転生王子は暗躍する~自由に生きたいので、王位継承戦を影から操ることにします~
延野 正行
第1部 元社畜、王子に転生する
第1話
前世において俺は社畜だった。
ひどい死に方と人生を哀れに思った神は、俺を別の世界に転生させた。
転生特典として裕福な素性と、異世界でも難なく生きていける才能を与えた。
そして、俺は強国ドラガルド王国の第3王子となる。
名前はライハルト・ヴィクトール・ドラガルド。
中世ヨーロッパ風の異世界の王宮にて、俺はすくすくと何不自由なく育った。
神が与えた才能というのは、この世界ではかなり異常なものだったらしい。
1歳の頃にはあらゆる言語を習得し、3歳の頃には一通り異世界ではありがちな魔法の基礎を覚えてしまった。5歳の頃には応用魔法の論文が、学会で公開されるに至り、7歳の時に、最年少教員として王国の最高学府で特別講義も行った。
語学や魔法だけではない。身体の方もきっちりと鍛え上げた。
8歳の時に王国剣術の師範となり、10歳の時にはめぼしい武術の流派を極めた。
実に勤勉な一生だが、この世界――ニーマにはスマホもなければ、ゲームもない。
仕事と動画を見る時間を差っ引くと、膨大で退屈な時間だけが余り、結局勉強するか身体を動かすかしかなかったのである。
WEB小説風に言えば、
11歳の頃には、すでに「次期国王」と囁かれ、華々しい王としての花道を歩き続けた。
悪くない人生だ。
嫌いではなく、俺は満足していた。
王子から王になれるのだ。
これは歓迎すべきことである。
国の責任を担う大役だが、翻せば国のすべての権限を掌握するということでもある。
国を思い通りに動かす。
うまくすれば、働かずに1日中好きなことだって可能だ。
日がな1日寝ていても誰からも叱られることはないだろうし、美女とベッドの中で、終日ともにするのもいいだろう。
現代的な娯楽がないのが残念だが、なに――俺の才能があれば、やがて作ることも夢ではないはず。
前世では考えられなかった望外な権限が転がり込んでくる。
そう思うだけで胸が躍る。まして断るなどあり得ない。
――――って思ってる時期が、俺にもありました……。
あの忌まわしい光景を見るまでは……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それは俺が次期国王に指名される式典が始まる1ヶ月前の夜のことである。
深夜に目を覚ました俺は、部屋の外にあるトイレへと向かっていた。
その日、生憎と部屋から1番近いトイレは改装中で、俺は1階下にあるトイレを使わなければならなかった。
王族ともなれば、家臣を呼びつけて
石壁の隙間から吹き込む夜気に辟易し、俺は廊下を進む。
ふと国王の書斎の部屋から明かりが漏れていることに気付いた。
近づくと父の声が聞こえてくる。
「こんな時間まで父上は仕事をしているのか?」
そんな馬鹿な――。
俺はすぐ呟いた言葉の可能性を捨て去った。
仮にも国王である。
時計こそないが、月に似た衛星の位置から考えて、午前2時といったところか。
前世でいえば、丑三つ時。
終電が尽き、ビジネス街が静まり返る頃合いだ。
そんな時間に、国王が仕事をしているはずがない。
きっと書斎で可愛い女給仕に大人の悪戯をしているのだろう。
そんな気軽な覚悟で、俺は耳をそばだててみるも、嬌声らしきものは一向に聞こえてこない。
代わりに俺の耳朶を打ったのは、怒号であった。
「何をやっておるか!! この書類はとっくに納期が過ぎてるではないか。――こっちの書類は明日までだと……? 何をしておった貴様ら! 国民の嘆願をなんと心得るのだ! こっちの書類は……ええい! 責任者の印が間違っておる。何度間違えば気が済むのだ。貴様なんぞ、寒い北の地に飛ばすことなど造作もないのだぞ!!」
罵倒に似た響きの言葉が、扉の向こうから聞こえてくる。
俺は思わず背筋を伸ばしてしまった。
反射的に「すみません」と言いそうになった口を、手で塞ぎ堪える。
社畜時代の癖が、転生しても残っていた。
「王よ! そろそろお休みを……」
「は? 何を言っておるか、貴様。まだ仕事が残っているであろう」
「今日は2時間しか寝ておられません。家臣も疲弊を――」
「馬鹿か、貴様! 2時間“しか”寝ていないのではない。2時間“も”寝ておるのだ」
「ですが、ほとんど休みもなく働いております。このままでは陛下も我々も身体を壊し――」
「余は王であるぞ。年中無休など当たり前だ。余には、余に期待する国民がおる。休みなどとってられるか! ええい! 忌々しい!! 時間が足りん! 今度から睡眠時間は1時間にしよう」
「い、1時間!!」
「それが嫌なら仕事をしろ! 仕事だ! 仕事をしなければ! この国が潰れるぞ」
書斎から漏れてくる父の言葉を聞きながら、俺は唖然としていた。
王が無休……。
2時間どころか、1時間睡眠だと。
何か悪い夢でも見ているのか。
