第4話 キツネの少女と島の実情

 レイナの使っている収納魔法は、俺の思っていた以上に便利な魔法だった。


 容量は使用者の魔力総量によって変わるらしいが、たとえば大陸最高クラスの魔力の持ち主であるレイナなら大きめな家くらいは入る。

 馬車を何台も走らせる行商人よりも、彼女一人の方が大量の荷物を持ちだせるということだ。


 あまりの便利さに、思わず使いたいなと思っていると、目の前の空間が微妙に揺らぎ始めた。


「……あれ?」

「ほら、今日は私が持ってる材料でご飯作るから、アラタはゆっくりしてなさい」


 こちらに背を向けているレイナには見えていないが、これはもしかして収納魔法ではないだろうか。

 先ほどレイナがなにもない空間から取り出した食材も、こんな感じで蜃気楼のように揺らいでいる空間の中に手を入れていた気がする。


 ゆっくり指を近づけてみると、指がその空間に飲み込まれていく。

 特別なにか抵抗があるわけでもなく、広い空間が広がっている感じだ。不思議な感覚だが、これが収納魔法だという確信がなぜかあった。


 これが『見ただけで相手のスキルや魔法をコピー出来る能力』なのだろうか?


「ちょっと、貴方まだそんなところにいたの?」

「っ――⁉」


 振り返ったレイナに驚いて指を引っこ抜くと、収納魔法らしき空間は霧散して通常通りの景色が広がっていた。


「なにしてたの?」

「な、なんでもないよ」


 両手に小さな鍋を持ったレイナが不思議そうにこちらを見ているが、なんとなく今のを見られたら怒られる気がしてごまかしてしまった。

 我がことながら、悪い点数のテストを隠した子どものような行動に呆れてしまう。


 そしてそんな罪悪感よりも、目の前に広がる赤いスープに目を奪われた。


「お、おおお! 美味しそう!」

「美味しそうじゃなくて、美味しいのよ。ほら、そこにテーブル用意するから、ちょっとこれ持ってて」


 野菜がたっぷりと入ったそれは、匂いからしてトマトかそれの類似のスープだろう。

 この世界に転生したのが午前中で、すでに今は夕暮れが近くなってきた時間帯。神様から与えられたこの身体も空腹には勝てないらしく、大きくお腹の音を鳴らしてしまう。


「ふふ……アラタは子どもみたいね」

 

 そんな自分の様子がおかしかったのか、レイナが笑いながら軽く手をかざす。すると地面が盛り上がり、それが綺麗なテーブルとイスが作りだされた。

 さらにレイナが収納魔法から食器類を取り出すと、アウトドアな食事の完成だ。


「ま、こんなものかしら」

「おおー」


 持っていた鍋をテーブルの中心に置き、両手でパチパチと拍手をする。


 良い所のお嬢様という雰囲気もあるレイナだが、七天大魔導という称号の他にS級冒険者の資格も持っているらしく、こういった外での食事には慣れているらしい。


 テキパキと動いて先ほどまではなかったパンまで用意されていて、ここが外でなければ上流階級の食事風景と言われても不思議でない光景が広がっていた。


「さて、それじゃあパンも用意したし、食べましょうか」

「ああ」

「うん!」

「「……」」


 そうして夕食を食べようとして、その手が止まる。それはレイナも同じだった。


 いつの間にか、俺が座ろうとした椅子には小柄な少女が座っており、すでに用意されていたパンに手を付けてスープに浸している。


 獣人、なのだろうか?


 ピコピコと動く金色の獣耳にお尻辺りから伸びる狐のような尻尾は、ここが異世界でなければ子どもがコスプレをしているようにしか見えない。

 そんな彼女がパンを食べると、動いていた耳と尻尾をピンと空に向かって伸ばして固まった。


「お・い・しー! お姉ちゃんこれ美味しいね!」

「「……」」

 

 とてもご機嫌な様子でパクパクと食べていく少女に、なんと言っていいものか。


 この子はいったい何者でどこから来たんだろうと思いつつレイナを見ると、彼女はまるでなにかに怯えるように身体を振るわせていた。


「レイナ? どうしたの?」

「……っ! だ、大丈夫よ。うん、大丈夫……」

「いや、大丈夫って顔には全然見えないけど」


 彼女の視線の先にはレイナが作った料理をどんどん消化していく小さなキツネっ娘。このままでは俺の分だけでなく、レイナの分まで食べられてしまう。


 この少女が何者かはわからないが、とりあえず止めなければと思って首根っこを掴んで持ち上げた。


「きゃぅ」

「ほら、人様の食事を勝手に食べちゃ駄目だろ?」


 ブラーンと持ち上げられた状態の少女は、口元に赤いスープを付けながら不思議そうな顔でこちらを見ている。


「あ、アラタ! いいのよ! いいの、この子が食べたいって言うならいくらでも食べさせてあげないと!」

「いや、駄目だよレイナ。見たところまだ子どもだけど、だからこそちゃんと教えてあげないと……」


 俺に首を掴まれた少女は口元をペロペロと舐めて、食べた料理は一滴も逃さないという意思を感じる。それ自体は決して悪いことではないが、どうにも耳とや尻尾が相まって動物を彷彿させてしまう。


