第19話 魔王城の近くでスローライフはやばい
「あ、久しぶり。ベジルです」
「リンセスです」
俺は、空中に浮かんだ円の中に話しかけた。
その向こうは演習室だ。
勇者学校のみんながいる。
ケバブの空間移動を応用して、離れた場所からでも会話ができるようにした。
俺が移動してしまっては、またややこしいことになるからだ。
「見てわかると思うけど、俺は魔王として覚醒してしまいました。そして、リンセスは、勇者として覚醒したみたいです。でも争う気持ちはないので、俺はそのことを利用して、勇者も、魔王も、魔王城で平和に暮らしている、だから人間と魔族も争う必要がない、そういうことにしようと思ってます」
俺はそうして、これまでの話と、今後の決意について話した。
マーシャルは魔王になった俺を素直にうらやましがっていたので、さすがだな、と思った。
「これから先生と連絡を取りながら、人間が魔族と戦おうとしないように、いろいろな情報をコントロールしようと思います」
ずっと、魔王城で俺とリンセスが一緒にいるのは、魔王と勇者の位置がわかる王都からしたら、おかしいことだろうと思ったけど、それは先生がなんとかうまい設定を考えてくれるということだった。
便利。
先生ハンパない。
それから俺たちは、魔王城の外で生活することにした。
「魔王様、魔王様が魔王城にいないなど」
とケバブがくどくどくどくどうるさかったけど、魔族がうじゃうじゃいるんは落ち着かないし、人間が生活するのに向かなすぎるので、魔王城の近くに家を建てることになった。
「へい、ここですかい? はー。立派な城だ」
勇者学校経由で手配した職人さんは、近くにある魔王城を見たら、その程度の反応だった。
先生と仲がよくなる人は、なかなか精神的に頑丈な人なんだな。
「ところで、いい木が山ほどありますなあ!」
木材を探したいと、一緒に林を歩いていたら、職人さんはほくほく顔だった。
「もしほしいなら、ある程度は切って持っていってもらってもいいですけど」
「本当ですかい!? はっはー!」
職人さんは体をうねらせて喜んでいた。
家ができるまで待っていたわけではなくて、同時進行で畑をつくることになった。
食材を勇者学校経由で仕入れてもいいけど、あんまり先生に頼るのもあれだし、なんとかできるならこっちでなんとかするのが、新生活というものだろう。
「ケバブ」
「はい」
「お前たちは、食べ物ってどうしてるんだ?」
「食べ物? ああ、人間の」
「魔族は食べないの? 人間とか」
「食べるためにやっているわけではありません。あれは、人間に残虐性を見せつけるために、無理して食べていたんです」
「マジかよ」
畑作りは、ふるさとでたくさんの作物を作っているというリンセスのお父さんを呼び寄せ、教えてもらった。
お父さんイベント、事後承諾バージョンである。
「お前が娘の夫だと……?」
「は、はははははははい」
「ほう……」
体が大きくて威圧感のあるお父様だった。
実際に戦ったらすべてにおいて俺が勝っているはずだったが、なにもできる気がしなかった。
「魔王とは、さすが俺の娘だ!」
とバシバシ背中をたたかれた。
むしろごきげんだった。
このときばかりは魔王になったことに感謝した。
俺たちは、リンセスのお父様に何度も教えてもらいながら、畑をつくったり、魔物を捕まえて肉を手に入れる方法を学んでいった。
季節が変わるたび、畑にはたくさんの作物が実った。
「ここの土は、相当いいぞ」
お父様のお墨付きだった。
「今度は、別の実りを見せてもらいたいもんだな、子どもはいつだ? がははは!」
「もうお父さんやめてよ!」
「がっはっはっは!」
俺はなんとなく笑っていることしかできなかった。
「どうなんだ? 夜のほうは」
「いや、それなりに……」
「それなりじゃいかんぞ! 眠れなくなるまでだ! がっはっは!」
「ははははは」
「お父さん!」
そうした生活をしながら、一方では、まだ勇者学校に通っていたころのように体を鍛えてもいた。
たまに、先生にも来てもらった。
いざということきのため、人間も、魔族も圧倒できるような力が必要だ。
新しくやらなければならないことは増えたけれども、あまり、根本的なことは変わっていないような気がした。
「今日は新しい麺料理を考えて見たんだけど」
俺はテーブルに器を置いた。
これも自分で焼いたものだ。
「どんな?」
「動物の骨を煮込んで作ったダシのスープで、まあ、食べてみてよ」
「うん。いただきまーす」
リンセスは、フォークをつかってするすると麺を口に入れた。
「どう?」
「あ、おいしい」
「よかったー。これつくるのに一日中かかったんだよ」
「そんなに? ふふ」
リンセスは続けてスープも飲む。
「これおいしいね」
「また食べたい?」
「うん」
「じゃあまた作るよ!」
リンセスはあまりおせじを言わない人間だということもわかってきたので、素直にうれしい。
「う……」
リンセスが口をおさえて動きを止めた。
「ん?」
「……」
「変なもの入ってた?」
リンセスが嫌いなものは入れてなかったはずだけど……。
するとリンセスが席を立った。
ついていったら、トイレでそのまま吐いていた。
背中をさすってやる。
「ごめん、変なもの入ってたかな」
「…………ううん、ちがうと思う」
リンセスが顔を上げた。
「できたかも」
「なにが?」
「……赤ちゃん」
その言葉が頭の中でちゃんと形になると、俺は外に飛び出して、なんだか意味のよくわからないことを叫びながら、未来について考えた。
みるみる魔王に覚醒してくけど俺は勇者候補生、やばい! 森野 @morinomorino
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