第3話 拠点発見

 改めて大木に座って黙り込んでいると、レイナがにっこりと笑いながら隣に座ってきた。


 過去の記憶を頼りに思い出すと、笑顔は動物における最大級の威嚇行為。そして今、レイナの笑顔にはどこか恐ろしさがある。


「ねえアラタ?」

「はい」


 今のレイナには逆らってはいけない。そう思わせる迫力がある。さすがはファンタジー世界の魔法使いだ。


「私、人間が魔物を見えなくなるまで殴り飛ばす光景なんて見たことないの。どうやればあんなことが出来るのかしら?」

「ま、魔法とか?」


 そう言った瞬間、レイナの笑顔が一瞬強張った。


「仮に私が魔力全開で身体強化をしたとしても、あんな風にはならないんだけど……へえ、それじゃあアラタは七天大魔導の私よりも凄腕の魔法使いだって、そう言うのかしら?」

「いえ……そんなことありません。むしろ魔法とか生まれて初めて見ました」


 これは地雷を踏んだ、と思い慌てて嘘で取り繕うことを止める。


 前世では魔法などなく、この世界に出会った一人目がレイナだ。今度こそ嘘偽りなくそう答えるが、レイナはピクピクと頬を引き攣らせるだけでなにも答えてくれない。

 どうやら彼女は魔法使いとしてかなりの実力者であり、それを誇りに思っているタイプらしい。


 これでも人間観察には自信がある。この辺りに注意して会話を続ければ、彼女は理知的な人。きっとわかり合えるはずだ。


「俺は魔法使いじゃないんだ。嘘じゃない」

「ふーん、それじゃあアラタは魔法も使わずにあんな真似ができるんだ」

「……あ」 


 嘘偽りなく答えたとして、当然ながらそういう結論になってしまう。どうにも俺は言葉選びが下手過ぎる。


 どうしよう、もういっそ全てを話してしまおうか。

 そんな気持ちでいると、不意にレイナが笑顔を止めて申し訳なさそうな顔をしていた。


「ごめんなさい。別に貴方を責めるつもりはなかったの。ただ驚きすぎて、その……」

「いや、俺も自分がおかしいってわかってるからさ」

「でも貴方は私の命の恩人よ。それにさっきも、怪我がなかったとはいえ私を庇ってくれたのに私は……」


 どうやらレイナは自分の態度を顧みて、自己嫌悪に陥っているらしい。


 これは参ったと思う。異世界から転生してきたばかりの俺は常識なんて知らないが、さっきの行動が異常なことくらいは理解している。レイナがこちらに対して不信感を抱くのは当然だろう。


 今の見た目の年齢は近いが、俺はこれでも元々三十歳。社会人経験もそれなりだし、まだ学生くらい年齢の少女に気を遣わせるわけにはいかない。

 これは大人として、なんとかしてあげないとと思う。


「ほらレイナ、そんな表情しないでよ。別に俺は怒ってないから」

「……なんか、子ども扱いしてない?」

「してないしてない」

「……まあ、別にいいけど」

 

 気軽に話しかけてあげると、レイナも多少気が紛れたのか、少し表情を明るくする。


 すれ違っても、お互いが相手を理解しようと近づけば、きっと大丈夫。コミュニケーション大事。笑顔も大事。

 相手をよく見て、望んだ行動と言葉を向けてあげればきっと元気になれる。


 嫌なことは二人で分け合えば気持ちが楽になり、嬉しいことを二人で祝えば二倍嬉しい。そうやって幸せの輪を広げていくのが、言葉を覚えた人間という種族なのだから。


「ところで、七天大魔導ってそんなに凄いの?」

「は?」


 ピキッ、とレイナのこみかみに怒りマークが浮かび上がる幻想が見えた。どうやら俺は再び地雷を踏んだらしい。

 

