第14話 スローライフを始めたい(願望)

 前世で社畜サラリーマンだった俺は、神様の間違いで死んでしまった。

 その代わりに、その神様によってチートを貰った状態で、異世界に転生させてもらうことになる。


 そして降り立った異世界は、神獣や古代龍といった、この世界でも最強種と呼ばれるような存在たちが生活する島だった。


 危険だらけのこの場所ではあるが、そこは神様から貰ったチート。

 オオカミに噛まれても、超巨大イノシシに突撃されても、ドラゴンに火を噴かれても無傷の無敵ボディのおかげで怪我などもすることなく生活出来ている。


 この島に転生したときに出会った紅髪の少女、レイナと共に行動を共にしていると、神獣族の少女ルナ、戦士エルガ、それに古代龍族のティルテュなどと出会う。


 好意的な彼女たちと一緒にご飯を食べたり、狩りをしたりしながら、俺はこの土地での生活に慣れていった。


 レイナの美味しいご飯、ここで出会った彼女たちとの他愛ない話。

 そんな日々の日常が、とても楽しい。


 こんな生活をずっと続けていきたいと思いつつ、しかしそうはいかないことも知っていた。


 何故なら、無敵の身体を持つ俺はともかく、普通の人間であるレイナはこの島での生活が大変だからだ。

 なにより、彼女には故郷がある。いつまでもこの島にいるわけにはいかないだろう。


 だから俺は、これから二つの目的のために行動をしていく。


 一つはこの島で楽しくワイワイと過ごすこと。そしてもう一つはレイナを故郷に戻すことだ。


 そのために、この島に住む様々な種族たちと、今後はもっと交流していこうと、そう決めたのだった。

 



 夜、テントの中で俺はレイナと向き合う形で、今後の方針について話し合う。


「というわけで、いい加減この辺り一帯で俺たちが住むの、神獣族に許可を貰いに行こう」

「許可とか必要なのかしら?」

「元々ここは神獣族の縄張りらしいからね。それを黙って勝手に使ってるんだから、やっぱり良くない気がするんだ」

 

 いちおうエルガから聞いた話だと、他の神獣族たちも大して気にしていないそうだが、やはり後から勝手に住み着いたのは俺たちの方なのだ。ある程度、筋を通すところは通すべきだろう。


