season1 The stronger the guy is too harder

ニュートを警察に収監したあの署長はセントルイスの署長ではなく、アメリカ本部の署長であるとニュートはエミリーから聞いていた。セントルイス市警の署長はあんなに暴力的ではないわ、とエミリーは言っていた。かなり真面目で堅実な感じらしい。


パワハラ上司ではないのは嬉しい限りだが、ニュートにとっては堅実というワードは自分が迫害対象であると言っているようなもので頭を抱えた。




「あいつも馬鹿だな。刑務所に入れないなんてよ」




 地球温暖化など気にしないというようにエンジンを噴かす車の後部座席でドアによっかかりながらニュートは言った。




「そうでもないのよ。ジャックも言っていたけれどセントルイス市警は十五年年前に出来た新しい警察署なのに、その中で五年間以上生き残っている人はほとんどいないの」




「ほとんどってことはいるってことじゃん。大丈夫だろ」




「生き残った人間も外側、内側と重い傷を抱えているわ。無傷なのは一人くらいかしら」




「傷はあんたが治せるだろ」




 エミリーは溜め息をつく。




「能力には限界と条件があるの。私の治癒能力は骨折ぐらいの外傷なら治せるけど、それ以上はきつい。私の能力は私の寿命を使っているの。あなたの傷を治すのに半年分くらい使ったわ。彼らの取れた腕や足は治せない。彼らは望まないもの。私が寿命を削る行為を」




 エミリーは懐かしそうに微笑した。




「じゃあ、無傷の奴は相当強いんだな」




「そうね。物凄く」




 エミリーの誇らしげな口調に、ニュートはつまらなそうに息を吐いた。




「そろそろつくわ」




 目の前にあったのは何の変哲もない五階建てで横長のビルだった。


 警察と聞いて勝手にパトカーや警備員が立っているのかと思っていたニュートにとって意外でしかなかった。




「これかよ。っぽくねぇー」




「単刀直入に言えばバレないためね。セントルイスの犯罪者たちは警察署に乗り込んでくるような奴らよ。実際あったようだしね」




 ニュートはいつの日に見たニュースを思い出していた。その時はどのテレビ局もそのニュースしかしていなかった。




「七年前だっけ。警察官がめっちゃ死んだみたいな」




「セントルイスの悪夢のことかしら。その時は普通の警察署だったみたい。あの後からこういう感じに変わったのよ」




 そんなことをニュースキャスターが言っていた気がするとニュートは薄っすら思い出す。




「その話はあとでしましょ。行くわよ」




 エミリーはニュートに背中を向け、すたすたを歩き出す。


 ニュートは幸運だと感じた。




——今なら逃げられるんじゃないか?




 ニュートは足音をたてないようにゆっくりとエミリーから遠ざかる。ゆっくり、ゆっくり、バレないように。振り返って逃げる態勢を取る——




「あなたの身体にはショックGPSが埋まっているわ。スイッチを押せば、全身に二百ボルト流れるようになっているわ。流れると同時にGPSで位置が分かるようにも。ギリギリ生きていられる電圧よ。結局また捕まるだけ。逃げても無駄よ」




