第17話 招待

 俺とエルガが森の散策から戻ると、女性陣はどこで用意したのか白い丸テーブルを囲い、まるで貴族のお茶会のように優雅に過ごしていた。


 どうやら相当仲が深まったらしく、端から見ても楽しそうに談笑している。

 

 あそこに今から入り込むのは、中々勇気がいると思っていると、エルガも同じことを思ったのか進むのを躊躇っていた。


 そんな俺らに気付いたのは、テュルテュだ。

 彼女は俺と目が合うと、凄まじい勢いでこちらに突撃してくる。


「旦那様ー! おーかーえーりーなーのーじゃー‼」

「ぐふ……」


 勢いよく抱き着いてきたせいで、以前のエンペラーボアのとき以上の衝撃が走る。

 最初から身構えていたから大丈夫だったが、その衝撃はこの身体を貫通して、背後にある森の木々を大きく揺らした。


 これ、俺じゃなかったら遥か彼方まで吹き飛ばされるんじゃないか?


 そんなことは知らないと、ティルテュは顔をゴシゴシと俺の胸に擦り付けてきて、嬉しそうだ。


 黒のサマーワンピースという薄着のせいか、その感触が直に伝わってくる。

 見た目は可愛らしい女子高生くらいなのだから、俺としてももう少し慎みを持って欲しいとは思う。


 とはいえ、彼女はこの見た目でも立派な龍種。


 普通に人間の感覚を押し付けるのも良くないし、なによりどことなく大型犬に甘えられているような感覚が強いので、今のところ変な気分になることはなかった。


「ただいま。いい子にしてた?」

「我はいつもいい子だぞー」


 とりあえず引っ付いている彼女を軽く剥がして、レイナたちのところに向かう。

 そのわずかな間にティルテュが背中に回り込み、おんぶを要求してきたので背負うことに。


 ティルテュの熱烈なアプローチを微笑ましい様に眺めるリビアさんだが、他のメンバーはいつもの光景だとあまり気にした様子がない。


「お帰りなさいアラタ。変なことはなかったかしら?」

「うん。変なものは……」


 そこまで言って、エルガに見せられたキノコのことを思い出した。

 女性であるレイナに言うべきか悩み、今すぐ言う必要はないと思って黙り込む。


「なかったよ?」

「なにかしらその変な間は……まあいいけど」


 とりあえず、この場は見逃してくれるようだが、いずれは言わなければならないだろう。

 今後、彼女があの辺りで食材の採取をする場面も出てくるだろうし、知識を持つことは重要だ。


「そっちは、ずいぶんと仲良くなったみたいだね」

「ええ、話していて楽しかったわ」

「こちらこそ、私も里で年の近い女性ってあんまりいなかったから、とっても楽しいわ」


 美人が並ぶととても華やかに感じる。


 ルナとティルテュはどうしても花より団子なため、このような雰囲気にはならないのだ。

 まあそもそも、二人ともまだ子どもだから仕方がないのだが。


「リビアさんから馴れ初め聞いたんだけど、エルガから熱烈なアタックがあったんだってね」

「おい……」

「嘘は言ってませんよアナタ? あんなに激しく求めてくれたじゃないですか」


 清楚な美女が頬を赤らめて恥ずかし気に語る仕草はとても絵になる。


 だがしかし、たしかに嘘は言ってないのかもしれないが、その前段階にあったはずだ。

 その話をすでに聞いていた俺としては、恐ろしいと思わずにはいられなかった。


「あ、そういえばレイナ。さっきエルガと話をしたんだけど、神獣族には明日挨拶に行こうかなって」

「そうなの? 私は良いけど、あっちは大丈夫なのかしら?」

「うん、それは大丈夫みたい。さすがに今日いきなりっていうのも迷惑だし、それに――」


 レイナのことを考えると、事前に彼らには力を抑えておいてもらわなければならないだろう。


 七天大魔導という最高峰の魔法使いである彼女だが、それはあくまでも人間の枠組みでの話。

 この島に住んでいる存在たちとの力の差は大きく、彼らが本気になると体調面でも不安が残る。


「それに?」

「いや、色々事前に話しておいてもらえるとスムーズに進むからさ。俺たちはどうあってもこの島の存在たちから見れば部外者だし」

「まあ、遅かれ早かれ行かなきゃって話もしてたし、丁度いいタイミングなのかもね」

「まあまあ!」


 俺たちの話を横で聞いていたリビアは嬉しそうに掌をパンと鳴らす。


「それでは早速帰って歓迎の準備をしないと! ルナ、ルナー!」

「はーい!」


 いつの間にか少し離れたところでティルテュとなにかをしていたルナは、元気に返事をしてこちらにやってくる。


「お二人が明日、神獣族の里へとご挨拶に来てくれるそうですよ!」

「ほんと⁉」

「うん。この島に来てもう一週間も経つし、そろそろ挨拶とかもしないとね」

「わーい! それじゃあお兄ちゃんたちが喜んでくれるよう、ルナもたくさん準備するよー!」


 神獣族の女性陣二人がそんな風に和気あいあいと歓迎ムードを出してくれる。これならきっと、俺たちが向かっても大丈夫だろう。


 いちおうエルガに確認しても、ちゃんと土産物さえ用意すれば大丈夫だと言ってくれたし、なにより別に喧嘩をしにいくわけではないのだ。

 ただ、場所を借りているお礼と、これからもお願いしますと言いに行くだけ。


「どんなところか、楽しみだ」


 

 

