第16話 女性集まれば男は肩身狭し
翌日。
いつものようにエルガたちが朝からご飯を食べにやってきたため、昨夜のことを話すと、彼はげんなりした様子を見せる。
「あー、ヴィルヘルミナのやつが来ちまったか……」
「やっぱり知ってる相手なんだ」
「多分、この島でそれなりに長く生きてる奴であのババアの名前を知らないやつはいねえだろうな」
エルガ曰く、ヴィルヘルミナ・ヴァーミリオン・ヴォーハイムというのは長寿な種族が多いこの島の中でも、最古に位置するの存在だという。
かつてエルガの祖でもある神獣フェンリルや、ティルテュの祖である神龍バハムートが生きていた時代、この島の覇権を奪い合った、最強種が集まるこの島でも本当の意味で最強クラスの化物。
それが昨夜やってきた、黄金の髪をした少女の正体だった。
「そんな風には見えなかったけど……」
「見た目がガキだからな。だがあいつはヤバいぞ。目を付けられたら……」
そこまで言って、エルガは口を閉ざす。そしてなにかを思い出す様に、ブルブルと震えだした。
神獣族の戦士であり、強さに絶対の自信を持っているエルガが、まるで怯えているようだ。
そんなに危険な相手なのだろうかと思っていると、斜め前に座ってスープを飲んでいたルナが思い出したように顔を上げた。
「そう言えば、エルガはヴィーちゃんに色々突っつかれてリビアお姉ちゃんと結婚したんだよね」
「やめろルナ……俺にそれを思い出させるな……」
「えー……良い話なのにぃ」
テーブルに顔を付けて足をプラプラとさせるルナ。その様子は語りたくて仕方がない、といった様子だ。
「結婚?」
「へえ、エルガって結婚してたのね」
「んだよその目、俺が結婚してたらなんか悪いのかよ」
「いやだって……」
「ねぇ」
この島に住み始めてから一ヵ月。出会ってからほぼ毎日、エルガとルナは俺たちのところに来てご飯を食べている。
もちろん朝から晩まで、というほどではないが、それにしても来ている頻度は半端ではない。
そんな彼に奥さんがいるとしたら、それはちょっと問題なのではないだろうか?
「ん、んん! 大丈夫だ。今のところまだバレてねぇから」
「え? でもルナ、さっき里を出る前にリビアお姉ちゃんに毎日なにしてるの? って聞かれたから、エルガと一緒にここでご飯食べてること言ったよ?」
気まずそうに喉を鳴らすエルガに対して、ルナの純粋な言葉。それを聞いた瞬間、彼の動きがピタリと止まる。
「おいルナ……テメェなんてことを!」
「なんだ。だったらここに呼んだらいいじゃない。エルガにはいつもお世話になってるし、奥様にもご馳走するわよ?」
「い、いいって! あいつをここに呼んだら俺の平穏が崩れちまう!」
レイナの言葉にエルガは焦った様子を見せる。ご飯を食べているとき以外は比較的落ち着いている男であるが、今はかなり動揺していた。まるで浮気がバレた夫である。
「もしかしてエルガの家ってあんまり家庭環境良くない感じ?」
「うんん。ただ恥ずかしがってるだけだと思う。だってリビアお姉ちゃん、エルガのことすっっっごく大好きだから」
「おいルナ! 余計なこと言うな!」
なるほど。この硬派を売りにしているような男、実は家では違う側面を見せているのかもしれない。これは友人として、是非とも見てみたいものだ。
「アラタ、なんだよその顔は。言っとくけどな、なんもおかしなこととかないからな!」
「誰もなにも言ってないって」
「顔が二ヤついてるんだよ! とにかく、リビアのやつは呼ぶ必要なんて――」
「私がどうしましたか?」
その瞬間、エルガの口がピタリと止まる。
聞き覚えのない女性の声が聞こえて俺たちがそちらを見ると、美しい海を連想させるエメラルド色の髪の毛をポニーテールにした女性が立っていた。
どうやら神獣族の里のデフォルトなのか、動きやすそうな和風の着物を着たその女性は、どこかおっとりした印象をこちらに与える。
これまでこの島で出会ってきた女性陣は、みんな見た目は未成年だったが、彼女は二十代前半くらい。少し色気のある大人の雰囲気を漂わせていた。
「リビア……な、なんでここに?」
「アナタが毎日出掛けているから少し気になって……ええ、もちろんルナからちゃんと聞いてたから、浮気だなんて思っていませんよ? でもですね、だからと言って夫に蔑ろにされたこの気持ち……どうしたらいいのでしょうか?」
「な、蔑ろになんかしてねぇよ!」
「でも、私は呼ぶ必要なんてないのでしょう? アナタにとって、紹介する価値もない女、なのでしょう?」
「あ、いや、その……」
よよよー、と着物の袖を目のあたりに当てて泣く仕草を見せる女性に、エルガは視線をキョロキョロさせてどうするべきな悩んでいるようだ。
そして俺の隣にいるレイナはというと、エルガのことを冷たい瞳で見ていた。同じ女性同士、なにか共感するところがあったのかもしれない。
ちなみにこの場にいる他の女性、ルナとティルテュはそんな朝ドラ展開のような様子は気にせず、マイペースに自分たちのご飯を食べていた。
