第14話 先代勇者はやばい
授業が終わってからも、俺は部屋で考えていた。
このまま長期休暇を待つのは、さすがにもうかなりだいぶ無理っぽい。
で、どうするか。
さっき図書館で調べた感じだと、これまでの勇者が、ひとりでじっくりこもってやる修行、っていうのもあるのはあるらしい。
先生とか、最近の人はやってなかったみたいだけど、あるのはある。
ならそれでしばらく日数を稼いで、長期休暇突入っていう流れがベスト?
倉庫みたいなところを借りて、そこでこっそりやるか。
とか考えつつ、接近する気配を感じる。
だんだん近づいてきて。
コンコン。
ノック音。
リンセスだ。
「はい」
開けるとやっぱりリンセス。
と思ったら、先生も一緒だ。
「ええと……?」
先生が部屋まで来たことなんて、あったかな。
わざわざ。
ざわざわ。
「ベジル、いま、時間あるか」
「はい」
「今後の、指導方針について、考えていることがある。ちょっと来てくれるか」
「はい」
先頭が先生、うしろを俺とリンセスがならんで歩く。
廊下を歩く間、誰も、ひとことも発しない。
なんだろうね、という目を向けてみても、リンセスは俺の方をちらりとも見ない。
嫌な予感がする。
そのガチ感ビンビン。
こういうときの予想は結構あたるんだよねー、こまったねー!
みたいにおちゃらけた気持ちになろうとしてもできない感。
やってきたのは演習室だった。
三人だけだと、がらんと広く感じられた。
部屋の中央まで言って、やっと先生が立ち止まる。
「ベジル。話がある」
「はい」
「その前に、なにか先生に言っておくことはあるか」
「なにか、というのは」
リンセスとイチャイチャしててすいません、みたいな話じゃないですよね、きっと。
「あのね」
「リンセスは黙っていなさい」
先生がすぐ言った。
「どうだベジル」
「どうだと言われても……」
「ないならかまわない。ではリンセス」
「……はい」
リンセスは返事をしたと思ったら。
うお!
ピカー! とリンセスが光る。
その光が落ち着くと。
リンセスの額に、ばっちりと、しっかりと、勇者の紋が浮かび上がっていた。
来るべきときがきた、というやつだ。
「ベジル、これがなんだかわかるな」
「勇者の紋、ですね」
「そうだ。つまりリンセスは勇者となった」
「はい」
「そしてリンセスによれば、お前から魔王の反応が出ているという」
「そこまでは言ってません!」
リンセスが叫ぶように言った。
「……ただ、ただ最近、……ベジルがどこにいるのか、わかるようになった、というだけで……」
うんうん。
俺もわかったよ、部屋に来るリンセス。
めっちゃ。
「それに、ベジル。お前はダンジョン実習で、魔物をまるで手下のように扱えたらしいな」
「はい」
否定してもしょうがないだろう。
「他にも、急に水泳の授業を休んだり、髪型がおかしくなったりと、いつもとはちがうことが多かった。ベジル、正直に言ってくれ。お前の体に、魔王の紋が浮かんでいるんじゃないのか?」
ついに。
ついにこのときがきた。
勇者学校の中で魔王に目覚めたと知られてしまうときがきた。
冷静に考えて、先代勇者ならもっと早く気づいてくれてもいいんじゃないの? というこの瞬間がやってきた。
そうなったら、ふつう、どうする。
魔王と知られた俺はどうする?
相手は二人。
戦う?
現勇者と元勇者という、現状考えられる人間最強コンビ。
一方の魔王俺、モチベーションは最低の最低。
刺されても刺す気はない、というサンドバッグマン状態。
絶対敗けますよ。
略して絶敗ですよ。
ぜっぱいぜっぱい!
ぜっぱいよりおっぱい!
なんて現実逃避すらできませんよ。
俺は無言で上を脱いだ。
俺が動き出した瞬間、先生は身構えたけど、リンセスがなんの準備もしなかったのはなんだかうれしかった。
胸に浮かんだ魔王紋。
じゃじゃーん、正解!
「図書館で調べたんですけど、魔王紋だっていうのはまちがいないみたいでした」
と俺は説明しつつ。
先生の方が知ってるよな、という。
あーあ。
決戦なんですかねー。
まあ、俺は空間移動を使えば逃げられますけども。
そうなると生きのびられるものの。
もう、俺の行く場所は魔王城のみ。
そこでリンセスが来るのを待つしかないんでしょうねー。
リンセスが来たら、なんだかんだあって、殺されるんでしょうねー。
そして世界は平和になった、とみんなは思うけれども、リンセスの心には深い傷が残るんでしょうねー。
あーあ。
なんだそれ、っていう。
誰が得すんだよ。
なんだこれ。
「その紋が出たのは、具体的に、いつごろだったかわかるか?」
「そうですね。演習で、先生に勝てたくらいのときですかね」
俺はわりと、もういろいろどうでもよくなりながら答える。
先生は、あごに手をあてて、なにか考えていた。
「あ、角もありますよ」
俺はケバブに教えてもらったやり方を解いて、頭の角を見せた。
先生とリンセスが狙ったようにおどろいてくれて、まあ、ちょっとだけおもしろかった。
「ま、ここからどんどん魔王っぽくなるんだと思いますけどもね」
「いや、それほどは変わらないだろう」
先生は言う。
「先生の戦った魔王は、魔族が魔王に覚醒した形だったが、その種の魔族からは大きく形は変わっていなかった。角が生えたくらいだな」
「そうですか」
これで魔王のフルスペック?