 その日の夜、俺は再びレイナが風呂に入っている間、俺は周囲を警戒していた。


 レイナの魔法と俺の力があれば、これくらいの柵は簡単に作れるので、今度は三重構造にしてみた。これなら少しは時間が稼げるだろう。

 とはいえ、昨夜のようなことは起こさないのが前提か、と思っていると空から再び彼女がやってくる。


「今日は満月とはいかないが、風も穏やかで中々良い夜だなアラタ」

「ヴィルヘルミナさん……」

「なんだその顔は。せっかく私がはるばるやってきてやったというのだから、もっと嬉しそうにしてくれてもいいじゃないか」


 黄金の髪に深紅の瞳、そして黒マントは前回と一緒。

 違うのは、先端に宝玉の付いた杖を持ち、三角帽子を被っているところだろう。どうやら今日は、ずいぶんと魔女らしい格好をしている。


「今日はずいぶんとおしゃれですね」

「ふふふ、この私を前にしてそんな軽口を叩ける人間など、昔でも考えられなかったが悪くない。まあしかしこの格好は気にするな。もしお前に全力で襲い掛かられたら、前回みたいな手抜きの格好では瞬殺されてしまうからな。ただの保険だよ」

「いや、俺そんな暴力的な解決方法取る気はないですけど」

「人は得てして、その場の状況で立場が変わるものだ。言っただろう、気にするなと」


 どうやら昨夜の出来事で俺の力を脅威に思ってくれているらしい。そういえば、実際にこの身体の性能を見せる前から、彼女は俺のことを化物扱いしていた気がする。


「それで、今日はなんの御用ですか? 言っときますけど、昨日みたいなことするっていうなら、今度は俺も色々と考えますけど」

「ははは、心配するな。昨日は満月の夜だったから色々と渇きがあっただけで、普段は別になにもなくても大丈夫だからな」

「……」

「なんだ? その信用してなさそうな顔は」

「いや、だって……」


 たしかに彼女にとって誰かの感情を喰らうことは生きるためのことなのだろう。だがしかし、そもそも楽しんでいた。基本的に娯楽はなくても死なないが、だから必要ないかと言われるとそんなことはない。


 ヴィルヘルミナさんにしたって、美味しいご飯を食べられるときは食べたいに決まっている。だからこちらを油断させるだけさせて、また高笑いをする姿が容易に想像できた。


 しかしそんな俺の態度が不服なのか、彼女は腕を組んで若干拗ねた顔をする。


「まったく、私を誰だと思っているのだ。嘘は吐かん、やるときは正面から堂々と、全力でからかうとも」

「それを聞いて全く信用しようとは思えないんですけど……まあいいです。そしたらなんの用ですか?」


 俺がそう尋ねると、彼女はふふんと不敵に笑う。


「なぁに、せっかくこうしてお互い出会ったのだ。なら、交流でも深めようかなと」

「交流……こんな時間に?」

「私は吸血鬼だぞ? 夜が活動時間なのだから仕方がないだろう」

「太陽克服した真祖なんでしょ? だったら昼に来てくださいよ」

「いやだ。昼は眠いんだ」

「……」


 子どもみたいなことを言う。エルガに聞いたが、ヴィルヘルミナさんは別に夜にしか活動しないわけではない。ただ面倒なだけだろう。

 とはいえ、たしかに吸血鬼という性質上、昼は眠いというのも本当だろうし、仕方がないのかもしれない。


「わかりました……そしたら、なにをしますか?」

「なに、私たちは出会ったばかり。となれば、お互いを知るため全力で殺し合いとかどうだ?」

「却下で」


 なんてことを笑顔で言うのだこのロリ吸血鬼。


「冗談だ冗談。もし私たちが本当に殺し合いとかを始めれば、その後ろにいる女だけが呆気なく死んでしまうからな」

「え……?」


 見れば、お風呂場にいたはずのレイナが出てきていた。


 さすがに今日はちゃんと服を着ているが、ヴィルヘルミナさんを見る目は若干昏い。

 どうやら昨夜のことを、相当根に持っているようだ。


「おい女、昨夜は悪かったな。今日はその詫びに良い物を持ってきてやったぞ」


 だがヴィルヘルミナさんは、そんなレイナの様子も気にせず笑顔を向けると、自分の影から一冊の本を取り出してこちらに向かって放り投げてきた。

 それをキャッチしたレイナは、本をパラパラとめくり、そして驚愕に目を見開く。


「こ、これって⁉」

「この島で普通の人間が生きていくのは困難だからな。せめてそれくらいは覚えて、自分の身くらい自分で守れるようになるといい」

 

 表紙だけしか見れていないが、あれはきっと魔法書の類なのだろう。

 レイナが驚くということは、相当貴重な物に違いない。


 いきなりそんな大切な物を渡してくるあたり、本当に交流を深めるために来たのかもしれない。


「さて、手土産はこんなところでいいだろう? それじゃあ早速、お前たちの話でも聞かせてもらおうか」


 そう言って当たり前のように近づいてきた彼女を、俺たちはテントの中へと招き入れることになった。


 レイナは大陸や自分のことを、そして俺はこの島に着いてからのことを話す。


 時折、茶々をいれてきたり、レイナをからかったりはするものの、交流を深めに来たという話は嘘ではなかったらしい。


 雑談に興じるだけ興じて、夜が完全に耽る前には帰っていった。


「いったい、なにがしたかったんだろうね?」

「さあ? ただ、こんなものを軽く渡してくるんだから、とんでもない存在なのは間違いないわね」


 レイナは己の手の中にある魔法書を見ながら、少しだけ引き攣った表情でそう言う。


 ただ俺としては、それがどんな内容であれ、彼女の身を守る武器になるのであれば良いなと、そう思うだけだった。

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