 エミリーの眼は軽蔑に満ち溢れていた。ニュートを殴った署長と似たような眼をしていた。


 慣れ親しんだその眼に恐怖など感じるはずもなかったが、こいつも同じなのだと少し残念だった。




「ま、それはそうか」




 ニュートは大人しくエミリーについていくことにした。




          ***




「えーと、本日からここで勤めることになりました。ニュートと言います」




 男が二人、女が三人。殆ど全員がニュートを軽蔑するような眼で見てくる。流石のニュートでも苦笑いせざるを得なかった。




「ということで帰りまーす」




 ニュートはこのアウェイ過ぎる雰囲気に押された。




「いや、待てよ。糞野郎。ここがお前の刑務所だよ」




 肩まで伸びた黒髪の女が悪辣な台詞を吐く。




「本部の親バカが……」




 黒髪の女が舌打ちをする。




「ハイ。新メンバーが加わったんでね。自己紹介でもやりましょうか」




 少し皺のある、髪を結んだ男が掌を二回叩く。優しそうな顔によく似合った中世的な声をしていた。




「私はジョセフ・ガードナー。ここのリーダーをやっている。よろしく」




 ジョセフと名乗った男は目を細めて笑った。




「じゃあ、まずはエイバ。自己紹介」




 黒髪の女が嫌そうな顔をする。この女がエイバのようだ。




「嫌よ。何でこいつに私の名前を教えなきゃいけないのよ」




「まぁ、これから仲間になるわけだし」




「こいつは仲間じゃなくて監視対象でしょ?警察ごっこじゃない。馬鹿馬鹿しい」




 エイバは更に大きく舌打ちをする。そして、ジョセフを一瞥すると溜め息をついた。




「……エイバ・ウッズ。これでいい?」




 ジョセフは満足そうに頷いた。




「じゃあ、次」




 そう言ってサスペンダーを付けた男(ジョセフと同年齢に見える)を指した。




「俺か。ローガン・ライリーだ。それでこいつはエマだ。エマ・シモンズ」




 ローガンは後ろにいた制服姿で茶色髪の少女に親指を向けた。この少女にニュートは見覚えがあった。




「おじ様、なんで私を紹介するの。このクズはメリーに手を出そうとしたのよ」




「あっ!メリーと一緒にいた!」




 エマと呼ばれた少女はニュートを思い切り睥睨する。




「盗撮かよ。きっも」




 そう罵倒されている間もニュートは少女の大きく膨らんだ胸部しか見ていなかった。




「ハイ!次!」




「私がいこうかしら。シャーロット・モリスよ。シャーロットと呼んでね。ニュート君」




 シャーロットは嫣然としてニュートを見つめた。黒髪ロングと口元のほくろがマッチして不思議な魅力を醸していた。




「ニュート君、赤くなってるわよ?可愛い」




 近づいてくるシャーロットの顔に身体が熱くなるのを感じる。心臓が弾けるくらいの振動が身体に響いた。




「次いこうか」




 ジョセフが困ったように顎を触る。




「あら、残念。ニュート君、また後でね」




「はい……」




 シャーロットのウインクにニュートは口を開けることしか出来なかった。




「次、エイデン」




「嫌です」




 ツーブロックのやけに顔面が整った男だ。




「そんな奴に名乗る名前はありません」




「流石は傲慢ね。五年間無傷なだけあるわ」




 エミリーがクスリと笑う。




「こいつが……」




 先程エミリーが言っていた人間だ。ニュートが想像していたのはローガンのような人間だったがまさかここまで若いとは思いもしなかった。




「ちゃんと怪我はしてます。致命傷がないだけです。能力があるからですよ。俺の力ではないです」




「能力もあなたの力よ」




「いえ、まだまだ未熟です」




 ニュートは何故か苛ついて仕方がなかった。強いくせに謙虚でまだ自分を高めようとする。自分にはない部分だからだろうか。




「あと二人いるんだけどここにはいないので省略します。では、さっそく初仕事にいってもらうんだけどバディを決めたので発表します」




「バディ?」




「そう。うちは他に比べても危険な支部だから二人一組でやってんの。まぁ任務によって三人、四人になったりするけどね」




 貧弱なニュートにとってそれは朗報であるはずだったが、今の立場からしてみるとさほど朗報でない気がしてくる。何処かで殺されて「犯人に殺されてしまいました」と言われてしまう想像が容易に出来た。




「私とだけはやめてね。そんな糞野郎と一緒に居たくないわ。いつ寝込みを狙われるかも分からない。まぁ襲われてもこんな雑魚、返り討ちにするけど」




 エイバが嘲笑して手を横に振る。




「こっちこそ願い下げだ。性悪貧乳」




「あ?ぶっ殺すぞ」




「何でもないでーす」




 ニュートは舌を出してそっぽを向く。エイバの舌打ちが聞こえた。




「大丈夫。エイバではないよ」




「当たり前よ」




 ジョセフはわざとらしく咳払いをする。そして息を吸い込んだ。




「——ニュートのバディは君だ。エイデン」




「はっ?」




 考えずに出たであろう疑問符を含む音がエイデンの口から発せられた。ニュートにとっても一番組みたくなかった相手だった。


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N.E.U.T. 鴨ノ箸 @nagikawakoneko

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