第2話 島の散策

藤堂とうどうあらたさん、貴方は死んでしまいました」

「……は?」

「色々事情はありますが、結果だけをお伝えすると、神である私のミスです」

「神様?」

「という訳で、なんでも願い事を叶えた状態で異世界に転生して頂くことになりました。というか願い事をしてくれないと私が神の世界から追放されてしまうので! さあ、願いごとぉぉぉぉ!」


 そんな感じで、結構一方的に色々と押し付けられながら、出来る限りの願い事をしつつ俺は異世界転生した。




 どうやら転生した時はまだ午前中だったらしく、少女を助けてからしばらくすると空の頂点に太陽が来る。


 その頃になってようやく少女は気が付くと、起き上がり己の身体を確認するように軽く動かした。どうやら後遺症もないらしく、身体に異常もなさそうだ。


「……アラタ、だったわよね? えっと……助けてくれてありがとう」

「うん、とりあえず無事で良かったよ」


 少し勝気そうな雰囲気だが、起きるとすぐに頭を下げてお礼を言ってくれた。瞳の力強さや口調に対して素直な性格らしい。

 服が違っていた状況に関しても、すぐに理解を示してくれてなにも言わない。彼女が起きた時にはある程度、彼女の服も乾いていたので、今は最初の格好に戻っている。


 さすがに彼女が着替え直すときは後ろを向いていたが、服が擦れる音を聞くのは少しドキドキした。

 そうして服を返してもらったので、俺も今は最初と同じくよくわからない冒険者風の格好に戻っている。


 改めて少女を見ると、白いマントが彼女の燃えるような紅い髪をより一層映えさせるように思った。

 残念ながら今は浜辺の砂が付いて鈍い輝きになっているが、その状態でさえ俺が見てきた少女の中でも飛び抜けた美貌の持ち主だ。


 まるで貴族令嬢のような雰囲気を持つ彼女が、どうして一人で浜辺に打ち上げられていたのか。そう思っていると彼女はまっすぐこちらを見る。


「私はレイナ。とある島の探索に向かう途中だったんだけど……」


 彼女は一流の魔法使いで、王命を受けて『最果ての孤島』と呼ばれる島に向かっている途中だったという。その道中で激しい嵐に合い、船は沈没。

 レイナ自身もこのまま死んでしまうと思っていたところ、こうして今いる浜辺に打ち上げられていたらしい。


「アラタのおかげで命拾いしたわ」

「うん。ところでレイナ、君を助けるために俺は、その……」


 改めて人工呼吸のことを思い出すと顔が熱くなる。

 もしかしたら彼女は意識がなかったし気付いていないかもしれないが、うら若き乙女の唇を奪ったともなれば言わないわけにはいかないだろう。


「っ――いいの。助けてくれたのに、そのことで文句を言うなんてありえないし!」

「そ、そうか! そう言ってもらえると助かる!」 


 そう言う彼女も顔を紅くして、恥ずかしそうに瞳を背ける。動揺しているのは間違いないが、理解してくれているのは大変ありがたい話だ。


 二人揃って初心な学生のように顔を真っ赤にしながらソワソワし、これ以上は止めておこうという雰囲気になるのにそう時間はかからなかった。


「ところでアラタはこの島の住人なの?」

「いや……俺は」


 ふと、どう言えばいいだろうと思ってしまう。いくらなんでも神様に会って別世界から転生させてもらったとは言い辛い。かといってこの島のことなど欠片も知らないので、なにを言っても嘘になってしまう。


「気付いたらなんかこの島にいた」

「なにそれ?」

「あ、はは……俺もわかんない」


 レイナが訝し気な表情で見てくるものだから、背中から汗がダラダラと流れてしまう。あまりにも適当な言葉に、追及されたらどうしようと困っていると、レイナは少し表情を柔らかく微笑んだ。


