第15話 王都兵が押し寄せてきてやばい

 それからというもの、俺は先生の許可を得て、堂々と授業に出ていた。

 リンセスが勇者になったことを発表するのは、リンセスがもうすこし、勇者の力を自由自在にあやつれるようになってからにするという。


 いやー。

 ほっとしました。

 まさかの大逆転。

 勇者学校に魔王が残る展開。


 必殺、対話!


 すばらしいですね。

 グローバルなヒューマンのフューチャーがセーフティーはトークですよやっぱり。


 安心したー。

 ……、となると、長期休暇は、リンセスと一緒?

 まだ非接触な関係ですけど、勇者と魔王について調べをすすめたら、接触できる関係になっていってしまいますよね?


 結婚を考えているっていえば先生もアドバイスくれそうだし、しっかりうかがおうではありませんか。


 という素晴らしい日々。


「むにゃむにゃ」


 目を開けると、朝だった。

 心地よい目覚めだ。

 こういう生活が続くのか。

 すばらしいなあ。


 と思ったら。

「……ん?」


 なんだかさわがしい。


 なんだろう、とカーテンの外を見ると。


「は?」


 敷地を囲んでいる壁。

 壁の手前にも生徒たちなどがいるが、壁の向こう。


 人がめっちゃいる。


 俺は窓を開けて外を見た。


 人は、鎧を身に着けた、兵隊?

 馬車もたくさんいる。

 あれは大砲か?

 なんだ?


 ん、リンセス。

 コンコン。

「はい?」


 ドアを開けると、やっぱりリンセス。ヤッパリンセス。いやなんでもない。


「ついてきて」

 リンセスはそれだけ言った。



 先生は演習室にいた。

「面倒なことになった」


「外にいるのは、王都の兵だ」

「王都の?」

「魔王を引きわたせという」

 先生が言うと、リンセスが悔しそうな顔をした。


「ええと、どうしてここに魔王がいると?」

「王都には、勇者と魔王の位置を特定する魔法がある。その精度は、勇者学校の中に魔王がいる、と断言できるほどだという」

「先生は、その魔法のことを知ってたんですか?」

「開発中、とされていたからな。勇者学校の防壁に使っている魔力の壁は、たいていの魔法なら防げるし、王都の魔法程度なら妨げるはずだったが……」


 精度に相当の自信がなければ、勇者学校に魔王がいる、なんて断言できないだろう。

 技術が進んでいる、ということかな。


「それで、魔王をわたせ、というわけですか」

「そのようだ」

「ああ、そうですか……」



 まあ、そうですよね。

 そんなにうまい話はないですよね。

 魔王なんですからね、俺は。


 対話でなんでも解決できるなら、世界から戦いなんてなくなってますよね。

 結局こんなもんですわ。

 ですわですわ、そうですわ!


「でもベジルはふつうの魔王とはちがいます!」


 リンセスが力強く言ってくれる。

 それで充分だ。


「王都の使者からの伝令は、こちらに考慮時間はない。すぐに引きわたさなければ、勇者学校に攻め入るという」

「は? マジすか?」


 めっちゃ話早いじゃないですか。

 魔王を始末したほうがいいってのはわかりますけど、え、なんすか?


「魔王がしばらくこの中にいることを知って、かなりあちらはお怒りのようだ」

 先生が、なんか軽くバカにした感じで言う。


「え、事前連絡とか来なかったんですか?」

「そうだ」

「でも、勇者学校がこうしてるってことを、なんか、意図があるとか考えないんですか? だってここ、勇者を育てる勇者学校ですよ?」


「それと、王都の使者には、魔王はうちの生徒の中から生まれた、と伝えた」

「いやいやいや。そんなこと言ったら、勇者学校の責任問題になるんじゃ」


「だが、お前はわたさない」

「はい?」


「勇者学校は、権利的にも、金銭的にも、完全に王都やその他の組織から独立している。余計な介入を受けないためだ。そしてはっきりと、勇者学校の運営方針には王都は口出しできない、という取り決めがされている。こちらにはこちらの権利がある」


 え?

 なんか、王都との関係、悪いんですか? ここ。

 あんまり知らなかったんですけど、先生の言葉の端々に、めっちゃ、うちに口出しすんなよ感が出てないすか?


