転生したら最強種たちが住まう島でした。この島でスローライフを楽しみます

平成オワリ

第1話 異世界転生したら島にいた

 波の音を聞くと心が落ち着く。

 仕事が忙しすぎて終電を逃した時、膝を抱えて海を見ながらその音を聞いて、涙が出そうになったことがあるのを思い出した。


 自分は生きてるんだって思えたのだが、今思えばあの時の俺の精神状態はかなりヤバかったんじゃないだろうか?


 そんな風に過去を思い出しながら周りを見渡すと、海と森と山があり、隣には美少女が海岸に苦しそうに倒れていた。


「……うん、だれ?」


 燃えるような紅い髪を背中まで伸ばし、まるでモデルのように細いスタイル。水に張り付いた服からはっきりと形のわかる胸と、短いスカートから伸びるすらっとした足が妙に艶めかしい。


 ファンタジー世界の住人らしく白いマントを羽織っているが、水を吸い込んでとてつもなく重そうだ。


 年齢はおそらく高校生から大学生程度。これまでの自分の人生では見たことのないくらい美人だと思う。


「えっと……もしかして、漂流者?」


 見渡しても誰もいない。水平線の先にも船らしきものは一切なかった。


 誰も人のいないところに転生させて欲しいと神様に頼んだのは自分なのだからそれは理解出来る。

 だが、それなら何故ここに人が倒れているのか。


 あの神様も中々うっかり者のようで、間違って自分を殺してしまったことといい、色々と怪しい部分が多い。

 真剣に話を聞きながらメモを取り、しかし頭ではあまり理解をしていない新入社員くらい信用ならない相手だ。


「って、そんなことを考えてる場合じゃない!」


 慌てて少女に近づき膝をつく。


 いつかキャンプをしようと思って色々な動画を見ていた中には、人工呼吸のやり方もあった。その記憶を頼りに少女の状態を確認すると、意識も脈もなく、呼吸が出来ていない危険な状態。


 多くの水を飲んでしまっているらしく、少女は口元から水を垂らしている。このままでは溺死してしまうだろう。

 いつからこの状態なのかはわからないが、一刻の猶予もなさそうだ。


 当然だが手順を丁寧に教えてくれるAEDなどはここにはない。自分だけの知識でどうにかする恐怖もある。


「だからって、手を止める理由にはならない」


 少女の顎を軽く上に持ち上げ、首を後ろに反らせようとしたところで、過去に聞いた注意点を思い出す。


「海で波に呑まれた場合は、首を痛めてる可能性があるんだったけど……」


 その場合は首を反らさずそのまま通常の姿勢に戻して人工呼吸を行う必要があると聞いたことがあった気がした。

 どうするか一瞬悩むが、素人の曖昧な知識で下手なことをしない方がいいと思い、当初のイメージ通り顎を上げた状態にする。


 意識のない少女の唇を奪う形になってしまうが、人命救助には代えられない。


「ごめん! あとでいくらでも文句は聞くから!」


 少女の鼻を抑えてキスをする形で口からゆっくり一秒かけて空気を送り込むと、少女の胸が見てわかる程度に大きくなる。それを確認した後、胸の少し下あたりに手を当て何度も心臓マッサージを行う。


 気道を確保、空気を送り込み、心臓マッサージ――自分で確認するように心の中で手順を言い聞かせる。


 初めての経験に本当にあっているのか、そんな不安を抱えつつも必死に少女を助けるために身体を動かす。

 すると突然、少女が水を吐き出した。


「うわっ」


 驚いてしまうが、このままではせっかく吐いた水がまた喉を詰まらせてしまう。急いで少女の顔を少し横にして、水を流し、もう一度人工呼吸と心臓マッサージを繰り返す。


「ぁっ――」


 少女から呼吸がこぼれる。少女の唇に軽く手を添えると、小さくだが呼吸をしているのがわかった。少し待ってみると、少女の表情は苦し気なものから徐々に落ち着きを見せ始める。


