第17話 人間の方がやばい

 魔王城のことばっかり考えてたら勇者学校のゴタゴタを忘れてる俺の脳はなかなかの省スペース型です。


「まずい、俺、すぐ魔王城行かないと、まだ魔王がここにいるって責められちゃいますね! 先生のことをもっと定着させるようにするためには、また来なきゃですよね! 計画的に来ないとまた王都から怒られるし、でもそのスケジュールの相談をするためにはまた来なきゃだし、ええっと、ええっと」


「ベジル、落ち着け」

「ええと、落ち着くためにはどうしたら」


 たしか手のひらになにか書けばいいはず。

 なんて書くんだっけ、えっと、えっと。

 リンセスかな。

 落ち着かないわい!


「ベジル、先生!」


 リンセスが廊下を走ってくるところだった。

 俺の位置をいち早く把握して来てくれたのだろう。


「ねえ、魔王城って、どうだったの」

 リンセスが息をはずませている。


「それはまあまあうまくいったんだけど、俺がもどってきちゃったから、また大砲が始まったんだよね? えっと、どうすれば」

「大砲はずっと続いてたよ」

「え? なんで? 俺がいなくなったのに?」


「王都兵も、いちいち、魔王が中にいるのかどうか、確認しているわけでないだろう。もちろん、勇者学校からの出入りは確認しているだろうが、空間移動など、するとは思わないはずだ」


 あ、そうか。


 王都兵は、俺がずっと中にいると思ってるのか。


 そんな、急に、あっちこっち行けるわけないもんな。

 俺だってケバブを知らなければそう思うよ、うん。


「え、じゃあ、俺が出ていく場合、出ていくところを見せなきゃいけないんですか?」

「そうだろうな」

 めんどくさ。


 便利になったらめっちゃ不便になりました、の巻。


「じゃあ、まず、いったん俺が正門から出て、魔王紋を見せてから、わしはこれから魔王城に行くのじゃー! さらばだー! とかやらないといけないんですか」

「そうだろうな」

 先生はあっさり言った。


「いや、それより、王都の人たちと話し合って、俺が無害だよ、って説明したほうがいいですよね」

「それはやらなくていいんじゃないか?」


 先生がめずらしく否定的だ。


「どうしてですか?」

「話が通じないというか。なんと言ったらいいかな」


 いや、もうバッサリ、話が通じないって言いましたよ先生。


「でも先生。魔族にだって話が通じたのに、人間に通じないってことがありますか?」

「ソウダナ」


 先生の言葉に感情がない。

 かつてこんなに感情のない先生がいただろうか。


「まあ、しかし、状況を把握するために、話をしてみるというのは大切かもしれないな」

「はあ」


 よくわからないまま、俺たちは正門まで移動した。



 俺、先生、そしてリンセスが、勇者学校の防御魔法を解除され、正門から出る。

 それを待ち構えていたのは、銀色の鎧に身を包んで近接戦闘にそなえたたくさんの兵隊だった。


「名前と所属、階級を言え」


 馬に乗った、鎧を着ていない男がえらそうに言う。


「私が勇者学校責任者のベインサムです」


 その言葉に、兵士たちにざわめきが広がっていった。

 やっぱり有名人なんだな。


「こ、これはベインサム様みずから!」

「そんな対応は不要です。ダニク隊長はどちらですか?」

 先生は言う。

「はい! こちらへ」


 えらそうな男はすっかりえらそうじゃない男になると、馬から降りて、俺たちを先導した。


 ならぶ兵士たちが、ぱっ、と割れて道ができるのはなかなか壮観だった。


 割れた道の先には、日よけされたテーブルで誰かが、ナイフとフォークでなんか食ってる。


 俺たちがすぐ前まで言ってもまだ無視してて、お供の者、みたいな人が耳打ちすると、やっと食器を置いて、ナプキンで口をぬぐった。


「わざわざ、勇者様が出てきてくださるとはな。感謝感激といったところかな」


 高そうな服の太ったおっさんが、嫌そうに先生を見ていた。


「お久しぶりです」

「やっと出てきたか。まあ、元はどうだか知らんが、いまはただの、学校の先生だ。きちんと、即座に、あいさつに出てくるべきだったとわかっているのか?」


 なんだこのおっさん。

 めっちゃ圧かけてくるじゃん。


 えらそうに。

 えらいのかもしれないけど。


 なにさま?

 おじさま?


「それでどうだ。魔王をわたす気になったか? あ?」

「こちらがその魔王です」


 先生は俺を示した。


「なに?」

「これが、魔王の紋を持つ、わが校の生徒です」

「あ? なんだと?」


 おっさんが顔をゆがめる。

 脅してるつもりなのかもしれないけど、体調が悪いのかと思うレベルの顔。


「いいかげんなこと言ってすまそうったって、そうはいかんぞお? わかってるのかあ? お前は、おれのおかげで、こんなところで勝手できてんだからなあ? ああ?」


 おっさん、マジなんだろうか。

 それとも相手に不快感を持たせるゲーム?

