バレンタインにさようなら

しょぼん(´・ω・`)

第一話:魔男子

 ちょっと聞いて欲しいんだけどさ。

 『この世界に魔女がいる』なんて言ったら、本気で信じてくれるかな。


 古来の伝承より世界には魔女という言葉があるけど、ちゃんと魔女ってのは存在するんだよ。

 え? 信じられない? まあそうだよな。でも実在するんだ。


 殆どその力を持つのは女子。

 何故なら、女子だけが魔力を受け継ぐから。

 だから魔女って言葉があっても、魔男まだんなんて言葉は聞かない。


 しかし哀しいかな。

 どんな世界でも、変異種っていうか、レアっていうか。そんな奴も現れるんだよ。俺みたいに。


 魔男まだんって語感の悪さが嫌だから、自分で魔男子まだんしなんて名乗ってるけど、これも微妙にダサいよな。

 まあ使う機会も殆どないし、どうでもいいか。


 ま、こんな俺だけど、男だからノーカンって訳にもいかないらしく。ある魔女の掟に従って生きないといけないんだけど。俺にとってこれが最悪だった。


 掟はたったみっつ。


 ひとつ。

 人前で魔法を使ってはいけない。


 ふたつ。

 人に魔法を知られたら、ある呪いをかけねばいけない。


 そして、みっつめ。

 その呪いにかからない者としか、結ばれてはいけない。


 高校に通う思春期真っ盛りの俺にとって、一番最後の掟さえなければ、なんて何時も思ってる。

 でも、どうにかする術もなくって。

 だから毎日こうやって、学校から帰る通学路を歩きながら、ため息だってく。


 呪いにかからないのは、魔女か。魔女と同じ潜在的な力を持つ人間の男だけ。

 俺の場合は魔男子だから、逆が適用される。


 つまり。好きなができても、その呪いにかからない相手。つまり魔女じゃなきゃ付き合えないって事、なんだけど。


 魔女のコミュニティって陰キャばかりなのか。人間にバレるかもしれないからって、お互い誰が魔女だなんて知ろうとしないし。

 大体互いに魔力とか持ってる癖に、見ただけで相手が魔女だ、なんてのも分からないんだよね。


 結局、相手が魔女か調べるには、呪いにかけるしかないって訳。


 魔女って、魔法とか使えて便利で万能……なんて小説とかでよく見かけるけど。

 本当は全然凄くないし、むしろマイナスしかないって、本気でずっと思ってる。


 よっぽど普通の人間で生まれたかったよ。

 人を好きになってる俺からしたら、さ。


疾風はやて君。何か今日はずっとため息いてるよね」

「え? あ、そう?」


 突然掛けられた声に、俺は黒髪を掻いて苦笑いするしかない。

 ってまあ、それだけの事があるんだけど。


「何か悩みとかあるの?」


 不安そうに覗き込む、清楚を絵に描いたような彼女に、じっと見つめられたのが気恥ずかしくて。

 俺は胸の高鳴りと、顔の火照りを誤魔化すように、あらぬ方を向いて「いや、何でもないよ」なんて強がった。


 だけど本音は……正直、悩んでいた。


 彼女は舞華まいかちゃん。


 俺の家のお隣さんで、幼馴染。

 長い黒髪。整った柔らかい顔立ち。

 誰にでも人当たりがよく。健気で。優しくて。笑顔が素敵で。手も綺麗だし。こっちを見る瞳は綺麗で吸い込まれそうだし。唇も柔らかそうで、それこそキスしたらどんな感じなんだろう……って。

 何たかまり過ぎてんだよ俺。キモ過ぎだって……。


 ゴホン。


 まあ、その。一言で言えば、俺は彼女が好きって事。

 何時からって言われたら……もう忘れる位前。多分物心ついた時には一緒だったから、ずっとかもしれない。

 本当にずっと一緒にいてくれて。いたら当たり前で。いてくれて嬉しい存在。


 だから、何とか同じ高校一緒に入れて、今日もこうやって一緒に下校できてるのも嬉しいんだけど。

 とはいえ、掟があるし、彼女に呪いをかけたくないから、ずっと片想い。まあそれでも、この距離感が幸せだったし、これでもいいかなって思ってた。


 だけど。

 高校生になって初のバレンタインを明日に控え、俺は今までで一番不安を感じてたんだ。


 小学校位からかな。

 彼女は毎年、バレンタインの時にチョコをくれた。

 基本的には市販品。だけど毎年バレンタイン前日に「今年はどんなチョコが良い?」なんて聞いてくれて、リクエストしたチョコをわざわざ渡してくれてたんだ。


 中学位から、同級生のバレンタイン事情なんかも見てきたから、市販品だし義理だろって分かってた。

 それでも俺にとっては、母さん以外から貰える、何より好きな人から貰える貴重なチョコ。

 だから毎年すっごい嬉しかったし、今年も期待してたんだけど……。


 今年は、そんな問いかけが全くなかった。

 それどころか、バレンタインを匂わせる素振りすら見せてくれない。

 それが本当に不安だった。


「そっか。もし悩み事とかあったら、相談してね」

 

 俺を見上げ、優しい笑顔を返す舞華ちゃんに、目だけで視線を合わせて「ありがとう」なんて返してるけど。


 そりゃ、チョコの話なんて言える訳ない。

 微粒子レベルの情けないプライドも理由にはあったけど。何よりそれを聞く事で、何か真実を聞かされてしまうのが怖かったんだ。


 誰か好きな相手ができたとか。

 もう、ただの友達としても愛想尽きたから、義理すらあげる気はないとか。

 流石にそれはネガティブ過ぎるかもだけど……。


 結局その日の帰りは、明日の事などないかのように、普段通りに別れて互いの家に帰り。

 俺は自分の部屋で、彼女の前では見せなかった不安にさいなまれた顔をしながら、じっと待った。


 明日という、運命の日を。

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