第18話 カツサンド
翌朝。
俺が目を覚ますと、すでにレイナはテントの外で色々と今日の準備をしていた。
どうやら神獣族に持っていく料理を用意しているらしい。
「おはようレイナ」
「おはようアラタ。もう、髪の毛が跳ねてるわよ。とりあえず、川で身だしなみを整えてきなさい」
「うん」
まるで母と子のような会話をしながら、俺は近くの川に向かって行く。
一週間前はこの辺りも木々が多くかなり鬱蒼としていたが、今はそうでもない。
自分たちが利用する道は作っておいた方がいいと思い、ある程度木を切って開拓をしておいたのだ。
そのおかげで川までの道のりはある程度整備されていて、歩くのもそんなに苦ではなくなった。
とはいえ、でこぼこな道であることは変わりなく、普通に歩くより面倒なのもまた事実。
化物並みの身体と体力を持つ俺ならともかく、普通の人間のレイナにとっては、決して快適な道ではないだろう。
「うん。ついでに舗装しておくか」
この一週間で、レイナから基礎的な魔法を色々と習っていた。というよりコピーさせてもらっていた。
おかげで現代とは比べ物にならないほど不便な世界でも、ずいぶんと助けられている。
「えーと、地面に手を当てて、魔力を……」
魔法は理論とイメージが大切だとレイナから教わったが、これまで魔法に触れてきたことのない俺はあまり理論的なことはよくわからない。
だがしかし、レイナに見せてもらった魔法はとても綺麗で、スムーズなものだった。
だからそんな彼女の魔法の使い方をイメージしながら、地面に魔力を通していく。
「お、良い感じ」
するとデコボコだった地面がどんどんと動き始め、平らな道が生み出された。
どうやら俺の魔力は相当あるらしく、この程度では全然疲れないので、この調子で川までの道を舗装していこうと思う。
「って、これはさすがに効率悪いな……」
少し進む度に地面に手を当てて、舗装したら前に進んでまた手を当てる。
これではこのままでは川まで行くまでに太陽が登り切ってしまう。
「あ、そうだ……」
掌が地面に触れていればいいというのであれば、別に素足でもいいのではないか?
そんな思い付きを実行するため、俺は履いていた靴を脱いで、足に魔力を込めながら一歩前に進んでみる。するとその道の先が綺麗に舗装された。
「よし、いけるぞこれ!」
これを思いついた俺は天才かもしれない。
そんな自画自賛をしながら、気分よく川までの道を歩いて行く。
進む度に道が綺麗になっていくのは、掃除をし終わったときの爽快感にも似ていてどこか気持ちが良かった。
「ふう……」
川に辿り着くと、顔を洗う。
自然のミネラルを多分に含んだ澄んだ水は、朝の気分を一新させてくれる。飲むと、身体中に沁み込むようだ。
最初の頃は魔獣も多く現れていたのだが、ここ最近は俺がいるせいかあまり魔獣たちも近づいて来ない。
この島の生物たちはそれぞれが強力な個体であるが、それ以上に怖い存在がたくさんいることを知っているせいで、強者に対する鼻がよく効く。
おかげでこれまでテントが襲われることもなかった。どうやら魔獣たちにとって、俺は絶対に関わり合いになってはいけない存在扱いされているらしい。
「さてっと」
透き通る川の水は俺の姿を鏡のようにくっきりと映す。
元々の身体に比べて若々しく、そして少し柔和な顔つきをしているが、それでも外国人らしい掘りの深さもあった。
そして同時に、自分の面影もまたある。おかげであまり違和感はなく、馴染むことが出来たものだ。
「今日も一日、頑張ろう」
川から戻るとレイナはいつも通り真剣な表情で料理をしていた。
料理中の彼女は正直、かなり近づきがたい。
実際、本人曰く最強の龍であるはずのティルテュはレイナの一睨みによって泣きながら撤退した過去がある。
俺も一緒になにかやりたいと言っても、そもそも聞こえていない時すらあった。
「……あ、お帰りなさい」
「ただいま」
とりあえず邪魔をしないようにしようと思っていたら、意外なことにレイナはすぐこちらに気付いて顔を上げた。
どうやら丁度下ごしらえを終えたところだったらしい。
「神獣族の里に持っていく手土産、出来るだけ量のある方がいいと思うんだけどどう思う?」
「それが良いんじゃないかな。って言っても百人くらい住んでるらしいし、さすがに全員分作るのは大変だと思うけど」
