第16話 魔族との和平交渉はやばい

「な………………………」


 先生の絶句。


 魔族たちも沈黙。


 ここは魔王城です。


「あ、俺です」


 俺が言ったら、ようやくはっとした、という感じの彼ら。

 それでも絶句してる。


「あ、先生。絶対攻撃とかしないでくださいよ」

 俺が言ったら、先生にむしろ火をつけてしまった。


 先生はなにか唱えると、右手に魔法剣が。

 それを見て魔族たちも体勢を整える。

 ピリつく空気。


「いや聞けよ!」


 俺は初めて先生の後頭部を殴った。


 ととと、とよろける先生は、信じられないという顔で俺を見る。

 右手の剣も消えた。


「いや、すいません。とりあえず、落ち着いてもらえます? 魔王城のみんなを刺激しちゃってるんで」

「……本当に、魔王城なのか」


 先生はまわりを見る。


「見覚えは、あるが……」

「ちょっとケバブ。ちょっとこっち」

 手招きするが、ケバブは動かない。


「ちょっとこっち!」

「その男は誰ですか」

「先生。勇者学校の」

「勇者学校の人間を連れてきたのですか?」

 ケバブが言うと、またみんながピリつく。


「そうだけど」

「そのような勝手をされては困ります」

「あの、ちょっといい? 俺、魔王なんだよね?」

「もちろんです」

「じゃあひかえろ!」


 俺が叫んでみたら、魔族たちがみんなひざをついた。

 ひざがないやつは、スッ、て姿勢を低くしてて、それがなんかツボで笑いそうになったけど必死でこらえた。


「ぷ、くくく、よし、では俺の話をほっほほほほ」

「なにがおかしいのですか?」

 ケバブが不思議そうに言う。


「いや」

 冷静に考えるとそんなにおもしろくなかった。


「とりあえず、今日のことを話しておこう。俺がここに来たのは、勇者学校にいられなくなったからだ」

「本当ですか!」

 ケバブの顔がうっきうき。


「正確にいえば、いられなくはない」

「本当ですか……」

 ケバブがうなだれる。


「現状を言うと、王都の兵が勇者学校に攻めてきた。どうやら勇者学校の防御壁があっても、魔王の位置がわかる魔法が開発されたらしく、それにより俺を捕まえるためにやってきた、というわけだ」

「人間は、いまさら魔王様がいる場所に気づいたのですか」

 ケバブはため息まじりに言った。


「しょうがない。みんな、得意、不得意がある」

「人間はなにが得意なんでしょうねえ」


 めっちゃケバブが煽ってくるので先生が軽くピリつく。

 ていうか俺も人間だからな。


「まあ、そういうことで、ちょっと落ち着くまで、魔王城でいろいろ今後のことを考えてみようかな、と思ってるんだ。いいだろうか」

「もちろんです!」

 ケバブは力強く言う。


「魔王様はここにいなくてはならない! なくてはならない方です!」

「サンキューサンキュー」

「ずっとここにいるべきです!」

 ケバブの言葉に、他の魔族もうなずく。


「でも俺は人間なんだろ?」

「その件なら解決したではありませんか! 魔王様。あなたの居場所はここです! ですが、……」


 ケバブは先生を見る。

 他の魔族も。

 いや、そもそもずっと気にしていただろう。


「わたしは、勇者学校でベジルたちを指導している教官だ。そして、以前は勇者として、魔王を倒した者でもある」


 先生の言葉に魔族がピクッ。

 臨戦態勢突入。


 なんでそんなどストレートに入るかなー!

 直球直球じゃ人生やっていけませんよー?

 と思ったけど、やってこれたんでしょうねー。

 才能豊かだわー。


「勇者が、生きて帰れると思っているのか」

「ユウシャ、コロス」

「やってみるか?」

 先生がまた魔法剣を生成する。


「だまれ!」


 どちらもこっちを見た。


「お前らさ。先生も。ほんとにさあ顔を見たら魔族だ勇者だ人間だ、魔族だ勇者だ人間だ、って、理性ってもんがないのか理性ってもんが」

「マゾク、リセイ、ナイ」

 ケバブが言う。

「てめえ世界の果てまでぶっとばすぞ」

「すみませんでした」

 ケバブが土下寝。


「先生も先生ですよ。先代勇者だから尊敬はしてますよ? してますけど、これじゃとんだバーサーカーじゃないっすか? おいてめえどこ中だ? あ? あ? って、あ、で会話するヤンキーじゃないすか。ヤンキース。いやヤンキーっす。え、自分を見てどう思います? 先生を名乗っておいて、恥ずかしくないですか?」


 先生は沈黙。

 やっべ、ちょっと言いすぎか?