「でも、魔王をこのままっていうのは無理があるんじゃ……」

「わたしはそれだけの権限を与えられているし、ベジルを安全だとみなしている。だから引きわたすつもりはない」

「無視するんすか?」

「そうだ」


 いや、そうだ、じゃないでしょ。


「そんなことしたら世界中の悪役になりますよ」

「問題ない」


 そのとき。

 ドーン!

 という音がして、軽い地震のような揺れ。


 演習室を出て廊下から外を見る。

 外の兵隊の前に置いてある大砲に、砲口から煙があがっているものがあった。


 別の大砲が火を吹いた。


 壁の上、なにもないところで爆発した。


「魔力の壁に当たったんだろう」

 先生は、なんでもないような口ぶりだった。


「先生! このままじゃ……」

 リンセスが不安げになる。


「問題ない」

「でも」

「彼らの兵力をどれだけつぎ込んだとしても、まるで破れないだろう」


 また大砲の音がした。

 さわいでいる生徒の声も聞こえる。


「でも」

「王都というのは、我々について、勇者について、まるでわかっていない。魔王と戦うために日々鍛えている我々に対し、あのような兵器でどうにかなると思っているんだ。本当にわかってない。本当にわかっていない」


 先生は二回言った。


 今日の先生、なんか。

 先生として以外の、権力争いみたいなことに、めちゃくちゃいらついてる感が出てますね。

 勇者って、なってからがいろいろ大変なのかもしれない。


「じゃあ、兵隊の攻撃は」

「我々にはまったく通じない」


 とはいえ。


「でも、このままだと、王都と対立することになるんじゃ?」

「しかたない」

「勇者学校の、世間的な評判が落ちますよ」

「しかたない」

「勇者学校は魔王学校、なんて言われるかもしれないですし」

「しかたない」


 頭、かったいなこの人。

 ガッチガチじゃねえか。


 ちゃんと交渉とかやってきたのかな。

 話し合いとかしても、まっすぐぶつかるだけなんじゃないの?

 よく俺、認めてもらえたよほんと。

 助かります!


「まあ、でも、先生がそう言ってくれるのはうれしいですけど、限度があるんじゃないですかねー」

「なに?」

「王都だって、技術の進歩があったから、俺がここにいるって知られちゃったんでしょう?」

「そういうこともある。だが、おそらく我々の技術の流用だろう。攻撃については問題ない」


「でも、勇者になれない人はこの学校を出ていくんでしょうし、この中で働いてる人も、世界の敵みたいな組織にいるなんて、家族が困るとかあるでしょ。俺たちだけ残ってどうにかするんですか? ちょっと、それは危ないんじゃ?」

「説明してわかってもらう」

「わかってもらなかったら?」

「ベジル。先生は、ベジルのために」

「それはわかってるけど、だからって、無理なことは無理だって言わないとさ」

「ベジルには考えがあるのか?」


 先生は俺を見た。


「はい」

「なんだ」

「俺がここから出ます」


「ベジル?」

「それはだめだ」


 リンセスも先生もすごい拒否顔。


「お前が出ていく必要はない」

「そうだよベジル。出ていったら、あの兵隊に囲まれて……」

「それは突破できると考えているなら、あまい。突破したとしても、位置が知られている中で、安住の地のない生活が続くんだぞ」

「まあ、そうでしょうね」


 俺が言うと、二人は不審そうになる。


「俺が、いったん魔王城に行けば、外の人たちもあきらめるんじゃないですか?」


 俺が言ったら、先生は首を振った。


「それこそ不確定要素が多すぎる。魔王城に到達するだけでも大変な苦労だし、到着した先で魔族が、ベジルを受け入れるかどうかも」

「それはだいじょうぶです」

「なに?」

「じゃ、いったん魔王城に行って、兵隊がいなくなったら帰ってきますよ」

「なにを言ってるんだベジル。そんなことはさせんぞ。生徒の命をむだにさせる気はない」

「じゃあ、安全だったらいいんですか?」

「なに?」

「先生も、一緒に行って確認してみます?」

「なんだと?」

「やばかったらすぐもどればいいし」

「ベジル。わたしは、さっきからお前がなにを言っているのかまったくわからん」


 まあ、それはしょうがない。


「見てみないとわからないし、見れば一発ですよ。じゃ、行きましょ」

「は?」

 リンセスも連れていこうかと思ったけど、現役勇者はやめとこう。


「じゃいきまーす」


 俺は先生の腕をつかんだ。


「せーのっ!」



 俺は、空間移動で魔王城に飛んだ。

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