「はぁ……良かった」


 しばらく様子を見て、少女の容態が安定したことで気が抜けてしまう。そこでふと、彼女の服がビシャビシャになっていることを思い出した。


「このままだと、ヤバイよね」


 暖かい太陽が照らすとはいえ、浜辺の風はやや冷たい。弱った体力の状態でこんな服を着たままでは、体温を奪っていってしまうだろう。


「これは、人命救助……」


 己の中に生まれそうな下心を抑えて、出来る限り少女の方を見ないようにしながら服を脱がしていく。


 完全に脱力した人間の服を脱がすのは力がいるものだが、幸い彼女が軽いのか、それともこの肉体の力が強いのか、そこまで苦労はしなかった。


 髪の毛と合わせた赤い下着姿。これほどの美少女に対して興奮するなというのは無理な話だが、そこは必死に目を逸らす。

 本当は濡れた下着も脱がすべきなのだが、さすがにそこまでする度胸は持てなかった。


 なんとか濡れていない俺の服を着させることに成功し、彼女の濡れた服は軽く水気を飛ばして、近くに落ちてた流木をくみ上げて干す。

 温かい太陽の日差しは真夏というほどではないがそれなりに強く、数時間も経てば乾くことだろう。


「……ふう」


 下着一枚の俺が尻餅をついて上を見上げると、美しい蒼色の空と白い雲が広がっていた。

 太陽の光は心地よく、全身でこの自然を感じるため、瞳を閉じて耳を澄ませてみる。

 鳥の鳴き声と波のさざめきの音がゆったりとしたBGMとして流れ、これまでいた社会からは切り離された場所なのだと理解する。


 再び目を開いて少女を見ると、容態は安定している様子。後遺症などが少し怖いが、だからといってこれ以上出来ることもなく、ただ見守るだけだ。


 転生の初っ端から慌ただしかったが、ようやく落ち着いた。


「転生させてくれたのはありがたいけど……異世界に来て一番最初にすることが人工呼吸とか、実はあの神様は俺のことが嫌いだったんじゃないよな?」


 フレンドリーな態度だったが、あれが俺を騙すためのものだったら嫌だなと思う。人間不信どころか、神様不信にまでなってしまいそうだ。


 社畜サラリーマンだった俺がこうして異世界に転生することになった切っ掛けが、神様のうっかりで殺してしまったと聞いたときは唖然としたものだが、大自然の中でも生きていけるだけの力とチートを貰った。


 もう昔のよう身を削って働かなくてもいいのだと思うと開放された気分だが、この先をどうするべきかも悩ましい。


「まあとりあえず、怪我と病気の心配だけはしなくていいんだから、それだけでもありがたいか」


 神様にお願いした、転生させて貰う場所は『人族の住まない場所』。

 もらったチートは『病気と怪我をしない強い身体』と『見ただけで相手のスキルや魔法をコピー出来る能力』。


 望んだチートは前者だけだが、何故か神様はこういうのがあった方がロマンがあるとか言って勝手に付けてきた。


「まあ、貰えるものは貰っておくけど……俺は人のいないところを望んでたのになんで付ける必要があったのか……」


 派手なことはしない。人の住まない場所で、己の力だけで生きていけるだけの身体があればいい。働きたくない。


 社畜時代に憧れたスローライフを満喫するのだ。そう決めて異世界に生まれ変わったのだが、どうにも幸先があまり良くなさそうだった。


「まあでも、ずいぶんとイケメンにしてもらってしまったのはサービスなのかな? 見せる相手はいないわけだけど」


 海に映る自分の姿は、黒髪に元々の顔をハーフっぽくした感じでキリっとしていて若々しい。元々三十歳だったが、見たところ二十前後といったところだろう。


 体の軽さも以前とは全然違い、まさしく『生まれ変わった』という表現がピッタリくる。


「ぅ、ぁ……」

「あ……」


 そんな自分の身体に満足していると、少女が小さく声をこぼしながら身動ぎし、うっすら瞼を開ける。

 太陽の光が当たって眩しいのか、細めた瞳でこちらを見ながら、小さく一言。


「あなた……だれ?」

「俺の名前は藤堂新」

「トウ、ドウ……アラタ?」

「うん、気が付いたらこの島にいたんだけど、実はそれより以前のことはあんまり覚えてないんだ。ところで、君は……」


 そこまで言って、この少女がまだまだ回復していない状況だと気付き、言葉を切る。

 今の状況で自己紹介をするより、休ませることの方が重要だろう。


「漂流してこの島に着いたみたい。とりあえず介抱させてもらったけど、無事で良かったよ」

「そう……あなたが助けてくれたんだ。ありがと」

「……意識が戻ったのは良いけど、君はまだ休んだ方がいい。しばらく周囲は俺が警戒しとくからさ」

「……悪いけど、そうさせてもらう……わね」


 怠そうな口調で、まだしんどそうだ。そう思って子どもにするように軽く少女の頭を撫でてやると、彼女は力尽きたように瞳を閉じた。


「……」


 つい、少女の唇を見てしまう。


 緊急事態かつ人命救助のためとはいえ、これほどの美少女の唇に触れて、意識しない男はいないだろう。


「キスから始まる異世界転生……なんて」


 無防備に眠る少女に対して、そんな軽口を言わないと動揺を隠せないのだ。

 とりあえず、彼女が起きたらしっかり謝ろうとそう決めて波の音に耳を傾けるのであった。


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初めて読まれる方は下記リンク先に『書籍版のイラスト』がありますので、良ければ見てみてください。

▼近況ノート

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