 と思ったら魔法剣が消えた。

 よしよし。


「で。王都兵が来たから一時避難が第一の理由。第二の理由が一番大事なんだよ」

「なんでしょう」

 土下寝から復活したケバブが言う。


「先生」

「なんだ」

「先生は、魔族はコミュニケーションがとれないって言ってましたよね」

「そうだな」

「いま、めっちゃとれてますよね?」

「……そうだな」


 先生は魔族たちを見た。


「以前、魔王を倒すまでに出会った魔族は、言葉など話さなかった。もちろん、ただ向かってくるわけではなく、攻撃の作戦のようなものを立てていたようだが、あくまで動物の鳴き声のようなものであり、こんな、会話をするような……」

 先生は言う。


「それはそうだろうな」

 ケバブが言う。


「人間に対して言葉を使う。そんなおろかなことがあるだろうか」

「なんだと?」

「人間の言葉は、我々の言葉とはちがう。かんたんにいえば、そうだな。約束を守らない」

「……」


「魔王様。人間は、約束というものを知らないのではないかと疑ったこともあったが、なんのことはない。約束とは、状況に応じて破ってもよいものだと考えているのですよ。わかりますか。同族に対しても、破ってもいいと考えている人間が、魔族との約束など守るわけがない。破られた歴史もある」

「……」


 先生が、なにかつぶやくように言った。


「魔王様。ですから、本来、こうして会話をすること自体、ある意味で屈辱的である、ということはわかっていただきたいですね。まったくもって無意味な時間をすごしていると、強く感じていますよ」


 先生はじっとだまっている。


「うーん。でもさあ」

「なにか? なにか?」


 ケバブがけっこうキレてる目。


「この先生はわりと進んだ考えっていうか、他の人間とはちょっとちがうと思うんだよねー」

「なにがですか?」

「たとえばさ、今回の件でも、俺のこと、助けてくれようとするようなタイプなんだよ」

「助ける?」


「ほら、さっきからさ、先生はお前らには敵意あるけど、俺にはないだろ? 人間扱いだろ? 俺は魔王だって知っても、この態度なんだぜ?」

「教師として、生徒に対する態度というだけでしょう」

「それだけじゃないんだって。いまさ、勇者学校のまわりの王都兵、大砲とか撃ってきてんだよ。学校に向かって。魔王を出せ出せって」

「は?」

 ケバブが眉をひそめる。


「人間が、人間に、大砲を撃っている? さきほど言っていた、攻めてきたというのは、本気でやっているのですか? 同族の戦争というやつですか。人間はまだそのようなおろかなことをしているのですね。まったくもってレベルが低い。こちらはとっくにそういったものはなくなりましたよ」


「まあ、勇者学校は魔力壁があるから、全然通じないんだけどさ」

「そういう問題ではない!」

 ケバブがキレる。

 キレやすい年代なのかな。


 ま、どっちかといえば、俺が言いたいよね。

 

「で、先生は、王都からの要求を断って、俺を守ろうとしてくれてたんだよ。魔王はわたさないって。すごくね? 俺の仲間確定じゃね?」


「なんのために。……ああ」

 ケバブが先生を見る。


「あなたが王になる、という作戦ですか?」

 ケバブが言うと、先生は、なにを言っているのかわからない、というポカンとした顔になった。


「王?」

「魔王という軍事力も得て、国を立て、権力をにぎる。そういう考えなのでは?」


 ケバブはバカにしたように笑う。

 先生はポカンとしている。


「人間の考えそうなことです。生徒を、のし上がるための道具として活用するのでしょう」

「わたしは、ただ、魔王とコミュニケーションがとれるのなら、とずっと考えていただけだ」

 先生は静かに言った。


「魔王を殺さず、世界平和が結べれば、それが一番いいと思っていた」

 先生の言葉に、疑い100パーセントというケバブの顔。


「疑うのはわかる。だが、わたしは冒険の中で、それがずっと苦痛だった。殺さなくてもいい相手を殺し、なきがらをゴミのように捨て置く。……生き物を殺すのは、それを食べて自分の命を永らえさせるときだけ。そう考えていたから」


「ウソばかりだな貴様らは。恥というのもを知らないらしい」

「どう考えてもらってもけっこうだ」

「開き直りか」

「わたしはそのようにやってきた。これからもそうやっていく。それだけだ」


「ベイン、か……?」


 ふと、ならんでいる魔族たちの中から声が上がった。


「ベインサム……?」


 俺はまだ先生の名前を呼んでいない。


 声の主は、筋肉の多い体。


 あれは……!