 素なの?

 こんな性格で人の上に立てるの?

 冗談でしょ?


「事実ですよ」

 俺は服を脱いで上半身裸になった。


 兵士たちは、ざわ、となる。

 おっさんは、ああん? とか言っている。


「そのシミがなんだ?」

「隊長、あれが……」

 お供の人が、耳打ちする。


「……ああ、あー知っとる知っとる。魔王の紋な。おうおう。それがあるから? そんなもん、入れ墨かなんかかもしれんだろうが」

「隊長、これを……」


 お供の人が、テーブルにあったボードを持ってきた。

 ボードの上に細長い、針のような棒が浮いていて、一方が赤に着色されている。

 その赤い先端が、俺を指してぴたりと止まっているのを見せた。


 俺がちょっと右に動くと針もついてくる。

 左へ動けば左。


 あれが魔王探し器?

 雑な作りだけど、距離感出るのかな。

 近距離用かもしれない。


「こいつが魔王? はー?」


 おっさんが、疑わしそうに俺を見る。


「どう見てもただの小僧だがなあ」

「魔王が人間に、というのは相当のレアケースかと思われますので……」

「ふーん。まあいい、こいつを捕まえろ」


 おっさんが手を振ると、俺は兵隊に囲まれた。


「ダニク、話を」

 先生が言いかけるとすぐ、おっさんがブチ切れる。

「隊長と呼べ!」

「……失礼しました。ダニク隊長、彼は、一度説明しましたとおり、非常に人間として安定した状態で、人間に危害をくわえることもなく」


 先生がそう話してる間も、俺は手錠をかけられた。


「ああベインサム、もうもどっていいぞ。こいつには、王都の牢屋でじっくりと話をきいておくから、安心しろ! 魔王はおれが捕まえた! はっはっは!」


 おっさんは笑っている。

 リンセスは、軽く怒りを感じつつも、? という感じの顔。

 まだ感情がついていっていない。


「おい、そいつを檻に入れろ。王都まで連れていく」

「ダニク隊長、ですから彼は」

「はっはっは、もう遅い。そいつの身柄はおれがもらった! お前は勇者学校なんてやりながら、魔王を捕まえることができなかった無能として、処罰してやる! このまま勇者学校なんてできると思うなよ! がっはっは、がっはっは!」


 バキッ。


 おっさんや、兵士たちがこっちを見た。


 俺の手元でちぎれた手錠の鎖が見えただろう。


「手錠、壊れましたよ」

 俺は軽く手をあげて、見せる。


「早く別の手錠をもってこい!」

「は、はい」


 そう言って、兵士が持ってきた手錠を俺につける。


 俺は引っ張ってみる。

 バキッ。

 また鎖が切れる。


 おっさんは、あん? とか言いながらこっちを見てる。


「おい、なんだ貴様、その反抗的な態度は」

「いえ、確認です。もし途中で鎖が切れたら、危ないと思いませんか?」

「なに?」

「ほら」


 俺は、手首に残った輪も、引っ張って外した。


「これ、なんすか?」


 魔力が封じられてる感じもないし、そもそも封じられてたとしても筋力でこんなの壊せるでしょ。

 え?

 どういうこと?


「なんだ貴様! おい!」

 おっさんが立ち上がりかけたが、お供の人が止める。


「なにをする!」

「ダニク様、あの手錠は魔力を封じる特注でございます!」

「だからなんだ!」

「それを、あのように苦もなくちぎるということは、その、大変危険ですので、近寄っては……」


 おっさんはなにか言いかけたまま口を開けていたが、ゆっくり閉じた。


「おい、そいつをいますぐ取り押さえろ!」


 それを合図に兵たちが襲いかかってきたが、ひとり、二人、三人、と立て続けに投げて転がしてやったら、距離をとって待つようになった。


 は?

 本気?

 いや、俺が強いとかそういうんじゃないでしょ。

 武器なし戦闘ならお任せマーシャルなら、片手で全員倒せるんじゃない?


 リンセスも困惑。


 俺が先生を見ると、先生は悲しそうに目をふせた。

 先生が、レベルの差がどうとか言ってた話を思い出す。


 え、そんなに勇者学校と王都の兵って差があるの?

 ていうか、ちゃんと鍛えたら、俺たちくらいになるよね?


 え?

 どういうこと?

 この人たちは、ちょっと強くした手錠で、本気で魔王を捕まえられると思ってるの?

 魔王ってなんだと思ってるの?

 もしかして、大砲撃ってればそのうち勇者学校の防御結界的なものが破れると思ってるの?

 そういうんじゃないよ?