 先ほど襲ってきたオオカミとは違い、ポニーテールにした綺麗な金色の髪。宝石のような翡翠色の瞳はクリっとしている。


 レイナを見て西洋風ファンタジー的な世界だと思っていたが、少女の服装はまるで巫女服。

 雰囲気的には神聖さなど欠片もないが、きっちり着こなされていて妙に様になっていた。


 年齢は中学生程度だろう。その割には、見た目に反して雰囲気が妙に幼い。首根っこを掴まれてブラブラさせられているのに、どこか楽しそうだ。


「きゃー」

「あ、アラタ! 早くその子を離してあげて!」


 焦ったようなレイナに対して、少女は笑っている。


「君、名前は?」

「私? ルナだよ!」

「そっか。それじゃあルナ。俺らは今から食事なんだが、って言うか俺の分は君に食べられたわけだけど……」

「あ……」


 そこまで言って、ようやくルナと名乗った少女は自分がしたことに気付いたのか、少し表情を曇らせた。

 どうやら悪いことをしたという自覚はあるらしく、反省はしているようだ。


 空中でブラブラさせていた状態から地上に降ろしてやると、彼女は不安そうに上目遣いでこちらを見上げてくる。


「勝手に人のご飯を食べたら駄目だよね?」

「うぅぅ……ごめんなさい」

「うん、素直に謝れてよろしい」

「うわわ」


 ちゃんと謝れたので、ゴシゴシとちょっと雑に頭を撫でてやる。ルナは少し慌てた様子を見せるが、嫌そうな顔はしていない。


 ピンと伸びた狐っぽい耳は意外と柔らかく、不思議な感触だ。これまであまり動物には縁のない生活を送っていたが、もし犬とかを飼っていたらこんな感じだったのだろうか。


「ねえ、レイナ?」

「な、なにかしら?」

「食料って、まだ結構あるのかな?」


 少し強張ったような不思議な表情でこちらを見ているレイナに尋ねると、彼女はコクリと頷いた。


「元々『最果ての孤島』の攻略には半年以上はかかると思ってたから、それくらいは用意しているわ」

「そっか、それならしばらくは大丈夫だね。それなら悪いんだけど、この子の分も合わせて用意してあげてくれないかな?」

「ええ、もちろんよ」

 

 レイナは躊躇うことなく、少し離れて再び料理に戻って行った。


「お兄ちゃん、いいの?」

「ああ、レイナがいいって言ってるからね」

「わぁ! ありがとうレイナお姉ちゃん」


 俺たち様子を見ていたルナにそう答えてやると、彼女はパッと太陽のように笑顔を見せて喜んだ。それを見てほっこりした気分になるが、このままではいけないだろう。


 先のことといい、レイナは自分の食料を分け与えることに対して思うことはないようだ。それはとてもありがたいことだが、このままでは彼女におんぶ抱っこの生活になってしまう。


「このままじゃ俺、ヒモになっちゃうもんなぁ」

「お兄ちゃん、ヒモって名前なの?」

「……俺の名前はアラタだよ」


 俺はこの島でスローライフを送ることを望んでいるのであって、美少女のヒモになりたいと思っていたわけではないのだ。

 

 この島は俺が一人で生活出来る地盤があることは、神様から聞いていた。つまり自給自足が出来る環境下だということだ。


 そんな生活をするまでの準備期間がどれくらいかかるかは不明だが、早めに彼女の負担を減らせるようにしないといけないだろう。


 そう思いつつ、ふと疑問に思った。この島は『人族の住まない場所』のはずなのに、なぜルナはいるのだろう?


 遭難して辿り着いたレイナと違い、ルナは明らかにこの島の原住民だ。神様の話が間違いないなら、いるはずのない人物。


 椅子に座ったルナを見ると、楽し気に足をブラブラさせながら、料理中のレイナの背中を見つめている。


「レイナお姉ちゃんのご飯、楽しみだなぁ」

「ねえルナ。ちょっと聞きたいんだけど?」

「ん? なに?」

「この島ってさ、誰か住んでるの?」


 そう尋ねると、彼女は満面の笑みでこう言う。


「うん! 私たち『神獣族』とか、『鬼神族』とか『古代龍族』とか『真祖の吸血鬼』とか、たくさんの種族が住んでるよ!」

「……なるほど」


 そこに『人族』という単語がなかったことですべてを察してしまう。あと、出てくる名前が悉く強烈な勢いを持っていることも、きっと神様のせいだろう。


「神様。これはうっかりなのか、それとも実はわざとなのかどっちなんだ?」


 どちらにしても、『人族』が住んでいないだけで、とんでもない存在たちが住んでいる場所だということは理解した。

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