 ええと……!


 なんとか翁だ!


「勇者、ベインサムか」


 なんとか翁は言った。

 不思議そうにしていた先生だったが、はっ、としていた。


「お前は……、キュール?」


 その言葉に、言われたなんとか翁も、はっ、としていた。


 俺も、はっ、としていた。

 キュール翁だ!

 強キャラじゃないのに翁でおなじみ、キュール翁だ!


「あ、あ、あ……」

 キュール翁はみるみるなみだを流し始めた。


「キュール。無事だったのか」

「はい、はい……」


 なんだ?


「翁。まさかこの人間が?」

 ケバブが言う。

「そうです……。あの、傍若無人の団長を殺し、我々魔族を開放してくれた人間です……」

「まさか」


「ケバブ。なんの話だ?」

「魔王様。いえ、これは……」

 ケバブが口ごもる。


「お? ケバブ、なに隠してんだ? お? お? 反乱か? おい反乱すんのか?」

「いいえ決してそのようなことは!」

「じゃあなんだよ」



 なにかといえば、かつて先生が旅をしている途中、人間に対して過剰に残酷な扱いをして楽しんでいた魔族がいたという。

 魔族にも嫌われるほどの残虐性で、それは魔族にも向けられることがあったという。


「それを、あの人間が……」


 コミュニケーションはとれなかったものの、先生は、道具のように手下を使うその魔族に心底ブチ切れ、倒した。


「念のため、しばらくその地にとどまって経過を見たが、残った魔族は平和的だということがわかったから、次の地に向かった」


 先生は言った。


「……キュールっていう名前は、なんで知ってるんですか?」

 俺は気になったことを言った。

 コミュニケーションをとれてないのに、名前というのはどういうことか。


「それはわたしが、魔族の子どもに、勝手に名前をつけたんだ」

「え?」

「彼は道案内のようなことをしてくれた。姿が見違えたが、頭の模様でわかったよ」

「う、うう……」


 翁は泣いている。

 それとよく見ると、頭になんか模様がある。

 ☆、みたいな感じのような気も。


「っていうか翁なのにじじいじゃねえのかよ!」

 俺はつい言っていた。


「まだ二十代ですな……」

 翁は泣きながら言った。


 翁とは。


「魔族は、意外に寿命が短い……?」

「種によりますが、おおよそ、5年から5000年といったところでしょうか」


 年齢の幅!

 おおよそ、ってつける意味の無さ!

 

「ケバブどの。わしは、その勇者が、関わりを持つに値する相手だと思いますがな」

 翁が急に翁っぽい感じを出しながら言う。


「……まあ、話をする余地は、なくはない、という可能性も、ごくわずかながら、観測できなくはないのかもしれない、とは言い切れませんね」

 とケバブ。


 どんだけ認めたくないんだよ。


「ケバブ。お前たちだって、勇者側と話が通じるんなら、無理やり戦いたいってわけじゃないんだろ?」

「無論、戦いのために戦うというのはおろかなことです。が、人間の話は信用できないということで」

「人間と、じゃなくて、勇者側とだったら、話ができるか?」


 ケバブが、嫌だなあ、という顔で先生を見る。


「だいじょうぶ、俺が責任持つって」

「魔王様は、相手を信用しやすいところがあるようですので、不安です」

「俺だって死にたくないし」

「そうだとは思いますが……」


 あんまり、一気に約束させるっていうのも、よくないかもしれないな。


「じゃ、いったん先生を学校に送ってくるから。具体的な話は、おたがい落ち着いてから、ってことにするか」

「そうですね」

「じゃ、行きましょうか先生」

「ああ」



 空間移動を使ったら、俺の部屋に出た。


「魔族にも、いろいろな人生があるんだな……」

 先生はしみじみと言った。


「そうですね」

 俺もしみじみと言った。


「でも、前に進めそうな気になりませんか?」

「そうだな。ありがとう、ベジル」

「いやいや」


 そして外からは、ドーン、という大砲の音。


 あ。

 やべ。

 忘れてた。

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