第6話 神獣族の戦士

 テントの外に立っていると獣人の男は、そこにいるだけで凄まじい圧力を感じさせる。

 森で合ったオオカミたちに似た耳をしているが、彼もルナと同じ神獣族なのだろうか?


「俺の名はエルガ。偉大なるフェンリルを祖とする神獣族の戦士だ。お前、名前は?」

「……アラタ」

「アラタか。それで、そのテントの奥で魔力を溜めている女。喧嘩売ってるなら買うが、そうじゃねえなら止めときな。その程度の魔力でどうにかできるなんて思ってねえだろ?」

「っ――」


 エルガと名乗った男に指摘されて、テントの奥からレイナが恐る恐る出てくる。その表情は蒼白で、おそらく俺とは違ってこの男の実力をしっかり把握できているのだろう。


 七天大魔導は大陸最強の魔法使いの一人であるとのことだが、目の前の獣人はどうやらそんな人間の称号など歯牙にもかけない実力者らしい。


 そんなレイナを庇うように彼女の前に立ってエルガと対峙すると、ルナが突然エルガの背中を叩く。


「もうエルガ! 喧嘩しないって言うから案内したんだよ!」

「わかってるって。だがこいつらが先に攻撃しようとしてきたんだろうが」

「エルガがそんな風に怖い顔しているからだもん! 私の時は美味しいご飯出してもらったし!」

「……ちっ」


 小柄なルナに怒られたエルガは頭をガシガシとかくと、少し気まずそうな表情を作る。どうやら元々敵意はなかったらしい。


「えっと、エルガさん? とりあえずなんの用ですか?」

「エルガでいい。敬語もいらねえ」

「あ、うん」

「そんでなんの用っていうか、お前らが俺ら神獣族の縄張りに入ってきたんだぞ」

「え? 昨日ルナはそんなこと言ってなかったけど……」


 ルナを見ると、彼女は首を傾げる。そしてその様子を見たエルガは、呆れたようにため息を吐いた。


「どこからどこまでが縄張りとか、こいつ理解してねえんだ」

「なるほど。それは済まなかった。俺たちこの島には流れ着いてしまっただけで、元々上陸するつもりはなかったんだ。だから縄張りとか侵入者とか言われても、よくわからなくて……」

「ふん、だろうよ。人間が狙ってこの神島であるアルカディアに入れるわけないしな」


 神島、アルカディア、と新しい単語が出てきたが、レイナが言う『最果ての孤島』のことだと思う。

 その名前の通り、神と呼ばれるような存在たちが住む島なのだろうか?


「まあ別に森を荒らすとか悪さをするつもりがないなら、別にいても構わねぇが」

「それを聞いて安心したよ」

「つっても気を付けろよ。俺ら神獣族は基本的にそんな好戦的じゃねえが、鬼神族や古代龍族の若いやつらは容赦なしに襲い掛かってくると思うぜ」


 どうやら彼は警告しに来てくれたらしい。口調はどこか荒っぽさがあるが、とても良い人なのかもしれない。


「出来ればこの島について教えてもらいたいんだけど……」

「ち、面倒臭ぇ……が、このままなにも知らずに島を荒らされてたらもっと面倒だし、仕方ねえな。ちょっと地図持ってくるから、適当に待っとけ」


 エルガはそう言うと、ルナを置いてそのままテントから去って行った。森の中を疾走しているとは思えないほど凄まじい動きであっという間にその背中が見えなくなり、感心してしまう。


「というか、いいんだ」

「エルガはね、口は悪いし面倒だっていつも言うけど結局率先して色々動いてくれるから、みんな頼りにしてるんだよ!」

「なんか、そんな感じだね」


 ふと背後のレイナはどうしたのだろうかと思って見ると、彼女は顔面蒼白で身体が震えていた。


「れ、レイナ大丈夫⁉」

「お姉ちゃん⁉」

「ええ、大丈夫。ただちょっと、信じられないくらい濃度の高い魔力に当てられて、身体が震えちゃってるだけだから……」


 どうやらエルガはそこに立っているだけで相当なプレッシャーを与えていたらしい。俺は正直そこまで感じなかったが、魔法使い特有の感覚などがあるのだろうか。


 彼女の細い身体を支えてあげると、素直にこちらに体重をかけてくれる。

 わずかな時間でこれだけ消耗してしまうのであれば、次にエルガが来たらレイナは離した方がいいかもしれない。


「もしかして、ルナのせい?」

「いいえ、違うわ。もちろん、貴方が連れてきたエルガのせいでもない。これは未熟な魔法使いである私自身のせいよ」


 そう言って不安そうにしているルナの頭をレイナは撫でる。


 レイナは最高峰の実力を持った魔法使いのはず。そんな彼女が未熟であるなら、大陸中の魔法使いは全員未熟になってしまうだろう。だが彼女は誇り高く、そして誰かを貶めるような真似はしない。