「どうせ住むなら、みんなに納得してもらって住んだ方が気持ちもいいよ、きっと」

「……ふふ、アラタらしいわね」


 俺が笑うと、レイナも柔らかく笑ってくれた。相変わらず、こういう仕草が本当に絵になる少女だ。


「エルガの話だと、エンペラーボアの肉でも持っていけばいいって話だし、明日にでも一度顔を出してみよう」

「ええ、貴方がそう決めたなら、付いて行くわ」


 この神島アルカディアにおけるただ二人だけの人間である俺たちを受け入れてくれるか、若干の不安はある。

 とはいえ、ルナやエルガとも仲良く出来たのだ。なら、他の神獣族たちとも交流出来るはず。


 それに他人任せであるがレイナの料理は本当に美味しい。きっと他の神獣族たちも、その味の虜になることだろう。


「じゃあ方針も決まったことだし、今日はどうする?」

「私が先に入っていいかしら? 実はお昼に色々として結構汗かいちゃったし……」

「うん、それじゃあ俺がお湯作ってくるから、準備しといて」


 そう言って俺はテントの外に出る。

 この辺り一帯はエンペラーボアによる襲撃によって森の木々はだいぶ叩き折られてしまい、森には不自然なくらい広い更地になっていた。


 俺たちはこの更地一帯を自分たちの領土という扱いにして、そこで小さな畑などを作って、野菜を育て始めようと画策中だ。


 そんな更地の一角に、倒木を地面に突き刺して壁にして囲った場所がある。人一人が入れる程度の扉を開けて中に入ると、そこには少し大きめな風呂桶があった。


 実はここ、俺とレイナで作った風呂場なのだ。


「おし、それじゃあやるか……」


 俺は風呂場の端っこに纏めてある薪を集めると、その風呂釜の下に置いていく。


 そしてある程度集まったら、次は収納魔法で集めた川の水を桶の中に放出し始めた。


「収納魔法、便利過ぎるよな……」


 レイナ曰く、この収納魔法は伝説級のものらしく、彼女も師匠に教えてもらっただけで他に使える者は見たことがないらしい。

 だから初めて使った時、あれだけ驚かれたわけだ。


「っと、こんなもんでいいか」


 ある程度水が溜まったので、収納魔法を止める。そして指先にゆっくりと魔力を込めた。


「火よ、灯れ」


 一言、俺がそう呟くと、小さな火種が生み出された。火属性の魔法だ。


 実はこの一週間、レイナから魔法のレクチャーを受けて、一通りの基本魔法は覚えたのだ。おかげで森の中での生活も、便利な魔法を使うことで快適に過ごせるのである。


 ふと、レイナに初めて魔法を教えてもらった日のことを思い出して苦笑してしまう。


「一目見ただけで魔法を覚えられるのはズルいって言われたっけ……」


 普通は何年もかけて、ようやく基礎魔法を覚える土台が出来上がるらしいので、ズルいのはズルいのだろう。だがしかし、これは神様公認のズルなので許して欲しい。


「よっと」


 そんな彼女とのやり取りを思い出しながら、俺はその小さな火を薪の傍に置くと、ボワっと一気に周囲の薪に点火し始めた。


 最初は普通に魔法で温水を作れないのだろうかと思ったのだが、水と火の魔法を同時に使う必要があり、さらに細かいコントロールが必要で、出来ることは出来たのだが意外と面倒なのだ。


 レイナ曰く、自然に出来ることは自然に任せる。これが魔法使いの鉄則だという。

 ちなみにこの自然、というのは魔法の属性のことで、火属性なら火を、水属性なら水を使うことに関しては『自然』なことらしい。


「なんだか、魔法使いたちの都合の良い自然だよなぁ」


 そんな風に思いながらお湯の温度を確認すると、少し熱いくらいで丁度良さそうだった。


 あとはレイナが自分の水魔法あたりで調整するだろうと思い、俺が風呂場から外に出ると、準備を終えたレイナがこちらに向かってきていた。


「あ、丁度いいタイミングね。ありがとうアラタ」

「あ、うん……」


 彼女は今風呂に入る前の自然体の格好だ。白いタオルと寝巻を持ち、そして――。


「あ、あのさレイナ。その恰好……」

「え? どこかおかしいかしら?」


 レイナが着ているワンピースタイプの白い湯浴み着は、はっきり言ってかなり薄い。身体のラインははっきりとわかるし、彼女の沁み一つない白い太ももなども曝け出されていた。


 彼女からしたら水着感覚なのかもしれないが、俺からしたらあまりにも刺激的すぎる。

 ただでさえ、これまでお目にかかったことのない美少女だというのに、こんな格好されてはどうしても意識せざるを得なくなるのであった。


「……いや、なんでもない」


 これまでレイナと一緒に生活をしてきてわかったのだが、彼女は意外と羞恥心が薄い。まるで俺に好意があって、こちらを誘っているのではないか、と思うくらいだ。

 

 とはいえ、それはないだろう。まだお互い出会って一週間程度だし、彼女も俺のことを人間的には好感が持てるが恋愛感情はない、と断言していたのだから。


「それじゃあ、俺は戻るから終わったらまた教えて」

「変なアラタ……」

 

 そうして彼女は鼻歌を歌いながらお風呂に入っていった。


 その間、俺はテントとお風呂場の見張りだ。

 この島には人間が住んでいないので、野盗などの警戒は必要がないのだが、その代わり魔獣が現れることがある。


 エンペラーボアほど強力でなければレイナでも対処できるレベルらしいが、だからといって油断は出来ない。

 俺は座禅をするように地面に座ると、そのまま瞳を閉じて耳を澄ませる。


 この神様特性の身体は単純な身体能力だけでなく、五感にも優れている。

 こうして集中すれば、たとえ地面の中であろうと、茂みの中からであろうと、近づいてくる敵がいたら気付くことができる。


 そしてそれは当然、お風呂場にいるレイナの独り言でも拾えてしまい――。


『……アラタったら顔真っ赤にして……こっちまで照れちゃうじゃない。胸だって平均よりは大きいはずなんだから、もうちょっと意識してくれても――』

「ふんっ――!」


 俺は全力で己の顔面を殴った。


 ある意味最強の鉾対最強の盾であったが、どうやら最強の盾が勝ったらしく痛みはない。

 とはいえ衝撃はあり、なんとか意識を別のところに持っていくことが出来たため、ある意味では鉾の勝ちとしてもいいところだ。


「さて、それじゃあ改めて……ん?」


 そこで、これまでは感じたことがない気配を感じて思わず空を見上げる。

 空から強襲してくるなど、これまでは古代龍族であるティルテュくらいだったが、それとも違う気配だ。


 どうやら目標はここらしい。とりあえず臨戦態勢を整えて警戒していると、その気配はどんどんと近づいてきた。


 空には半分に欠ける月と、煌めく星々。そして――そこに浮かぶ黄金の少女。


「ほう……貴様らが久しぶりに外界からこの島にやって来た異邦人か。ふふふ……中々良い匂いをさせておるではないか」

 

 黒いマントをひらめかせ、深紅の瞳をしたその少女は、不敵に笑いながらこちらを見下ろしてきた。


 どうやら俺がのんびりスローライフをするには、まだ早いらしい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る