第13話 楽しく優しい日々
この島にやってきてから気付けば一週間が経っていた。
最初はなにもかもが新鮮で、戸惑うことも多い日が続いていたが今はだいぶこの生活にも慣れた気がする。
「それもこれも、全部レイナのおかげなんだよなぁ」
この島にやってきてから二日目の夜、俺は彼女に転生をしたことも含めて己の事情を全て語り切った。
さすがに社畜がどうとか、そういう細かい部分は話さなかったが、彼女は俺の話を信じてくれた。
そのうえで、これからも一緒に行動すると言ってくれたのだ。
彼女は大陸屈指の魔法使いにして、S級冒険者という資格も持っている。
そのためこうした人の手に入っていない場所でのサバイバルも完璧で、いつも快適な生活を送る手助けをしてくれていた。
神様に貰ったこの『病気と怪我をしない強い身体』は、たしかにこの島で生活することに最適な身体だ。
だが、それと快適な生活ができることはイコールではない。
そう考えると、今もこうして楽しい生活が出来ているのは、彼女のおかげと言っても過言ではないだろう。
「本当に、レイナには頭が上がらない……」
「アラター、そろそろお昼よー」
「はーい」
適当にテント周辺を散歩しながら、危険な魔物が近づいていないか警戒していたら、レイナに呼ばれたので、元の拠点に戻る。
この大型テントもレイナが用意してくれた物だ。
本来は軍が集団で使用するための物らしいので、俺とレイナが二人で入っても全然余裕がある。
彼女は冒険者として男を含めたパーティーや、国の騎士たちと行動していた時期もあり気にしないらしいが、俺としてはレイナほどの美少女と一緒に寝泊まりするのは未だに心臓に悪い。
初日からずっと同じテントで寝ているのだが、正直そろそろ個別にした方がいいんじゃないかなと思うくらいだ。
とはいえ、軍用ということもあり、雨にも風にも強く頑強な代物。
現状、拠点としてはこのテント以上に優れた物はないので、一緒のテントでの生活を続けている。
意識しているのは自分だけらしいので、俺が自制心を利かせればいいのだと、毎日心の中で言い聞かせていた。
「あ、お兄ちゃんお帰りー」
「よう、邪魔するぜ」
俺がテントに戻ると、すでに昼食の用意はされていて、そのテーブルには見慣れた二人が座っていた。
「やあルナ、それにエルガも来てたんだ」
「お姉ちゃんのご飯美味しいからねー」
「俺は、こいつの付き添い……いや、やっぱ嘘は良くねぇな。美味い飯が食いたくて来た」
「ははは、素直だね」
出会ってからほぼ毎日やってくる二人に、つい笑ってしまう。この二人と打ち解ける切っ掛けになったのも、そういえばレイナのご飯だった。
実際、彼女の料理は美味しいのだ。以前聞いた話だと、魔法の師匠が凄くずぼらな性格の割には、出す料理に関して凄く細かい人だったらしい。
そのせいでどんどん料理は上達。それにかなり無茶な修行を課す人だったせいで、サバイバル技能もどんどん習得していったという、聞けば涙の出る話を頂戴した。
歴代最年少で最高の魔法使いである七天大魔導になれたのはその師匠のおかげだが、レイナ曰く二度と会いたくない、とのこと。
優しい彼女があそこまで目を死んだ魚のようにして語る姿は、今のところ師匠の話を聞いたときのみだった。
「旦那様ー! 今日も我がき・た・ぞー!」
「おっふ!」
背後から凄まじい勢いでタックルされて、思わず前のめりになる。
この身体はほぼ無敵であるが、さすがにバハムートとかいう超強力な龍種のタックルを無防備に受ければ、体勢くらいは崩れてしまうのだ。
「やあティルテュ、今日も元気だね」
「うむ! 旦那様は今日も凛々しいな!」
「ありがとう」
鏡を見た感じだと凛々しいというほどではない気がしたが、彼女のビジョンではそう見えているらしい。
自分の努力とかで手に入れた魅力ではない部分なので、ここまで好意的に迫られるとどうもむず痒いものがあった。
「ティルテュもご飯、一緒に食べる?」
「良いのか⁉」
「そりゃあね。この間も食料持ってきてくれたし」
ここ最近、ティルテュやルナたちは遊びに来るときに、自分たちの住処から色々と持ってきてくれるようになった。
どうやら一方的に施しを受けるのは彼らのプライドが許さないらしい。
特にエルガたちが持ってくるのは、神獣族が使ってる調味料関係なのがありがたい。
塩やタレなどはレイナが持ってきているとはいえ、その量にも限界があるし、俺も簡単な作り方は知ってるがまだ試せるほど地盤固めが終わっていないのだ。
大きめのテーブルにはすでにルナとエルガが並んで座っていて、ティルテュは上座のお誕生日席にさっと向かう。俺はエルガの正面。
これが俺たちの固定席。そして――。
「貴方たち、本当にご飯のときだけは大人しいわね」
両手に鍋を持った状態でこちらにやってくるレイナは、そんな俺たちを見て呆れたように笑っていた。
