第二話:呪い

 翌日。


 今年のバレンタインは土曜日。しかも学校が休みの日。


 俺は朝からずっと、そわそわしっぱなしだった。

 互いに家は隣同士。チョコを渡しに来るならすぐ来れる。普段だって顔出したりするんだ。

 来るならさらっとやって来るだろって。


 最初はどこか楽観的だった。

 空元気だったけど。


 だけど。

 来なかった。


 昼になっても。夕方になっても。

 舞華ちゃんは、家に来なかった。

 連絡すらも、来なかった。


 緊張していた心が、時間と共に落胆に変わり。

 日が沈みかけた頃には、諦めの気持ちに変わるのなんて、あっという間。


 そりゃそうだよな。

 あんなに可愛い子だし。


 俺が彼女を好きになるのと同じで。

 彼女だって誰かを好きにもなるだろうし、誰かが彼女を好きになって、告白だってされるかもしれない。


 俺なんて、ずっと告白もできない、ただの幼馴染ってだけ。

 何期待してたんだか。もう俺達高校生だろ。


 部屋で独り鬱々とし、落胆が生み出す胸の痛みに耐えきれなくなった俺は、気づけば夕闇の中、駅前のゲームセンターに繰り出していた。


 辛さを忘れるかのように。俺は得意な格闘ゲームで、相手を寄せ付けない程に勝ち続けてやった。

 相手が決して上手くないのもあったけど。安易に勝とうと強キャラでワンパターンの攻撃された所で、やりこんだ俺のキャラには敵わない。


 数度対戦を勝利で飾った後。

 突如人相の悪い不良達が、座っている俺を囲んできた。さっきまで俺の対戦相手だった奴らだ。


「お前、ちょっと顔貸してくれない?」


 機嫌の悪さが露骨に顔に出て、気が立っている。

 付いて行ったらどうなるか。容易に想像できるな。


 俺も正直その反応にイラっとする。だけど喧嘩が強い訳じゃないし、魔男子だからって人間相手に魔法なんて使えない。

 だから、俺は言葉に従い席から立つと。


『さよなら』


 それだけを告げて、不良達を無視してゲーセンの外に歩き出した。

 反応が気に食わなかったのか。慌てて俺を呼び止めようとしたその時。


「お前達。何やってる!」


 俺と入れ替わるように店に入り、彼等に向け迫る大人達の集団があった。


「あ、いや。先生。これは……その……」

「ここは学校で立ち入るなって言われてるだろ。停学処分にでもなりたいか?」


 先程までの勢いは何処へやら。

 彼等は学校の見回りの教師達だったらしい一団に阻まれ、萎縮し、俺を追えなかった。


 まあ。あいつらは一生、俺にはもう声は掛けられないし、側に寄ることもできないけどさ。


 こういう時、このは便利だ。

 魔法は詠唱しないといけないし、何より目立つけど、呪いは自然だし、周囲にばれる心配もない。


『さよなら』


 これを魔女に口にされた相手は、一生呪いを与えた魔女と関係を持てなくなる。

 別に魔女を忘れる訳じゃない。けど話しかけようとしたり、顔を合わせようとしたら、誰かに。何かに割り込まれ、阻まれる。

 そんな偶然が、永遠に続くんだ。


 大した呪いじゃないじゃないかって、笑う奴もいるかもしれない。

 だけど俺からすれば、これは本当に便利で、その癖怖くて不憫な呪いだって、ずっと思っている。


 一応、呪いにかからない父も、魔女である母もこれにかからないのは救いだけど。

 そうじゃない相手──例えば親しい友達に間違って言おうものなら、その縁がいきなり一生切れるんだ。しかも、一生戻らない。


 俺はずっと、小さい時からこの魔女の呪いが怖かった。

 間違ってこの言葉を舞華ちゃんに使ったら、俺はもう彼女と逢えなくなるんだって、分かってたから。


 とはいえ。

 バレンタインも何もなく終わったし。きっと彼女とも疎遠になっていくんだろうと思うと、それもありなのか、なんてふっと思ってしまう。


 ま、気の迷いだけどね。


 どうせ俺と結ばれる選択肢なんてないし。

 彼女が誰かと幸せになって、それが見守れればいいか。


 そんな気持ちはずっと持ってきていた癖に。

 いざ現実になると、意外に辛いんだな、やっぱり……。


 俺って女々しいな、なんてちょっと気落ちしながら、既に夜の帳に包まれた商店街を歩く中。

 時間を確認するために、何気にスマートフォンを見る。


 ロック画面に表示されていた通知にあったMINEの受信を示すメッセージ。

 その相手の名を見た時。俺ははっとして歩みを止めた。


 相手は……舞華ちゃん?

 時間は一時間も前。って事は……ゲーセンに入った矢先か!?


 瞬間。

 俺は完全にやらかした事に気づいた。


 普段もゲームを始めたら、勝つために集中しちゃうしスマートフォンなんか見ないけど。特に今日はもう現実逃避してて、完全に見る気が失せていたんだ。


 メッセージの内容は、それほど長くなかった。


『突然ごめんね。下社中央公園しもやしろちゅうおうこうえんの入り口に来て欲しいの』


 そんな、普段の待ち合わせでもありそうな内容。そして……。


『ずっと、待ってるから』


 最後のメッセージに、期待と不安で急にバクバクと鼓動が高鳴るのが分かった。


 俺はその時、とてもテンパってたんだと思う。

 電話でも、MINEでもいい。すぐ連絡をすれば良いはずだったのに。


 気づけば俺は、彼女がいるのかもわからない、公園の入り口に思わず駆け出していたんだ。

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