……俺もそっちに混ざりたい。
「あー、その……俺の、嫁だ」
「初めまして。エルガの妻でリビア、と申します」
雑に紹介するエルガの横で、丁寧に頭を下げてお淑やかに自己紹介をするリビア。
聞けば神獣リヴァイアサンを祖とする神獣族らしく、見れば着物の後ろに龍っぽい尻尾が生えていた。
神話に出てくるリヴァイアサンと言えば海の龍、というイメージが強いが、普通に陸で生活しているらしい。まあこの辺りは神獣と神獣族の違いとでも思っておけばいいかと勝手に納得しておこう。
「俺はアラタ、それでこっちがレイナです」
「初めましてリビアさん。エルガにはいつもお世話になってます」
軽い自己紹介と、エルガと出会った経緯を話すと、彼女はあらあら、まあまあ、と夫の話に夢中になって聞いてくる。
ルナの言う通り、本当にエルガのことが大好きらしい。
彼女がここにやって来た経緯も、やはりここ最近のエルガの怪しい行動が気になったからだそうだ。
「あまりにもこそこそ出かけていくので、最初は旦那様が浮気をしているのかもと思い、それならいっそ海に引き摺りこんで一緒に心中してしまおうかと思いましたが……」
「いやそれ、死ぬの俺だけだろ……」
そして、どうやら好きすぎて中々クセのある人物でもある感じがする。
とはいえ、その愛は本物。横で聞いていたエルガはというと、苦虫を噛みしめたような表情をしているが。
「新しい友人たちと出会っていたのですね。まったく、それならそれで教えてくださればいくらでも歓迎しましたのに」
「別に、普段からここで飯食ってんだからいいだろ?」
「よくありません! 聞けばこれまでの間、二人のお食事に同伴にずっとお邪魔してたということじゃありませんか! それだけお世話になったというのに、このままでは妻の名折れ! ぜひともお二人には、我が家に来て頂き歓迎をさせて頂きたいと思います!」
ムン、と気合いを入れるリビアの言葉はもう撤回する気はないらしい。
俺たちとしても神獣族の里には向かうつもりだったから、こうして歓迎してくれる相手が一人でも増えてくれるのはありがたい話なのだが、たしかエルガの話では外部の者を歓迎しない者もいるという話だ。
その辺りは大丈夫なのだろうかと思って彼女を見ると、怪しい笑みを浮かべていた。
「うふふ……夫のご友人を邪険にするような輩は、渦潮の中に放り込んであげますとも……」
怖い……。
エルガを見ると、彼はそんなリビアを見て頭を抱えている。
「おら、もういいだろうが。とりあえずリビア、今日のところは帰るぞ」
「もうアナタ、そんなに急がなくてもいいじゃないですか」
「そうよエルガ。せっかくだから、もう少しお話したっていいじゃない。どうせルナもティルテュもここで遊んでいくんだし」
どうやらこのわずかな間で、女性陣二人は気が合ったらしく、二人がかりでエルガに申し立てをする。こうなったら男は弱い。それは彼も例に漏れず、二人の勢いに押されていた。
結果、リビアとレイナはしばらく談笑することになり、そこにルナたちも混ざって女性陣でワイワイし始めた。こうなると肩身が狭いのは男である。
とりあえず手持ち無沙汰になった俺とエルガはその場を離れ、森の中を軽く散歩しながら食べられる物などを教わることになった。
「このキノコは結構ややこしいから、食べるなら気を付けろよ」
「うん、ちなみにどんな風にややこしいの?」
「性欲がめちゃくちゃ強くなる」
「……全部刈り取っちゃわない?」
今の状態で性欲が強くなったら、とんでもないことになってしまう。この身体に毒関係が効くとは思えないが、どこまでが有効範囲なのかがわからないのは結構問題だ。
「ちなみにだが……お前らが昨夜会ったババアだが……」
「ババア……ヴィルヘルミナのこと?」
何故いきなりそんな話になるのだろうかと思っていると、エルガは真剣な表情で生えているキノコを一本刈り取った。どうにも卑猥な形をしていて、あまりマジマジと見たくないのだが、エルガはこのキノコをこちらに向けてくる。
「あいつに示唆されたリビアに、俺はこのキノコを大量に食わされて、気付いたら、その……全部終わった後だった」
「……」
「気を付けろよ。あいつはな、自分の楽しみのためならなんでもする奴だ。テメェらも目を付けられたってんなら、きっと面倒なことしてくるぜ」
「うん……気を付けるよ」
たしかに昨夜の様子では、これからもちょくちょく来るような気配があった。しかもターゲットにされたのは、俺というよりはレイナの方だ。
どうやら俺たちを男女の仲にして、その感情を糧にしている様子だったが、もし万が一彼女とそういう関係になってしまえば、大問題。
次ヴィルヘルミナが来たときは、その辺りも踏まえてしっかり話し合おうと、そう思った。
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