そして昼食をすべて用意すると、彼女はルナの正面に座り、そしてご飯を食べ始める。
今日はクリーミーなシチュー。色々な料理のレパートリーを知っている彼女は、今のところ毎日違う料理を提供してくれている。
おかげで飽きは来ないし、なにより毎度毎度出てくる料理は味付けがしっかり施されていてとても美味しい。
「「「美味ァァァ」」」
相変わらずこの島の住民たちは激しいリアクションを取る。
つい先日など、ハンバーグがよほどティルテュの好みにあったのか、いきなりドラゴンの姿になって空を駆けて行ったくらいだ。
あれを見ていると いずれルナやエルガも変身してしまうのだろうか? その時はせめて、このテントとか食器関係を壊さないで欲しいと思うが、こればかりはどうなるかわからない。
そうしてご飯の時間が終わると、エルガたちによってこの島の生態系について教えてもらう時間だ。
島の地図を取り出し、行かない方がいい場所などを教えてもらう。
「じゃあやっぱり、この東の区域は止めた方がいいんだ」
「ああ、古龍族も鬼神族も、若いのは結構荒いからな。アラタは大丈夫だと思うが、嬢ちゃんの方は結構危ねぇ」
「我が全員叩きのめしておこうか?」
「そしたらお前、このまま若いドラゴンの友達出来ずにボッチドラゴンまっしぐらだぞ?」
「っ――⁉」
エルガの言葉に激しく反応するティルテュ。
それは可哀そうなので、彼女を頼むのは本当に最後の手段にしておこうと思う。
「ハイエルフの方はどうかな?」
「あー……あいつらも結構排他的だからなぁ。むやみやたらと襲い掛かってくるわけじゃねえが、人間のお前ら相手にどう出るかはわかんねぇや」
「あそこは大精霊もいるから、そっちに気に入られたら大丈夫なんだけどねー」
どうやら各種族の中でも上下関係というものはあるようだ。
たとえばエルガたち神獣族の里には、神獣族ではない普通の獣人も住んでいるし、古龍族のところにも普通のドラゴンはいる。
エルフの里を治めているのはハイエルフだが、共存している精霊たちの長が大精霊という存在たちらしい。
「うーん、そしたらやっぱり最初に行くのは神獣族の里がいいのかな」
「まあそこに関しちゃ、俺がきっちり話を付けてやるよ。手土産の一つ、具体的に言えばエンペラーボアの肉でも用意しとけば、勝手に歓迎してくれるしな」
「あれ? でもこの間はエルガが持って帰ったら怒られるって……」
「ありゃ狩ったのがアラタなのに、俺が全部持って帰ったらって話だよ。狩った張本人が手土産として差し出す分には、遠慮しねえから」
その辺りは神獣族としてのプライドがあるのかもしれない。
「まあ、その辺りは好きにしたらいいぜ。どうせお前を傷つけられるやつなんて、そういねぇしな」
「ははは……」
俺としては自由に生きられるのならどこに行ってもいいのだが、せっかく転生したのだからこの島の全てを見たいという願望も最近出始めた。
それと同時に、レイナを故郷に帰す、というのも密かに思っていることだ。
この島に転生して以来、彼女には散々お世話になってきた。
レイナの口から大陸に帰りたいとは聞いたことがないが、それでも無敵の身体を持つ俺と違って彼女は普通の人間。この圧倒的な力を持つ生物たちの住む島では、心休まる日などないことだろう。
以前エルガに、この神島アルカディアから脱出する方法を聞いてみた。
その解答は、ない、ということ。
ここは外界との間に強力な結界が張られているらしく、この島から出ることは出来ないらしい。中に入れるのも、一定以上の強力な魔力を持つ者だけ。
どうやら強力過ぎる生物たちを外に出さないように、創造神によって作られた島だという話。ここ数百年はないが、今でも外界で猛威を振るうような化物はここに放り込まれるという話だ。
一度入ってしまえば脱出不可能の神島アルカディア。
ここがあるからこそ、外界は平和を維持できているというが、しかしそれとレイナは関係ない。
いつまでかかるかわからないが、この話を聞いたときに俺の目標は決まったのだ。
一つはこうして今みたいに、楽しくワイワイしながらのんびりこの島で生活をすること。
そしてもう一つは、レイナを無事に大陸に帰すこと。
この二つを目標に、頑張っていこうと思う。
「もうルナ、口元にシチューが付いてるわよ。ほら、顔出して」
「んー」
「ルナは甘えん坊じゃの。む、待てよあれをしたら我も旦那様に口元を拭ってもらえるのでは……?」
「おいボチドラ。心の声まで漏れてるぞ」
ただまあ、こんな生活も出来れば続いて欲しいな、などと思ってしまうのも、悪いことじゃないはずだ。
「さ、美味しいご飯も食べてお腹も膨れたことだし、今日も一日頑張りますか!」
この島での生活は、社畜だった前世に比べて毎日が楽しく、優しいものなのだから。
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