PEARL_2

 



 揺れた視界は、マーブル模様を描くみたいに歪んだ。僕は膝から崩れ、倒れ込んだ。


「まさか、あなたが私を選ぶと思わなかった」


 彼女は、僕のこの状態にも動じなかった。明らかに、あの薬が原因だった。

 彼女の意図した状況だった。


「私だけを、選ぶと思わなかった」


 彼女の声が、混濁する意識の中響く。


「いっそ、いろんな人と遊んでくれていたら……他の人みたいに」

「……」

「そうしたら、つらくなかったのに……っ」


 僕は、彼女へ手を伸ばした。精一杯。

 だって、聞こえる彼女の声音は、

「泣いてる……」


 どう聞いても泣いていたから。




……ザー、ザザッ……




ブツッ







「お目覚めですか?」


 朦朧とする中で女の音声が響いた。

「……ぁ……」


「お帰りなさいませ。シミュレートは如何でしたか?」

 目を刺す光に眩しい、と手を翳す。音声は、僕の応答を待たず暗い画面のモニター越しに、問い質す。

「一年お疲れ様でした。当システムは如何でしたか?」


「システム……」

 僕は目元を押さえたまま上体を起こした。“システム”。僕はこの単語にはっとした。

 そうだ、僕は……。


 通称『PEARL-Sパールズ』。正式名称“People Enjoying Actual Real Life System”。現況、世界は人口が異常に少なくなっている。その一つに、“時間が足りない”と言うものが在る。要するに人類が出会いや付き合いに時間を割くことが減った、らしい。


 SNSの普及とインターネットの進化は出会いと人付き合いを簡素化してしまった。

 人々は直に会うと言うこと、直接触れ合うこと、話すことを忘れてしまった。

 これが、少子化に拍車を掛けたそうだ。

 確かに実際に会わないで、コミュニケーションが済むのならそうなるだろう。ただでさえ、仕事に趣味に学問に、人々は時間を費やすことに関しては枚挙に暇が無い。


 オフラインで他人と会うなんて、面倒臭い。誰かとの接触は気を遣うし、苦痛が伴う。

 特に、初対面の人間とは。


 そうこうしている内に、まともに面と向かって会話が出来ない人が急増化した。


 加速する人口減少を危ぶんだ行政が打ち出した対策の一つが対“対人恐怖症克服プログラム”。


 それが、『PEARL-S』。

 感覚を持ち込んだバーチャル世界で人と接することに慣らそうって話だった。

 二十歳の年に召集された男女が一年間バーチャル世界で生活する。栄養面とか全面サポートされるので心配は要らない。

 大勢の異性に囲まれて、異性との接し方を学ぶ。従来のオンラインゲームと違うのは、途中で余程のことが起きなければ自主的に中止出来ないこと、支障が出ないように現実世界の記憶は思い出さないように細工されていること。




「……」

「はじめまして」

 すべてのキャラクターは、NPCで、相対する人がいないこと。

 僕は、二十歳の年に呼ばれて、あの世界に行った。

「薬草、今年は豊作なの」

 彼女に出会った。


「───」


「ふふふ、おはよう。今日は散歩しましょうか」


 彼女は、プログラムだった。




「……」

「あ、おかえりなさい」

 彼女は──────。


「そうしたら、つらくなかったのに……っ」


 ─────プログラム────?




「────んで……」

「はい?」

「何でっ……何でだよっ! 帰せよ! 僕をあの世界に帰せよ!」

 ガンッ!

「あ、あの、」

「返せよ! 彼女を返してくれよ!」

 ガンガンガン! ガッ……。


 興奮した僕は見境無く、手当たり次第に周辺を取り囲む機器を殴り、蹴り、ぶん投げた。


「落ち着いてくださいっ! 落ち着いて……っ、救護班!」

「かえしてっ、かえしてくれよぉおおおおっ」


 ギッ……


 バギィッ……!


 ……ポタポタポタ……。


 やがて、壊れた機器に傷が出来、僕の腕からは血が滴った。







「失敗か」

「はい」

「どう言うことかな……」

「感受性の強い者、協調性の柔軟な者に多いようです。複数、同様の例が起きています」

「昔からこう言うゲームは在っただろうに……」


「……ゲームとは……少し勝手が違うのではないでしょうか。五感が在る訳ですし」

「ふーむ。『PEARL-S』の欠陥か……課題だな」

「はい」

「しかし……」


「何でしょうか」

「今回の彼に置いては、対応のしようが在りそうだがね」

「……。どう言う意味でしょうか」


「彼は薬屋の娘に想いを寄せていたのだろう?

 薬屋の娘は、きみじゃないか」


「───」


「こちらに一年できちんと戻ってくるため、人のいないNPCの中に職員が必ず一人紛れている。それが、薬屋だ」

「……そうですね」

「きみが名乗り出れば、彼は持ち直すのではないかね」


「……。そう言う、問題では無いかと」


「そうかね」

「はい」


「……まぁ、良い。経過は今後メールでくれたまえ」

「畏まりました。失礼致します」




「頑なな彼女のあの態度も、『絶交社会』と揶揄された現代の弊害かね」


 擬似的な会議室を模した仮想空間での質疑応答が終わった。オペレーターで在りナビゲーター『薬屋』でも在る女性との通信が完璧に断たれたところで、女性へ質疑を行っていた男がリアルでは溜め息混じりに、独り言を洩らした。

「昔から、オンラインゲームの相手なんかは人間だっただろうに」


 まぁ、それで事が済んでしまったから、人口減少急速やら地域過疎急増やらを招いてしまったんだけどね。誰に聞かれること無く、ぼやきは空に消えた。


 結局、『PEARL-S』は失敗例の多さから中止となる。


 こうして、世界は『総隔絶社会』となり人口増加を自動機械生成化へと舵を切った。




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PEARL aza/あざ(筒示明日香) @idcg

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