第29話
俺が見た時、ステルノの手は微かに震えていた。
怒りから来るのか、それとも最初から仕組まれていた策略に恐怖しているのか。
俺にもわからない。
顔を見れば、やや気色張っているようにも見えるが、その中に渦巻く感情を見せないところは、さすが第1王女と称えるべきだろう。
対して、ルルジアの反応は顕著だ。
「そんな! じゃあ、最初から――――」
「ああ。君がレインダー伯爵家の令嬢だと騙る偽物だということは、最初から気付いていたよ。でも、なかなか演技力だった。自分がレインダー伯爵と、獣人の間にできたハーフだと言った時なんか特にね。一見、無茶な配役だと思ったけど、逆にそこに真実味があったことは確かだ」
「ズルい!! ズルいわ、あんた!!」
「ズルい? 騙していたのは、お互い様なのに? それとも、君こそ僕に特別な感情を持っていたんじゃないのかな?」
「そ、そんなわけないでしょ!!」
ルルジアは最後に金切り声を上げて、否定する。けれど、顔は正直だ。怒りに満ちていた時よりも、さらに赤くなっている。
どうやら満更でもなかったらしい。
「ライハルト……。あなたが最初から、お父様と手を組んで、私の自白を迫った理由はわかったわ。でも、腑に落ちない点がまだある。例えば……」
「もう2人の『マスク』の正体?」
「そうよ。てっきりルルジアに命じてやらせていると思っていたのに」
「ルルジアにやらせるわけがないだろ? そんなことをしなくても、僕には一応人望というものがあるんだ」
俺は白い歯を見せて笑った。
◆◇◆◇◆
時は次期国王指名式が終わった翌日にまで遡る。
デロフとのゴタゴタがあった後に訪れたのは、その意気消沈とした第二王子の部屋だった。
本気で俺から次期国王を奪おうとしたのだろう。
デロフの落ち込み具合は相当なものだった。部屋に行くと、案の定酒浸りになって折り、意識をはっきりさせるのには苦労した。
「なんだよ、ライハルト。負け犬になんのようだ?」
「たかだか1度の失敗じゃないか。まだチャンスはあるよ、兄さん。それに僕はまだ国王の指名を受けていないしね」
「てめぇ、本当に国王になるつもりはないのか?」
「さて……。それはどうかな。それよりも兄さん――――」
「待て。次期国王の件なら一先ず保留だ」
「なんで?」
デロフは1度冷たい水を飲んだ後、こう言った。
「馬鹿か、お前。あんなかっこ悪い負け方して、すぐ再チャレンジできるかよ」
「なるほど。周りの冷却期間を待ちたい――そういうことだね」
「まあ、そんな所だ」
「なら、話は早い。……じゃあ、今のうちに他の候補者たちの評判を落とすというのはどうかな?」
「他の候補者? お前以外のか?」
「僕の評判を落とすのは、なかなか難しい。けれど、ライバルである他の王子王女の評判を落とすのは、難しいことじゃないでしょ?」
「まあ……な。で――――誰をやるんだ?」
「ステルノ姉さん」
デロフは思わず目を剥いた。
水を飲んでいたにも関わらず、むせ返る。
しばらく咳を繰り返した後で、デロフはマジマジと俺を見つめた。
「よりもよって、あいつかよ」
「知らない? ステルノ姉さんって、僕、グラトニア兄さんに次いで、次期国王にふさわしい王子王女の中で、3位なんだよ」
「マジかよ。ちなみにオレ様は?」
成人済みの王子王女の中で、ぶっちぎりの最下位――なのだが、その真実を突きつけるほど、俺は愚かじゃない。
「
「4位っていう結果は気にくわねぇが、お前が言いたいことがわかった。ステルノの野郎の評判を落として、オレ様が3位になれってことだろ」
「そういうこと……。そうなれば、上には僕とグラトニア兄さんしかいない。ちなみに僕は王様になるつもりはないから、グラトニア兄さんさえ抜けば、デロフ兄さんが実質人気1位ってことになるね」
「よっしゃあああああああ!!」
デロフは手をパチンと叩いた。
現金な兄である。先ほどまで酒を浴びるほど飲まなければ、精神を保っていられなかったのに……。
そもそもこのランキング自体、市中の賭け屋がやっているのだが、ぶっちぎりで俺が1位、その他はどんぐりの背比べという状況が続いている。
ステルノの評判が落とされたところで、大勢に影響は全くないのだ。
むろん、口が裂けてもデロフには言えないことだが……。
「よし。乗った」
「ありがとう、兄さん。……でも、手を貸してくれるのはありがたいけど、昨日のようなことはNGだよ」
「わかってるよ。それで具体的には俺は何をすればいい」
俺は席を立つ。