「まあ、人にはそれぞれあるか。アラタは私を助けてくれた、その事実だけがあればいいわ」

「……ありがとう」

「それは私のセリフじゃない。ところで……」


 レイナは少し恥ずかし気に瞳を逸らしながらもぞもぞとする。

 ただでさえ短いスカートが揺れて健康的な白い太ももが見え隠れするものだから、少しだけ視線がそちらに向いてしまうのも仕方がないだろう。


「わ、私が気を失ってる間に変なことしてないわよね?」

「し、してないよ!」


 太ももを見ていた罪悪感のせいか、つい動揺しながら言葉を返してしまうのであった。




 水平線の先まで船らしきものは見当たらず、レイナ以外の遭難者がいそうな雰囲気もなかった。


 二人ともこの島についての知識がない以上、いつまでも海辺にいても仕方がない。自己紹介を終わらせた俺たちは、高い木々に覆われた森の方へと進み始める。


 どうやらこの島は相当大きいらしく、すでに森に入ってからかなりの時間が経過しているが、未だに景色が変わることはない。

 これから俺が生活する島だということを考えれば小さな孤島というのも困るが、まるで全容が見えないほど大きい島であるのもまた困るものだ。


 鬱蒼とした森の中は地面もデコボコとしていて、平坦な道よりもずっと歩き辛い。普通なら少し歩いただけで体力が切れてしまうことだろう。


 実際、一緒に歩いているレイナは額から玉の汗を流し、体力を消耗している状態だ。


「とりあえず、一度休憩しようか」

「ハァ、ハァ……ええ、そうね」


 倒木の上に座ろうとして、ふと彼女の格好を思い出して上着を脱ぐ。そしてそれを倒木に敷き、その隣に座った。


「……」

「どうしたの? 病み上がり、って言うのかわからないけどまだ体力も戻ってないだろうし、休まないと持たないよ」

「その、ありがと」


 どうやら自分の意図をくみ取ってくれたらしく、レイナは上着の上にそっと座る。

 なんというか、レイナはいわゆるゲームの世界の魔法使いのような格好なのだが、その割には全体的な防御力が低い。あのまま倒木に座っていたら、綺麗な足が傷付いてしまうところだった。


「貴方、凄い体力ね」

「うん、俺も驚いてる」

「なんで自分のことなのに驚くのよ」


 前世では仕事が忙しくなって運動をしなくなり、身体が重たかった。

 それが今は自分の身体とは思えないほど軽い。どうやら神様から貰った『病気と怪我をしない強い身体』というのは、体力面でもかなりサポートしてくれているらしい。


「はぁ……、それにしてもこの島、ちょっとおかしいわ」

「そうなの?」

「ええ。私が乗ってた船が沈没したとして、遭難した位置から考えたらそう遠くはないはず。だけど、こんな大きな島があるなら王国が知らないわけないし……もしかして――」


 レイナがぶつぶつと考え事をしている間、軽く周囲を見渡してみる。木、土、狼、土、木、狼、大きな石の上に狼、狼、オオカミ……。


「オオカミ⁉」


 慌てて立ち上がって辺りを見渡すと、灰色の毛並みをしたオオカミたちが涎を垂らしながらこちらを囲っていた。あきらかに自分たちを餌として見ており、食べる気満々である。


「レ、レイナ⁉」

「なに慌ててんのよ?」

「いやいや、オオカミ! しかも人間喰う系のやつ! 逃げないと」

「逃げる?」


 俺の言葉に対してレイナは不敵に笑いながらゆっくり立ち上がる。そして紅い瞳を鋭くさせると、軽く手をかざした。

 

 瞬間、彼女の足元を中心に薄い蒼色の輝きを放つ風が吹き始め、レイナの紅い髪と白いマントを揺らし始める。


「なっ――⁉ こ、これってもしかして⁉」

「たかだか獣風情を相手に、七天大魔導であるこのレイナ・ミストラルが逃げるなんて無様な真似、するわけないでしょ」


 その言葉と同時にレイナが手を動かし、その動きと連動するように鋭い風の刃が狼たちを斬り裂いていく。


 逃げる間もなく身体を真っ二つにされていくオオカミたちは、自分がなにをされていることに気付くことも出来ずにこの世を去ったことだろう。


「……ま、魔法?」


 前世では存在しなかった超常の力を見て、思わず声を漏らしてしまう。


「ま、ざっとこんなものね」


 髪の毛をかき上げながら自信満々な笑顔を見せるレイナはキラキラと輝いており、美しかった。

 しかしそんな彼女の背後では、運よく生き延びたオオカミが、虎視眈々と彼女の背中を狙っている。


「――危ない!」

「え?」


 いきなり飛び掛かった狼とレイナの間に入り、喉元を噛み切られないように腕を出す。それと同時にやってくる衝撃。


「くっ!」

「アラタ⁉」

「ぃっ……たくない? あれ?」


 襲い来る痛みに怯えて緊張していたが、予想とはまるで違い、歯の生え揃っていない乳児に甘噛みされているような感触。そして目の前には歯がボロボロになって涙目のオオカミ。


「なんだ、さっきのレイナの魔法でもうボロボロなんじゃないか」

「ちょ、貴方大丈夫なの⁉」

「うん、なんか全然平気っぽい」


 ビビッて損したと思いながら、こいつをどうしてやろうかと思う。

 必死に噛みついてきて敵意を隠さないままのオオカミを放置するわけにもいかないと思い、思い切り拳を握って振りかぶった。


「まあ、俺みたいな素人が殴っても大して効果ないと思うけど……喰らえ!」

「ギャ――」


 噛みつかれたお返しにと、力の限り狼に殴りかかる。すると、まるでゴルフボールを全力で打ち抜いたみたいにオオカミは空高く飛んでいき、そのまま見えなくなってしまった。


「……は?」

「え?」


 振りぬいた拳の先に、オオカミはもういない。空高く飛んで行ったのは、先ほどまで俺に噛みついていたオオカミで間違いないらしい。


 どうやら『病気と怪我をしない強い身体』の『強い身体』というのが、想像の遥か斜め上に行くくらい強かったようだ。


「……神様。だからって物事には限度というものがあると思います」


 もはや見えなくなってしまったオオカミが飛んで行った先の空を見上げ、うっかり者の神様を思い出しながら、ついそう呟いてしまった。





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