第12話 焼肉パーティー
収納魔法は便利なものだ。こうして使ってみればわかるが、これが使える者と使えない者ではきっと、人々の見る目は大きく違うことだろう。
特にこれほど便利な魔法が当たり前に使える世の中であれば、きっとこの世界の人間たちは楽な生活をしているだろうし、みんなが魔法使いを目指すに違いない。
「……ねえアラタ。なんで貴方が収納魔法が使えるの?」
だから、記憶が曖昧な俺がそれを使えるのはきっとおかしな話なんだと、彼女の視線がそう物語っていた。
「あ、ははは……」
「あとで、色々と聞かせてもらってもいいかしら?」
これは、もう誤魔化せないかも。
そう思った俺は、素直に頷くのであった。
今日は朝からエルガたちと出会い、エンペラーボアの襲撃、さらにはティルテュの来襲と様々な出来事があった。
それは前世では体験出来ないとんでもないことばかり。だがしかし、今この瞬間のためだと思えば、すべてが楽しい思い出だ。
最初にルナと出会った川辺。
そこではレイナが収納魔法で持ってきていた道具が並べられていて、大きめなバーベキューセットの上には見事に解体されたエンペラーボアの肉がずらりと並んでいる。
「これは……やばいね」
「ああ……マジでやべぇ……」
「だらー……」
「ゴクリ……」
その香りと言えば、とてつもなくお腹を刺激してくるほどだ。
俺とエルガは先ほどからヤバイを連呼し、ルナとティルテュに至っては先ほどから涎が止まらず、無言で肉の焼ける音を聞き続けている。
「イノシシとか、ジビエってもっと生肉臭いと思ってたけど……」
「そりゃ嬢ちゃんの腕がいいからだ。きちんと血を抜いて洗えばそれなりに臭みってのはなくなるからよ」
本来は塩や酒が一番いいらしいが、さすがにこの量に使うわけにはいかなかった。
その代わり、レイナは水魔法で一気に纏めて洗ってしまったのだ。
料理は下処理が命、と人を殺しそうなほど真剣に魔法を使って洗う姿は、とても逆らえるものではなかった。
時々風魔法を使って小さく刻んだり、火魔法で産毛などを焼く姿はまるで猟師そのもの。
我も焼くのだ、と近づいていったティルテュが、レイナの一睨みに怯えて涙目で退散したところ見ると、料理中の彼女こそ最強な気がする。
物語のお姫様のように綺麗な彼女だが、それとは裏腹にこれまでの人生は相当苦労したものだったのではないだろうか。
「さあ、それじゃあいいわよ」
「――っ!」
白のマントを外し、代わりに紅いエプロンを装着した状態の彼女がそう言った瞬間、俺たちの動きは早かった。
並んだ肉を奪い合うように手を動かす中で、もっとも素早いのはエルガだ。
成人した神獣族ということもあり、身体能力は随一らしい。
だがしかし、どうやら神様ボディの特性チートな俺とタイミングが被ったせいで、お互いの腕が当たりかけて一瞬止まる。
「ちぃっ! やるなアラタ!」
「エルガもね!」
その隙を狙ったかのように、ティルテュとルナが肉を掻っ攫う。
「ふふふ、我の肉ー!」
「ルナのー!」
二人はレイナが持ってきたタレに付けると、そのまま口を大きくして一気にほうばる。
口をまるでリスのようにパンパンにした二人がゴクリと喉を通すと一瞬黙り込み、そして――。
「「美味ぁぁぁ」」
そんな叫びをあげながらも手を止めないのは本能ゆえか。
俺はエルガと目を合わせて、コクリと頷いた。すなわち、停戦だ。
お互い自身の領土を住み分けし、自分の陣地の肉を優先的に食べる。そうしなければ、このリトルモンスターたちに全てを奪われかねない。
「おお……」
そうすることで俺はついに、エンペラーボアの肉を手に取ることに成功した。
じっくり焼いているにも関わらず、まるで黄金のように輝いているのは幻想ではないはずだ。
イノシシのロース肉と言えば、脂身たっぷりの極上肉。二人のようにタレで食べてももちろん美味しいが、しかしここはやはり塩一択!
「……ヤバい」
口に含んだ瞬間、舌の上で溶ける脂と肉本来の旨味成分が、俺の全身を一気に爆発させる。
思わず地面を全力で殴ってしまいそうになる衝動に駆られ、しかし今の俺がそれをしたらこの周辺一帯が吹っ飛びかねない事態に陥ると思い返して踏みとどまった。
「ウォォォォォォマァァァァァァァァァイィィィィィィィィ」
目の前ではもはや雄叫びなのか、咆哮なのか、ただ美味いと言ってるだけなのかわからないくらい興奮してるエルガ。
彼が食べているのはハラミの部分だ。ロース以上に脂質が多くもっともこってりしているが、彼の野生の部分がより一層反応するのだろう。
特に、ハラミはタレで食べるのが吉。最高の選択肢だ。
「コリコリしてて歯応え抜群なのじゃー。美味いのじゃー!」
「これはあっさりしてるけど、美味しー!」
パクパクと食べ進めているティルテュはおそらくネックの部位。イノシシのそこは焼けばコリコリとして弾力のある独特の歯応えがある。
ルナの食べているのはもも肉。筋肉にしっかりとした張り感があり、食べやすさは抜群だろう。
どちらも炭火焼独特の味わいがある、美味しい部分だ。
だがしかし、俺が先ほどから狙っているのは、今からレイナが焼こうとしている部位。一頭の中からもわずかな量しか取れない、極上の『ヒレ』!