 誰かのせいにした方が楽なのに、彼女はその全てを自身の責任として受け止める性格だ。


 自分には真似できない生き方だなと、尊敬してしまう。


「さ、それじゃあ朝食の準備をするわね。ルナも食べていくでしょ?」

「うん! レイナお姉ちゃんのご飯美味しいから好きー!」

「ふふふ、ありがとう」


 そんな微笑ましい光景を眺めて、ほっこりするのであった。




「おいお前ら、戻ったぞ!」 


 三人で朝食を食べているとエルガが地図を取ってきてくれたらしい。おおよそ一時間といったところだから、神獣族の住処はここから三十分ほど離れたところらしい。


 車よりもずっと早い動きを見せた彼がそれだけ時間がかかったということは、それなりに遠くにあるのかもしれないが。


「お・い・しー!」

「……」


 そんな頑張ったエルガを無視して、ルナは一心不乱にレイナが作ったご飯を食べていた。


 自分は森を走っていたというのに、ここで遊んでご飯まで食べていたルナにエルガがプルプルと怒りで震えて睨みを利かせている。


「えっと、エルガ。貴方も食べる?」

「……おう。悪いな」


 見かねたレイナがやや強張った表情でそう尋ねると、エルガは少し申し訳なさそうにルナの隣に座って彼女のパンを奪ってスープに浸す。


 突然の襲来に驚いたルナは負けじとパンを取って食べていくが、一口食べた後のエルガは黙々とパンを奪い続けていく。

 体格に差があり奪われ続けるルナは、だんだんと涙目になっていった。


「あぅぅー」

「ほら、まだお代わりはあるから泣かないの」

「お姉ちゃん大好き!」


 そんなやり取りを見ていると、不意にエルガが震えながら立ち上がる。そして――。


「なんじゃこりゃー! うーまーすーぎーるー!」

「おーいーしー!」


 天に向かって咆哮するエルガに負けまいと、ルナも大声で空に向かって叫び始める。それだけで大気は揺れ、近場の木々に生息していた鳥たちが大慌てで逃げ出していった。


 神獣族は美味しい物を食べると叫ばずにはいられない習性でもあるのだろうか?

 美味い美味い、とどんどんレイナの用意するご飯を口に入れていく。


「はぁー、食った食った」

「食った食った」


 そうしてお腹いっぱい食べて満足したのか、エルガとレナは二人で並んで地面に寝転がった。

 見たところルナはキツネっぽく、エルガはオオカミっぽいので血縁があるというわけではないのだろうが、仲の良い兄弟のようにも見える。


 そんな二人は一度置いておいて、レイナは用意した朝食の片づけをしているので、それを手伝うことに。料理は出来ないが、出来ることくらいはしようと思ったのだ。


「ありがとう」

「いや、むしろお礼は俺の方が言わないと。美味しいご飯を作ってくれてるんだから、片付けくらいはするって」

「もう、違うわよ」


 食器を抱えて昨日見つけた川まで辿り着くと、いきなりレイナがお礼を言ってきた。いったいなんのことだろうと不思議に思っていると、少しおかしそうに笑っている。


「さっき、エルガに睨まれたとき庇ってくれたでしょ? そのお礼よ」

「ああ。っていっても全然敵意とかはなかったから、ただのお節介だったみたいだ」

「そんなこと関係ないの。まさか私が守られるようなことがあるとは思ってなかったら、ちょっと新鮮で嬉しかったわ」


 そう言えば、彼女は大陸屈指の魔法使い。きっと最前線で戦っていても、彼女に付いて来られる者などほとんどいなかったことだろう。

 別に守ろうと思っていたわけではなく、身体が勝手に動いただけなのだが、そう言ってもらえると少し嬉しく思う。


「とりあえず、片付けが終わったらエルガからこの島について色々聞こうか」

「そうね。それで、今後の方針も固めていきましょう」


 幸い、エルガに敵意はない。それどころかこちらを心配してくれる様子さえ見せてくれた。


 ルナが連れてきただけあって、悪い人ではないのだろう。だからと言って、怒らせたらどうなるか少し不安もあるが、あれだけ美味しそうにご飯を食べる姿を見れば、なんとなく大丈夫な気もしていた。


「この島について、もっと色々と知っていかないとだしね」


 いちおう永住するつもりで神様にお願いしたのだ。ここに原住民がいるのは想定外だが、それも一つの醍醐味として楽しむことにしよう。


 そんなことを思いながら、レイナと一緒にルナたちが寝っ転がっているテントまで戻るのであった。

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