第5話 パンと鶏ガラスープ
レイナの料理が再び完成したので、今度こそ食べようと思ってパンに手を付ける。
保存食として使うために固めに作られたパンだが、トマトスープに浸してやると一気に柔らかくなって食べやすくなった。
それを口に咥えると、パンに沁み込んだトマトだけではない他の出汁がしみ込み、スパイスまで効いていて空腹だったお腹を満たしていく。
「美味しい!」
「美味しい!」
ルナと二人で見合って食べる料理は、自然と笑顔にしてくれるものだった。無我夢中でパンとスープを口に入れていき、無くなれば次、無くなれば次、と手を伸ばしてしまう。
「お兄ちゃん、それルナのだよ!」
「あ、ごめんごめん」
「もう!」
ルナに指摘されて伸ばしかけた手を止めると、ドンっと次の鍋がやって来た。
「はいはい、二人とも喧嘩しない。明日からはともかく、今日くらいは盛大にご飯も出してあげるから」
「おおー」
「わーい」
先ほどとは違い透明色のスープは、どうやら鶏ガラを浸しているものらしい。
普通はもっと出汁が出るまで時間がかかるものだと思うのだが、なにか特別な道具が技術が使われているのだろうか?
美しく透き通ったスープにはうっすらと金色に輝いており、絶対に美味しいやつだ。パンをそっと付けて食べてみると、ガツンと口全体に広がる鳥の風味。
「んー濃厚!」
「お・い・しー!」
「……そこまで喜ばれると、ちょっと嬉しいかも」
照れた様子のレイナは自分もそろそろ、と言いながら食卓に着いた。
そう言えば彼女がまだなにも食べていないことに気付いた俺は、彼女の用意した皿にそっとトマトスープを入れて渡す。
するとルナも同じことを思ったのか、彼女は鶏ガラスープをよそってレイナの前に置いていた。
「……貴方たち、なんだか兄弟みたいね」
図らずとも同じ行動をした俺とルナを見ながら、レイナは柔らかく微笑む。
その仕草は妙に様になっていて、さしずめ彼女は俺たちの母親だな、という言葉を飲み込んだ。
見た目だけとはいえ、同年代の男から母親扱いされたら、彼女も嫌だろう。つい先ほども失言をしたばかり。学習能力くらいはあるのだ。
「レイナお姉ちゃんはお母さんみたい! 綺麗だし! 優しいし!」
「……ありがと」
ただし、素直な子どもが言うならそれも褒め言葉。レイナも少し嬉しそうに頬を赤らめる。
彼女が恐る恐るといった様子でその狐耳の付いた頭を撫でると、ルナは満足げに笑い、とても微笑ましい光景がそこにはあった。
ルナは暗くなる前に戻らないと、ということで食事を終えると森の中へと去っていった。
まるで嵐のような少女だ。しばらくこの付近で生活をすることは伝えているので、また会えるだろう。
そして俺たちはそのまま野営の準備に取り掛かる。といっても俺の知識はすべてキャンプ動画のみで実践をしたこともなく、役に立てる機会もそう多くはなかった。
結局、レイナが用意したテントを、彼女の言う通り準備するだけだ。
実際にやって見ると、地球のテントのように便利な機能は付いておらず、組み立てるだけでもかなりの手間がかかる。
川辺は万が一氾濫したら危ないからと少し離れた平地で準備することになったのだが、ずいぶんと手間取ってしまい彼女の足を引っ張る形になったのではないだろうか。
「それにしてもアラタは凄い力ね。おかげで助かったわ」
「いや、俺は言われた通りやっただけだし」
「こうして野営するの初めてなんでしょ? だったら知らないことを無理してやるより、こうして言ったことを素直にやってくれた方がありがたいわ。それにこんなもの誰だって出来るんだから、これから覚えていけばいいのよ」
そう言ってくれる彼女は本当に良い女性だと思う。人の短所ばかりを突いてくるような前世の上司たちとは大違いだ。
出来上がったテントは一人で使うにはかなり大きく、普通なら軍人たちが集団で使うようのものらしい。
彼女は風魔法を巧みに操って設営したのだが、本来は複数人で設置するものだ。
そのため二人で入ってもかなり余裕があり、彼女はこのテントを一先ずの拠点にするため家具なども取り出していく。
「さて、それじゃあいい加減落ち着いてきたことだし、今後のことについて話し合いましょうか」
「そうだね」
とはいえ、俺にはこの世界の知識などは欠片もなく、わかっているのはここが剣と魔法が溢れるファンタジーであること。そして転生させて貰ったこの島が『人族』がいないだけで多種多様の種族たちが集まっている場所だということだけだ。
「少し話したと思うけど、私は七天大魔導の一人として『最果ての孤島』と呼ばれる場所を目指していたわ。そこには不老不死に繋がる霊薬が眠ると言われていて、それを手に入れることが私たちの目的だった」
「私たち?」
「王命で一緒に来た騎士団たちのことよ。ただ、状況を見る限り生き残れたのは私だけだったみたいだけど」
暗い顔をしているのは、もしかしたら仲の良い人間もいたからかもしれない。あまりそこを深く追求するつもりないし、彼女も言うつもりはないようだ。
「とにかく、さっきのルナの話が本当だとしたら、恐らくここが『最果ての孤島』よ」
「ああ……」
