乾いた音
家に戻るや否や、パァン、と乾いた音が響いた。
ビショ濡れの俺達を見るや否や、
「絃羽、あんた……なに考えてんのよ! また飛び込んだりして! 前に問題になってどれだけ
続け様に、罵声を浴びせる。
また、ということは彼女には前科があるのだろう。
絃羽は何も応えず、床をじっと見つめていた。それに腹を立てた帆夏は、もう一度手を振り上げるが、ぎりぎりのタイミングでその手を掴んで二度目の平手打ちを阻止する。
「やめろ、帆夏。俺はいいから」
「そういう問題じゃない!」
帆夏は、ひどく悲しそうな、そして苛立ちも混ざった様な表情で睨んだ。
「だからって、手ぇ上げんのはよくないだろ」
「お兄ちゃん……ッ」
帆夏は苛立った様に呟くと、俺から目を逸らした。
そのついでに大きく腕を払われたので、俺も掴んでいた手を離した。
「絃羽、先に風呂に入れ。風邪引かない様に温まれよ」
絃羽は一瞬躊躇したようではあるが、俯いたままこくりと頷いた。
床を汚さない様、濡れた靴下だけ脱いでそのまま奥の脱衣場へと入っていく。なんだか、本当に人形みたいに感情がなかった。
さっき話していた時は──海に飛び込む奇行を除けば──五年前とさほど変わらないと思っていた。だが、帆夏を前にした時の絃羽はまるで別人だ。彼女は普段、ずっとこうなのだろうか。
「……帆夏、あれはやりすぎだろ」
絃羽が脱衣場に入ったのを確認してから、帆夏に言う。
彼女はこちらをみようとしなかった。
「やりすぎなんかじゃないよ。せっかくお兄ちゃんが来てくれたのに、どうしてッ」
「俺の事なんかどうでもいいだろ。それより──」
「どうでもよくない!」
俺の言葉は、帆夏の悲痛な叫びにより中断された。
ハッとして帆夏を見ると、彼女は泣きそうな顔をしていた。どんどん目尻に涙が溜まっていって、こんな時の彼女が次に言う言葉も、何となく予想できた。
「お兄ちゃんの、バカ……ッ!」
先程よりも小さな声、だが、力はより籠もった声だった。
彼女はそのまま踵を返し、走り去る様に家を出てしまった。
「あ、帆夏!」
咄嗟に追いかけようとするが、その時頭にバサッとタオルが被せられた。
「やめときなさいって。今は何言っても無駄だから」
タオルを投げた主は
「あと、一緒に飛び込んだのならあなたも同罪よ。あなたにもしもの事があったら姉さんに合わせる顔が無いから、もうやめてね」
「すみません……」
「ほら、まず頭拭いて着替えてきなさい。あなたも風邪引くわよ」
俺はもう一度首を垂れて謝罪すると、タオルで頭と足を拭き、二階の与えられた部屋に上がった。
二階に上がる間際、美紀子さんが「ありがとね」と小さく呟いた。その言葉の意味も、一体何がどうなっていて、こうなったのか、さっぱりわからなかった。
帆夏も絃羽も、色んな意味で変わってしまったのだろうか。
──思春期だもんなぁ。
はあ、と溜息を吐いて着替え、濡れた服を下に持って降りた。
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