「それは追って指示を出すよ。もう1人の協力者を味方に付けてからね」
「もう1人の?」
「ステルノ姉さんを貶めるには、もう少し戦力が必要なんだ」
俺は酒臭いデロフの部屋を後にした。
「さて、忙しくなってきたな。とりあえず、
それから俺は、
聖剣を作ったのは、やや疎遠になっていたアンナとのパイプ作りのためだ。
それは功を奏して、俺はアンナと再び仲良くなることができた。
ただ聖剣の騒動で、ステルノ姉さんに目を付けられたのは、誤算だったけどね。
おかげで、アンナと会うのが難しくなってしまった。
◆◇◆◇◆
「おい、起きろ」
闇魔法で俺を操り、膝枕をさせて寝入ってしまったアンナの鼻は軽く摘まむ。
やたらと具体的な寝言を言って眠っていたアンナは、寝ぼけ眼を擦り、ようやく目が合う。
「ら、ライハルト!! あ――――あわわわわわわ、ああああああたしぃ!!」
「しぃ! 静かに!!」
俺は口元に指を当てた。
ついでに俺の膝枕からバネのように跳ね上がってきたアンナの頭を、無理やり俺の膝枕へと押さえ付けた。
静かに辺りをうかがう。
「ちょ! 痛い、ライハルト! それにあんた、あたしの闇魔法にかかったんじゃ」
「お前、魔法なんかにかかるかよ。かかった振りをしてやっただけだ」
「きぃいいいいぃぃいぃいいいぃぃぃ!!」
どこからか取り出したハンカチを噛む。
リアルでハンカチを噛む女性を見たの初めてだわ。
「それよりも大人しくしてくれ。お前に協力してほしいことがある」
「協力? そう言えば、あんた……。さっきから何をコソコソしてるのよ」
「俺たちの仲睦まじい様子を、ずっとステルノ姉さんに見られていたんだよ」
「ステルノに? ――――って、別に仲睦まじいわけじゃないわよ。あたしは、あんたをライバルだと思ってるんだから」
ら、ライバルねぇ……。
俺はアンナと仲良くなりたいのだけど。
「しかし、気持ち悪いわねぇ。さっきもあたしのことをいびってきたし。あいつも、いつかぎゃふんと言わせてやるわ」
アンナは拳に力を込める。
何度も言うようだが、「ぎゃふん」なんて叫んだ人間を、俺はこれまで1度も見たことないんだがな。
まあ、いい。アンナがその気なら話が速い。
「じゃあ、アンナ。協力してよ」
「さっきも言ってたけど、協力って」
「ステルノ姉さんを、
「…………」
アンナはジト目で俺を睨んだ。
「どうしたの?」
「なんか悪い顔してるなあって……」
「別に普通だと思うけどなあ」
「双子だからわかるのよ。くやしいけど」
「くやしいけど」は余計じゃないか?
「ふん。――――っで、あたしに何をさせようというの?」
「正義の味方さ」
「はっ?」
「好きだろ、アンナ」
「そりゃあ英雄譚では、お姫様より英雄になりたいって、何を言わせるのよ! あんたは」
何も言ってないぞ、俺は。
アンナは昔から英雄願望が強く、女性として扱われるよりもヒーローと扱われる方を好んだ。
正義感という意味では、姉弟の中でピカイチだろう。
「実を言うと、ステルノ姉様が違法奴隷取引に関わってるらしくてね。俺が目を付けられているのも、それを知ってしまったからなんだ」
話を切り出す。
ヒーローに憧れる我が姉は、2つ返事で引き受けてしまった。
「し、仕方ないわね。協力してあげる」
「ありがとう。助かったよ、アンナ」
「それで? そのヒーローになれるっていう
アンナは目を輝かせる。
「それはおいおい説明するよ」
「もったいぶらずに今説明しなさいよ。……あっ! いいわ!! 今度こそあんたに覚えた闇魔法で口を割らせてやるわ」
「やめといた方が――――」
アンナは膝枕されたまま俺に向かって、手を掲げる。
「この至近なら!!」
【精神操作】!
アンナは躊躇なく魔法を繰り出す。
対する俺も魔法を用意していた。
【魔法反射】!
光属性の魔法。
魔力量や技量にもよるが、あらゆる魔法を跳ね返す魔法だ。
「あっ! ずる――――――!!」
跳ね返った【精神操作】は見事、アンナに直撃する。
先ほどプリプリと起こっていた目から力がなくなる。心なし目尻が下がり、口が半開き。起きたばかりのだらしない顔に戻ってしまった。
魔法耐性が低い愛すべき姉は、あっさりと【精神操作】を受けてしまったのである。
「アンナ、おやすみ」
「おやすみ、ライハルト」
アンナの頭が、俺の膝枕に深く沈み込む。
再び規則正しい息づかいが聞こえてくる。
眠っていると本当に可愛いだけどなあ……。
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