食事をしながら話した内容では、ここには『人族』は住んではいない。その代わり、伝説上の種族たちが住んでいる島だということだ。
「でも、ルナは普通に子どもだったよ?」
「あのね、アラタは魔法使いじゃないからわからなかったのかもしれないけど、あの子私の何倍もの魔力を持ってたわ」
大陸でも最高峰の魔法使いであるレイナ。その魔力量も当然トップクラスらしいが、そんな彼女が圧倒されてしまうほど強大な魔力を内に秘めたルナに、子どもながらに恐れていたらしい。
だからルナが最初に現れた時、あれだけ強張った表情をしていたのか。
「こんな言い方はしたくないけど、はっきり言ってアレは怪物よ。それこそ、王国に現れてたら歴史に残る大惨事が起きるレベルのね」
「うーん、そんな風には見えなかったけど……」
「私もあの子がそんなことをするとは思えないけど、それくらい強い力を持ってるってこと」
そしてルナの言葉を信じるなら、この島に住む存在はそんな彼女すら霞んでしまうほどの存在が多くいるらしい。
「神獣族や鬼神族なんて、歴史書どころか神話。それこそ人がまだ大陸に存在しないころの伝承レベルに登場する存在なんだから。古代龍は過去に何度か大陸に現れて、いくつかの国を滅ぼしたって話だし、真祖の吸血鬼? それこそ空想上の……と言いたいところだけど」
「なんにせよ、この島は普通じゃないってことだけは確かっぽいね」
「ええ……これから出会うのがルナみたいに友好的かもわからないし、出来る限り接触しないに越したことはないわ」
ルナの言葉を子どもの妄想、と切り捨てないで可能性を探るあたり、レイナはすごく優秀なのだろう。
俺のように神様によってこの場所に送られた、というような根拠もなくこんな話を信じるなど、中々出来ることではないと思う。
「とりあえず、いくらアラタや私が強くても所詮は人間。そんな化物たちが本当にいるとしたら、手も出ないだろうから刺激しないように注意して、この島を脱出しましょう」
「あれ? 霊薬はいいの?」
「いいのよ。元々本当にあるかどうかすら怪しい島だったんだし、なにより本来のチームは全滅。それよりもこの島の状況を正確に把握するために、きちんとした調査団が必要だわ」
超一流の魔法使いであり、かつ一流の冒険者であるレイナがそう言うなら、きっとそうなのだろう。
俺としてはこの島で生活をすることを決めているから、下手に人の手は入ってこられると困るのだが……。
それに、聞いている限りだとこの島の存在たちを下手に刺激したら、それこそ大陸が滅んでしまうのではないだろうか?
「それも合わせて調べないと。いきなりそんな存在たちが大陸にやってきたら災害そのものだけど、事前に対策とか友好を深められていたらそれは防げるでしょ? 天災は止められないけど、人の力で止められることなら止めるべきだわ」
「なるほど……」
そういう考えもあるのかと感心してしまう。たしかに敵対することだけが手段ではないし、この島に触れないという方針を固めるにしても、相手のことを知っているのと知らないのでは全く違う。
「相手は神話や伝承上の存在。これまで大陸に手を出してこなかったから、これからも出さないなんて根拠はどこにもないの。神の気まぐれで国が滅んだなんて、物語じゃよくある話よ。幸い、私たちはルナっていう話が出来る相手と交流を持てた。ならきっと大丈夫」
「あの子が暴れて国を滅ぼすとか、あんまり想像もできないもんね」
自分と一緒に必死になって料理を食べる少女のことを思い出し、暴れるイメージが持てなかった。
「まあなんにせよ。島から出るにしても船がいるだろうし、どうにかしないと」
「ええ。そのためにアラタ、貴方には頑張ってもらうわよ」
にっこりと笑うレイナは魅力的な女性だが、その裏に隠れる俺を扱き使おうという魂胆はしっかりと伝わってきた。
俺がこの島で生活をする地盤を整えるにしても、彼女の協力は欲しいのだから、いくらでも力を貸そうとは思うが、少しだけ怖い。
とはいえ幸い、神様に与えられたこの身体は力強く体力もある。病気もしないし、それこそレイナから魔法を教えてもらえればすぐに使えるようになるはずだ。
船を造る知識はなくとも、大抵のことは神様チートでなんとかなるはず。そう思って、彼女がこの島から出るまで、一緒に行動をともにすることを決めたのであった。
そしてその夜、俺は人生で初めて少女と一緒のテントで一夜を明かすことになる。
外で眠ると言ってもレイナは聞いてはくれず、結局同じテントで寝ることになってしまった。
いくら広いテントとはいえ、あれほどの美少女との同衾に、緊張して眠りが浅くなってしまうのは仕方がないことだろう。
そうして一夜明け、俺がテントから外に出ると、昨日一緒に食事をしたルナが笑顔で立っていた。
その隣には、見覚えのない大人の獣人がこちらを睨んでいる。
「お前がこの島の侵入者か?」
あまり友好的ではないその言葉に、アラタは少し厄介ごとが起きたかもしれないと不安に思うのあった。
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