その時、まざまざと脳裏をよぎったのは前世の記憶である。
俺もこうだったのだ。
いや、王のように自ら提言することなど一切なかったが、休日出勤し、始発で帰った後、その2時間後の電車に飛び乗るような生活をしていた。
その時の己と、今の王が重なったのである。
すると、廊下の奥から騒がしい音が聞こえる。
1人の兵士が走ってきた。
よほど慌てていたのだろう。
書斎の側にいた
「報告します! 北の異民族が国境を越えました!!」
「なに?」
「北の異民族が!」
「戦争になるのか」
「いや、今回も小競り合い程度に終わるのでは?」
戦争――そんな物騒な言葉が扉の向こうから漏れてくる。
さっきまで騒がしかった書斎がしんと静まった。
一気に緊張感が増していく。
そんな中で、国王エニクランドは大笑した。
「くはははははは! 良かったな、お主たち!!」
「は? 王よ、どういうことですか?」
「戦争になるかも知れぬのですぞ」
「何を言っておる。お前達が言ったのではないか。『休め』と」
「そ、それは」
「そう言いましたが……」
「それが、北の異民族の侵入とどう関係が」
「わからんか? 考えてもみよ。北に向かうには、数日かかるであろう?」
「「「「は、はあ……」」」」
誰も王の意図をくみ取れていない様子だった。
かくいう俺も、一体何を言いたいのかさっぱりわからず、ついていけない。
そんな中で、国王1人だけが歯茎を剥き出し、満面の笑みを湛えていた。
「その馬車の車中で眠れるではないか?」
「まさか王!」
「ご自身も戦地へ」
「お止め下さい!!」
「馬鹿者! 異民族の撃退は王の務めであるぞ! 王が動いてこそ、国としての意志が示されるのだ!!」
エニクランド国王は家臣に具足の準備をさせる。
そしてあらかじめ用意していた馬車に乗り込んでいった。
俺はそれを見送ることしかできなかったが、おそらくエニクランド国王は高いびきをしながら、戦地に向かったことだろう。
城に残る文官たちは、北へと向かう国王を見送る。
その馬車の姿が地平の彼方へと消えると、文官たちは次々に口を開いた。
「よく働く王だ」
「ああ……。だが、王がああして働いているからこそ、今のドラガルド王国は成り立っていると言ってもいい」
「少しは我々に仕事を分けて欲しいが……」
「権限に差がありすぎる」
「国は王、そしては王は国そのものだ。権限が集中するのは無理もない」
「しかし、先代の王は身体を壊され、過労死したのだぞ」
「先代だけではない。先々代も、そのまた前の王もそうだ」
「次のライハルト様はどうだろうか?」
「ライハルト様なら大丈夫だろう」
「王の子どもだ。休みも、寝る時間もなく働くかもしれんぞ」
「「「「あはははははははははははははっ!!」」」」
あははは……じゃねぇえええええええええええええええええ!!
なんだよ、あれ?
本当にあれが国王の姿なのか??
あれじゃあ、社畜と一緒じゃないか!!
いや、国王だから
そんなことはどうでもいいわ!!
「いやだ! 絶対にイヤだ!!」
折角、社畜から王子様に転生したんだぞ。
今まで良い感じの人生だった。
自由で、気ままで、何もかも満たされた理想の生活だったんだ。
そんな日々がずっと続けばいいと願っていた。
王になればさらに華やかな世界が待っていると思っていた。
でも、逆だ。
国王になったら、社畜に逆戻り…………冗談じゃねぇ!!
はあ……。はあ……。はあ……。はあ……。
落ち着け!
ともかく冷静になれ。
今のままでは間違いなく国王は俺を指名する。
そして国民はそれを歓迎するに違いない。
面白くないのは、他の兄弟たちぐらいだ。
「いや、待てよ……。だったら兄妹たちに押し付けらればいいじゃないか!」
エニクランド国王には、まだ6人の子どもがいる。
どいつもこいつも一癖も二癖もあるヤツらだが、そこに流れているのは間違いなく、王家の血……。
そして俺とは違って、国王になる気満々だ。
何故なら、王になるために、影でこそこそと動いていることを知っているからである。
継承戦において、先頭を行く俺は何度か殺されかけたからな。
だから兄弟の誰かを王にする。
いや、ただ王にするのはダメだ。
今の俺の生活を保証してもらわなければ、何の意味もない。
王権限でいきなり殺されたりしたら、最悪だからな。
国王になる気満々で、俺の言うことを聞いてくれる従順な兄弟……姉、この際妹だって利用してやる。
そんな理想の王位継承者を見つける。
見つけてやる!
俺は
新たな人生を、自由に気ままに生きてみせるのだ!!
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
新作です。今日中に5万字投稿します。
最後まで読んで、面白いと思っていただけたら、レビューとフォローいただけるとありがたいです。
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