それはそれで、なんかつまんない。
どうせなら、翼がグワー!
角がバキー!
しっぽがニョキー!
みたいな魔王じゃないと、なめられそうじゃないですか?
実際、なめられたし。
「そうなると、ちょっと話が変わってくるな。ベジルを倒す必要があるのか、ということになってくる」
「はい?」
先生が血迷った発言。
ちょっとなに言ってるのかわからない。
あ、俺の願望が暴走してるのか?
夢か?
せっかく夢なら、せめてリンセスを抱きしめたりしておくか?
人生最後の楽しみとして。
「リンセス、ちょっと肩、いい?」
とリンセスの肩をさわってみたら、ビビビビビ!
「ってえ!」
「いたっ!」
ダメだ!
きっちり反応がある!
夢じゃない!
……夢じゃない?
「え、先生たちは俺を始末するために呼び出したんじゃないんですか?」
「決定ではない」
「じゃあ、なんで呼び出したんですか?」
「それを決めるための話をするために、ここに呼んだ」
先生は続ける。
「調べてみたが、これまで、話が通じる魔王はいなかったという」
「はあ」
それはまあ、そういうイメージですね。
「わたしが戦った魔王もそうだし、それ以前の魔王も、どうやらまともにコミュニケーションをとれる魔王はいなかったようだ。せいぜい、鳴き声と言うか、敵意を示しているかどうか、といった、動物を感じさせるようなものだけだったらしい」
「え? でも」
「なんだ?」
「いえ」
ケバブとか、ふつうに話してたけどな。
他の、なんとか翁とか。
「魔族全般が、そういうコミュニケーションができないんですか?」
「そうだ。なにかあるのか?」
なにかあるっていうか。
ありまくりっていうか。
「でも、俺はこうしてふつうに話せてますけど」
「そうだ。そこでだ。わたしは、そこにかけてみる価値があるように思う」
先生は言う。
「ベジルとの話し合いができるということは、魔王と、戦わずに、交渉で解決できる可能性があるのではないか、ということだ」
「話し合いで?」
「事実、わたしはベジルと話し合いができている。そしてベジルは、世界を征服したいという考えもないのだろう?」
「はあ」
勇者になりたいとは思いますけど。
「ならば可能かもしれない」
それは考えなかった。
なるほど。
「でも、俺がなんか、これから、うおー! 世界を滅ぼすぞー! みたいなテンションになる可能性もあるわけですよね」
「それはそうだ。だがそれを言ったら誰でもそうだ。わたしも、リンセスもそうだろう」
「いや、二人は勇者なんで」
「力を持つ者は、他の人間にとっては、頼れる存在でもあるし、脅威でもある、ということだ」
意味深なひとこと。
先生がここで勇者学校の先生をしているというのは、先生の希望以外にも、いろいろなパワーバランスがあったっていうことなのか……?
考えてみたら、王様になっててもいいクラスの功績のはずだし。
人間同士の権力闘争? みたいな想像。
「ベジル。お前はリンセスを殺すことができる環境にいる、ということは気づいただろう?」
俺はリンセスを見る。
リンセスはきれいな目で俺を見ていた。
「絶好のチャンスだったはずだ。しかも、リンセスはお前に好意を持っている」
「先生!」
リンセスが瞬時に赤面する。
「いや、誰でもわかることだ」
そうなのか。
そうだったのか!
「だが、お前はやらなかった。角ができている状態まで進行しているのに、自分の意思を保っている。人間に危害を加える気がない」
「はい」
「ならば、魔王の現状をつかんでおく、という意味で、むしろ我々のすぐ近くにいてもらうほうが、人類にプラスだ」
「そう、なんですか……?」
「俺は、ここにいてもいい……?」
「いたほうがいい」
マジで?
リンセスを見る。
うなずくリンセス。
先生を見る。
うなずく先生。
「ああ。それに、まだわたしでも、実戦ならベジルに勝てる」
「うん?」
勝てる?
殺る気がおありですか?
生徒でも?
俺がちょっと成長しても、最悪、リンセスと組めばだいじょうぶ、っていうことを、暗に言っている感じでもありますよね?
そうなると、魔王城に引きこもられたら行くのが大変だから、ここに置いとこう、っていうくらいの意味にも聞こえますね。
あ、そうですか、けっこうちゃんと、ドライなんすね……。
……。
えっと。
聞かなかったことにしよう。
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