反応する。


「長老は長老だろ? 俺らが生まれる前からずっと長老してんだから、諦めろよ」

「はぁー……鼻たれのころから知ってるエルガも、だいぶ口が悪くなっちまったもんだ。いったい誰に似たんだか」

「少なくとも俺を育てたのはアンタなんだから、アンタに似ただけだろ」


 どうやらエルガとスザクは母子のような関係らしい。

 根本的な種族が違うから実際に血縁関係にあるわけではないようだが、そこにはどことなく信頼関係が感じられる。


「ま、こんなやつだけど、悪いやつじゃねんだ。これからもこいつと友達やっててくれや」

「あ、はい……」

「ふん……」


 まるで素直じゃない子どものために気を利かせようとしている母親そのもの。少し前まで感じていた彼女の怖さは、いつのまにかどこかへ行ってしまっていた。


「それに、ルナからも話は色々と聞いてるぜ。だいぶ懐いてるみたいだし、テメェらも悪い奴じゃねえことはよくわかる。だから、今日は歓迎するぜっ」


 そう言いながらスザクさんは立ち上がると、いきなり小さな火の玉を放ってきた。突然の出来事だったが、なんとか反応してその火の玉を握り潰す。


 その瞬間、手の中で炎がとてつもない力を発する。とはいえ、この神様特製の身体を燃やすには至らなかったらしく、そのまま沈火した。


 それを見たスザクさんは、ヒュゥ、と小さく口笛を吹いて感心した様子を見せる。


「やるねぇ……たまには本気で身体を動かしてみるのも悪くはねぇが……」

「おい長老、人の客になにしてくれてんだ!」

「うるせぇのもいるし、今日はこの辺で俺は退散しておくか。そんじゃエルガ、夜は宴だから、それまで適当に里を案内してやれよ」


 そう言ってスザクさんは笑いながらその場を後にした。

 残された俺たちはというと、どうしたものかと手持ち無沙汰でエルガを見る。


「悪いな、あんな長老で」

「いやまあ、最近こういうのにも慣れたから大丈夫だよ」

「歓迎は、してくれてるみたいだしね」

「お前ら、会った時から思ってたけど結構図太いよな」


 環境に順応していかなければいけないから、仕方がないのだ。決して図太いわけじゃない。


 そう言ってみるのだが、エルガもルナも、まるで信じてくれなかった。

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