第3話 シャン
僕の留学生活も残り一カ月となり、
最終テストに向けて準備が始まった。
ここでテストに合格する事で修了証をもらうことが出来る。
会社の経費で留学している以上、絶対に不合格になることは出来ない。
いつものように図書室で勉強していると、シャンが来た。
「どう? 順調?」
シャンはいつもの優しい笑顔で言った。
「うん! 何とかいけそう!」
「良かった。一緒に合格しましょうね!」
僕は、頷くとシャンも勉強に取り掛かった。
帰り道、シャンと二人で歩きながら、僕はこの数カ月の事を思い出していた。
何故なら、少しばかりの沈黙があったからだ。
もしかすると、シャンも思い出していたのかもしれない。
この数カ月の間、僕は彼女から沢山のことを学んだ。
その中でもやはり一番は、行動力だ。
自分がしたいと思ったことは何でも実行していく力強さがあった。
学校行事のコンサートでもそうだ。
先生への許可を取りつけたり、楽器の手配、機材の手配、
他者への協力への仰ぎ方などどれも素晴らしかった。
社会人である僕よりもしっかりしていて、素敵だなと素直に思った。
そんな事を考えていると、
「おかえり」
とシャンが言った。
僕が教えた日本語だ。
「それ、使い方間違っているよ」
「知っているわよ。“おかえりって外出から戻った人に対するあいさつの言葉”でしょ?」
「そうそう」
「私、日本語の響きが好きなの。だからちょっと言ってみたくなってね」
「僕は日本人だから、その感覚が分からないけど、
綺麗な音に聞こえるものなの?」
「うん。どの国の言葉とも違う綺麗な音よ」
「そうなんだね」
僕は自分が褒められた訳ではないのに少し照れてしまった。
「そういえば、ノボルがコンサートの時に作曲したあの曲。
とても良くて時々歌っているの」
「そうなの?」
「うん。日本語や英語やその他の言語を歌詞にしているところがまた斬新で、
何よりもあのバラードは心が癒されるの」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
僕は小さな頃からピアノをやっていた。
学生時代もバンド活動をしていた。
しかし、社会人になると日々仕事に忙しくなって
音楽をやる暇なんてなくなっていた。
僕の元バンドメンバーは二人もメジャーデビューしたが、
僕は普通に社会人になった。
仕事が嫌いじゃなかったし、
何よりも音楽一本で食べていくのには僕の才能では難しいと思ったからだ。
でも音楽が好きなのは変わらず、
この大学でピアノを弾いていたらシャンが喜んでくれて、
その場で作曲した曲を口ずさんでくれて。
そしたら、あの行動力でコンサート企画までしてくれて……。
僕たちの異国での共同作業はとても、とても貴重な体験となった。
僕たちは放課後、何度も何度も練習をした。
シャンも昔オペラをやっていたこともあり、
声量があり、心に染みわたる声の持ち主だった。
歌詞が、日本語、英語、その他の言語、
そして、シャンの母国語も入れている為、
母国語以外の発音の練習には特に時間が掛かった。
でも、シャンはとても耳が良く、
同級生から力を借りてドンドン克服していった。
「シャン、そこはもっとささやく様に歌ってみよう!」
「うん、分かった」
「その調子だよ! シャン、そして、そこの歌詞の部分は発音に気を付けながら一気に力強くいこう!」
「やってみるわ!」
僕達は妥協せずに何度も何度も繰り返し練習した。
コンサート当日、僕たちはハグをして
互いにパワー与えあってから演奏をした。
練習通り、ささやくように歌う部分、力強く歌う部分全てが上手く出来た。
シャンは本番に本当に強い。
結果、会場からはたくさんの拍手と歓声が舞い上がった。
生きている実感が湧いた。
音楽は国境を超えると言われることがあるが、
まさにその通りだと思った。
歌詞には、この国とももう少しで離れることになる為、
ここで出会った人への感謝の気持ちを入れていた。
だからこそ英語以外の言葉を歌詞に散りばめた。
そう。母国語で感じて欲しかったからだ。
キャンプ行事の時もシャンはとても積極的だった。
キャンプファイヤーの準備をしたり、食材を準備したり。
バレーボールをすると言ったら、ネットを準備したり。
バレーボールの時、雨が降ってきて一緒に泥まみれになったことが
今では懐かしい思い出だ。
そうだった、その夜、僕たちは湖の近くで大の字で寝てみた。
日本の都会の空では見ることが出来ない
綺麗な星空を眺めながら僕たちは日の出まで語り明かしたんだった。
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