 言葉はお互いを理解し合うことに使えるが、相手を攻撃するためにも使えるということを忘れていた。

 もっと言うと、俺はコミュニケーションが苦手だから、こうして人のいない場所に転生することを望んだことをすっかり忘れていた。


「七天大魔導を知らないって、本当にどれだけ田舎に住んでたわけ?」

「あ、はは。ちょっと記憶が、ほら」


 自分でも苦しい言い訳をすると、レイナは呆れたようにこっちを見てくる。


「都合のいい記憶喪失ね……そしたら常識知らずのアラタに、私がしっかりと教え込んであげるわ」

「な、なにを?」

「大陸の常識をよ」


 変なスイッチの入ってしまったレイナによると、七天大魔導というのは大陸における最強の魔法使いたちに与えられる称号らしい。


 たった一人でドラゴンとも渡り合えるだけの力を持ち、大陸中の憧れと言ってもいい存在。そんな偉大なる魔法使いに、史上最年少でなったのがレイナだという。


「おおー、凄い」

「……なんか妙に軽いけど、まあいいわ。とりあえず、それくらい凄い魔法使いなの私。だけどそんな私が全力で身体強化をしたってあんな結果は起こせない」


 だからこそ俺の異常性が気になるのだろう。

 魔法使いがどういう存在なのかはまだわからないが、知識の探究者という雰囲気もある。もしこのまま彼女の言う大陸に行けば、解剖されてしまうかもしれない。


「うん、俺は絶対にこの島から出ない」

「なんで今の会話でそういう結論になるのかしら?」


 不思議そうなレイナだが、気にしないで欲しい。


 とりあえず彼女が才能溢れた凄い人だということはよくわかったので、しばらくは頼らせてもらうことにしよう。


「っと、これ以上休んでられないわね。早く水場を見つけて休めるところを探さないと、二人揃って飢えて魔物の餌になっちゃうわ」

「そうだね。とりあえずあっちの方に向かおうか」

「根拠があるの?」

「なんとなく、水の流れる音が聞こえる気がするんだ」

「私にはなにも聞こえないけど……」


 どうやらこの身体は五感にも優れているらしく、集中するとかなり遠くの音も拾えるようだ。そして意識的にそちらに耳を傾けると、滝か川か、とにかく水の流れる音が聞こえてきた。

 

 休憩を終えてレイナとともにそちらに向かって歩き始めると、森を横断するように穏やかな川を発見する。水は濁ることなく透き通っており、清廉な雰囲気を漂わせていた。


「本当にあった……。え? でもあれからだいぶ歩いたけど、なんでこんな小さな音が聞こえるわけ?」


 レイナは驚いているが、この川の水が飲めるかどうかの方が重要だ。


 軽く触れてみると冷たい。この身体は『病気と怪我をしない強い身体』だから仮に水の中が細菌だらけだったとしても大丈夫だと思うが、レイナはそうはいかないだろう。


 とりあえず、手で掬って飲んでみる。


 森の中は鬱蒼としており、妙に湿気があった。

 そんな道を歩いてきたせいか、乾いた喉を潤すこの水は、これまで飲んだどの飲み物よりもおいしく感じる。体に染み渡るというのは、こういうことを言うんだと思った。


「うん……これなら、レイナが飲んでも大丈夫かな?」


 そう思ってレイナに振り向くと、彼女は先ほどまではなかったはずの椅子に座り、先ほどまではなかった鍋のようなものに水を入れて、先ほどまではなかった火でその水を沸騰させていた。


 さらに横には食料らしきものが並んでいる。それを彼女はテキパキと用意していき、これから料理をする気満々だ。


 おかしい、なにかとてつもなくおかしい。


「ねえレイナ?」

「なにかしら?」


 こちらを見ずに真剣な表情で調理器具を扱う仕草は、まるで一流のシェフである。特に包丁を見る目がヤバい。間違いなく玄人である。


「どっから出したのそれ?」

「え? 収納魔法に入れてたのだけど、それがどうしたの?」

「……なるほど」


 そもそもどんな魔法があるかなど確認せず、ゲームのように火や水などで攻撃するだけだと思い込んでいた自分が悪いのだ。


 きっと彼女の言う収納魔法とやらは、どこでも取り出せる倉庫のようなものに違いない。理屈など一切分からないが、とりあえず便利なものがあることを喜ぶべきだろう。


 自分と違って、彼女には帰るべき場所がある。そのために少しでも取れる手段があるというのは喜ばしいことだ。


「それにしても……」


 どう見ても未開発なこの森の中で、文明の利器を駆使しているレイナの姿は、まるでキャンプを楽しみに来たアウトドアな若者にしか見えなくなってしまう。


 キャンプ系の動画をたくさん見て、いつか休める日が来たらアウトドアをするんだと普段から妄想していた俺にとってそんな彼女の行動が羨ましいと思ってしまった。


 だからレイナに近づいて行き――。

  

「俺もなんかしたい」

「はいはい、危ないからあとでね」


 見事な包丁さばきで次々と食料を捌いていくレイナに、俺の希望はあっさりあしらわれるのであった。

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