イノシシの中でも最も柔らかな肉ともされていて、高密度かつ高純度の味わいが舌を刺激すること間違いなしのこの部分。
今のところ、他の三人はヒレの素晴らしさに気付いていないらしい。その隙に俺は一気に掻っ攫う――。
「駄目よアラタ。ちゃんとみんな分けなさい」
「……はい」
満面の笑みで俺の行動を止めるレイナに、一瞬で意気消沈し、俺はヒレ肉を全員に分け与える。
そして、四人で同時に空に向かって叫ぶのであった。
「まったく……なんで全員分余裕であるのに、もっとゆっくり食べないのかしら?」
「そこに肉があるからだよ」
「また訳の分からないことを言って……んー、美味し」
呆れた様子で自分の分を取っていくレイナは一人だけとても上品で、そして可愛い感じだった。
そうして慌ただしかったこの異世界生活二日目は、ようやく落ち着きを見せる。すでに空には満点の星が浮かび上がり、辺り一帯は暗くなっていた。
ティルテュは楽しかったと言いながら、また来ると言って自分の住処に戻って行き、ルナとエルガも神獣族の里へ帰っている。
エルガには神獣族の里に来いよと誘われたが、昼間のレイナの様子を考えると彼女が心休まるとは思えないので、とりあえず保留。
そのため今はレイナと二人、テントの前で焚火をしながらゆっくりしているところだ。
「今日は色々と大変だったわね」
「あはは……まあ昨日もだけど、今日は特にだ」
パチパチと焚火が燃える音はどこか心地いい。それにレイナの声色というのもどこか聞いていて落ち着く。
「その……今日はありがと」
ティルテュが襲来してきた時のことを言っているのはすぐに理解出来たが、しかし彼女がお礼を言うのは違う気がした。
「あれは元々、原因は俺だったみたいだし」
「いや、でも――」
「それに、そんなこと言ってたら、俺はレイナにお礼ばっかり言わなくちゃならなくなるよ。今日だって美味しいご飯の用意してくれたし、こうして寝床の準備も全部レイナにおんぶに抱っこ状態だ」
元々一人で生きていくつもりでこうして島に転生させて貰ったというのに、まったくもって自立出来ていない。このままでは彼女なしで生活出来なくなってしまいそうだ。
「まあ幸い、俺はこの島でも全然平気なくらい頑丈な身体で、レイナを守れるから良かったよ。これで守ることも出来なかったら、ただの足手まといだもんね」
「守る、か。ふふふ、そんなこと言われたの久しぶりだわ。最近じゃ化物か兵器扱いされる方が多かったらね」
「へぇ……そいつらは見る目ないね」
こんなに美人なのに、守りたいと思う男はそんなにいなかったのだろうか?
「七天大魔導っていうのは、そういう存在なのよ。私は序列で言ったら一番低い『第七位』だけど、それでも普通の魔法使いから見たら雲の上の存在。とても守ろうなんて気、起こらなかったでしょうね」
「そうなんだ」
「だからアラタ、貴方の方がおかしいのよ。この島で出会った彼らは、もしも大陸に現れたらそれこそ全人類がその生存を賭けて戦わないといけないくらいの『天災』なの。それと同等……いやそれ以上の力を持つなんて、人の身であり得ない」
真剣な表情でこちらを見る彼女は、どこか怯えているようにも見える。もしかしたら俺は、レイナから見て化物のようにも見えているのかもしれない。
「本当は追及する気なかったんだけど、アラタ……貴方はいったい何者なの?」
レイナはこの世界で初めて出会った少女だ。たった二日間だが、彼女が信頼に値する人物であることはよくよく理解している。
ただ、ここで俺が転生者だということを打ち明けても良いものだろうか?
もしかしたら頭のおかしい人だと思われるかもしれない。それどころか信じてもらえず、嘘を吐いたと思われて信頼されなくなるかもしれない。
「まあ、いいか」
元々、人間関係の煩わしさが嫌になってこんな風に誰も人間のいない島に転生させてもらったのだ。もしそうなっても、その時は一人に戻るだけ。
もちろんここまでお世話になったし、レイナが無事にこの島から脱出出来るまでは守るつもりだが、それまでだ。その後はのんびりこの島で過ごせばいいだけの話である。
それに、なんとなくだがこの真っすぐな少女に嘘を吐きたくないと思った。
「レイナ、俺は元々この世界の人間じゃないんだ」
だから、俺はこの世界にやって来た経緯と、そして神様に出会ったことをすべて話すことにした。
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