 え、王都の兵隊、危機感なさすぎ……?


「おい、どこがまともな人間だ! 反抗的じゃないか! 魔王そのものだ!」

 おっさんが言う。

 この人、本当に危機感ないな。


「あの、おじさん」

 俺は落ちていた石ころを拾った。

「ああ!? 貴様、誰に口をきいている!」

「この石投げたら、多分死ぬよ」

「ああ!?」


 俺が石を投げると、おっさんの真横を通過した。

 おっさんの肩についていた飾りがちぎれて飛んだ。


 おっさんは静かになる。

 と思ったらちがった。


「ほ、ほーら見ろ! なにが安全だ! こういう、暴力性のかたまりみたいなクズなんだよ! 魔王なんて、見りゃあわかるだろうが! ああ? 全員抜刀、魔力も全力で使え! 拘束しろ! いや殺してもかまわん!」


 兵隊が俺に向かって武器を抜いた。

 

 だめだ。

 やられなきゃわからないタイプだ。


 しかも、自分ではなく他人を犠牲にするタイプ。

 最悪。

 魔王マインドでしょ。


「ひとつ、言っておきたいんだけど」


 俺は、さっき転がした兵士に言った。

「俺に勝てると思った? この人数がいれば、いけると思う? 本当に?」


 兵士は、口をぎゅっ、とむすぶだけだった。


「だって、見えてないでしょ?」


 近くの兵士のカブトが飛んだ。

 

 俺が手でやったけど、反応できたのはリンセスと先生だけ。


「魔法じゃないよ?」

 兵士たちが、一歩下がる。


「おい、かかれ!」


 おっさんの号令。

 でも動かず。


 そして俺は、するすると兵士の間を抜けていって、おっさんの目の前まで移動した。


 あっさり接近した俺に、おっさんが、おめめぱっちり、びっくりどっきり。


「こうなってしまっては仕方がない!」


 俺は言った。


「わしは、すでに、勇者学校を乗っ取ったのだ! なあベインサム!」


 俺が振り返ると、先生が、なに始めたんだこいつ、という顔で見ている。


「そして勇者もすでにわが手中にある! 来い、勇者!」

「え?」


 リンセスも、なに始めたんだこいつ顔をしている。


「来い、勇者!」

「あ、はい?」


 リンセスが歩きながら、やっておいたほうがいいのかな? という感じで額の紋を光らせると、兵士たちがいっせいにどよめいた。


 リンセスが俺のとなりに立つ。


「見てのとおりだ。すでに、わしは勇者を見つけている!」


 お供の人がすばやく、針が青の、さっきのボードを出してくると、リンセスをビンビンに指していた。

 勇者探し器か。


「なんと……」

 さすがにおっさんも感心していた。


「じ、じじじじじゃあ勇者の女! そいつを殺せ!」


「だがしかし! わしは、すでに勇者の心を手中にしている!」

「えっ……」

 リンセスが顔を赤らめる。


 いや、そっちの心じゃなくて、あやつってる的な意味で、いやまあ、そっちの心を手に入れたっていうことでもいいんですけどね! でへへ。


「魔王であるわしの、最大の脅威である勇者を手中にした! もはや、もはや、もはや! 世界は魔族のものなのだ! はっはっは! はっはっは!」


 笑ってみた。


「ほ、ほんとうに、勇者が、魔王の手におちたのか……?」

「はい……」

 リンセスは顔を赤らめながら、恥ずかしそうに、俺を見上げる。


 すると予想以上におっさんがおびえた顔になっていく。

「あ、あ、あわわわわ」

 あわわわわ言ってる。


 やった、効果あり!


「これから、貴様らは地獄を見るがいい! では、さらばだ! わっはっは! わっはっは!」


 せっかくだからと、俺はまわりに黒い炎を出す魔法で演出をして、みんなから俺が見えなくなってから、空間移動で魔王城に飛んだ。



「ふう。これでうまくいったかな?」

「もう、びっくりした」

 照れた顔のリンセス。

 それを見てデレデレの俺。


 ちょっと離れて魔族たち。


「魔王様……? 今度は、誰を連れてきたのですか……?」


 ケバブが言い、リンセスがはっとして身構える。


「あっ」


 また準備不足で来ちゃった。


 どうしよう。

 いま、魔王と勇者の位置探知やってるだろうし、もどれない。

 でも、俺、俺の部屋と魔王城以外、空間移動できない。


「えっと……。彼女を紹介に」

「もう、ベジル……」


「それ、勇者の紋では?」

 ケバブが言う。


 ああ!

 魔族の方がよっぽとちゃんと気づく!


「えっと、説明するから、戦いとかやめてよ、絶対やめてよ!」

「絶対やめて……?」


 ああ、またケバブが絶対を変なお約束だととらえている!

 別のめんどくささ!

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