「そうなの。だからとりあえず、今回は手軽に食べられるカツサンドにしようと思って……」
百人分のカツサンドを一人で作るのは、さすがに大変だろう。
エンペラーボアの肉はまだまだ残っているとはいえ、小麦粉をまぶしたり、油に浮かべたりと工程は結構多い。
「俺も手伝うよ。パンの準備とか、それくらいなら出来るからさ」
「……そうね。それじゃあお願いしようかしら」
そう言ってレイナは自分の収納魔法から大量のパンを取り出した。その数は、どう見ても百個以上作れる量がある。
「ねえレイナ? ちょっと多くない?」
「え? でも多分一人五個くらいは食べるでしょ? だったらそれくらい作らないと、満足してもらえないじゃない」
「あ……はい」
キョトンと首を傾げる彼女が、決して冗談を言っているわけではないことはすぐに分かった。どうやら俺の考えは甘かったらしい。
料理に関しては妥協ゼロ。
今更一人一個だと思ってたなんて言えず、その後俺はひたすら無言でカツをパンで挟む作業を行った。
美少女と一緒に並んでご飯を作る。それはきっと言葉にすればとても羨まれることだろう。
だがしかし、終始無言でプレッシャーを放ってくるレイナの隣でパンを挟む作業は、この島に来てから行われたどんなことよりも怖かった。
「お、終わった……」
そうして丁度太陽が昇り切った頃、俺はようやく解放された。
やり切ったのだ。俺は、すべてのカツを挟みきってやった!
たまにちょっとズレた瞬間に、隣から鋭い視線が飛んできたことなんて、多分一度もなかった! あれは全部気のせい!
「お疲れ様。手伝ってくれて助かったわ」
「うん……本当に疲れた」
「普段からあんまり料理はしないから、余計によね」
隣から放たれるプレッシャーが原因とはとても言えない。
「そういえば、そろそろルナが案内のために来てくれるはずだけど……」
そう思って俺が振り返ると、そこにはカツサンドに手を伸ばしているルナの姿があった。どうやら気配を消して近づき、つまみ食いをしようとしていたらしい。
「……あ」
「ルナ……なにか言うことは?」
「……頂きます!」
違う、そうじゃない。
だが彼女は目にも止まらない素早い動きでカツサンドを両手に取ると、そのまま一気に口の中に入れてしまった。
頬はパンパンになり、まるでハムスターのようだ。
「ほひひー!」
「もうルナ。なにか言うにしても、せめて口の中の物を無くしてからにしなさい」
呆れた様子のレイナは、ルナの傍に行くと収納魔法から飲み物を取り出して彼女に渡す。
それを嬉しそうに飲むと、こちらに笑顔を向け――。
「おーいーしー!」
いつものように全力で叫ぶのであった。
「……まったく」
そんなルナを少しだけ嬉しそうに見ながら、レイナは自分の収納魔法の中に他のカツサンドを入れてしまう。
「ああ! ルナの!」
「これは神獣族の里に持って行く分だから、ルナのじゃないわ」
「ううー……」
レイナの言葉になんとも言い難い表情で悲しむルナだが、かなり大量に準備したし、恐らくこのあとルナが食べる分も十分あるだろう。
「エンペラーボアの肉はまだまだあるし、食べたければいつでも来たらいいよ」
「ほんと!」
「ああ」
そう言ってやると、ルナは垂れさせていた狐耳をピンと立てて喜色の感情を見せる。どうやら元気を取り戻したらしい。
満面の笑みを浮かべるルナはまるで太陽のように明るく、やはりこの子は笑っている方がいいと思う。
「さ、それじゃあ里に案内してくれる?」
「うん! こっちだよ!」
そして身軽な動きでどんどん先に進んでしまう彼女は、俺らを置いて行ってしまった。
「……あの子、なにも考えずに行っちゃったわね」
「ええー……」
とりあえず、ルナの向かって行った方向に進んでいく。こちらの道はほとんど整備されていないから、レイナが進むのは少し大変そうだ。
ルナを見失わないように集中して音を拾う。するとどうやら彼女は俺たちを置いて行ってしまったことに気付いたらしく、こちらに戻ってきた。
「えへへー……ごめんね」
「まったく」
軽い口調で笑う彼女はどこか愛嬌があり、怒る気力など沸きもしない。
そんなルナの案内の下、俺たちは神獣族の里に辿り着くのであった。
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