第13話 勇者の勇者がぐいぐい来ててやばい

 不安を感じるときはあるだろうか。


 そういうとき、君はなにをするだろう。


 俺は走る。


「うおおおお!」



 朝から走っていた。

 日の出とともに走っていたから、まだ他の生徒も、それ以外の人も見かけない。


「うおおおお!」


 不安というのはなんだと思う?

 わからない?

 なにか言ってごらん。

 言ってみないと始まらないよ?


 俺の意見を聞きたい?

 ふふ、だめだめ。

 ほら。

 自分の意見をいってごらん。


 わからない?

 早く教えてほしいって?

 しょうがないな。


 不安、というものはね。

 実は存在しないのさ。

 不安、ということについて考えたときにだけ、現れてしまうものなんだ。


 できなかったらどうしよう。

 うまくいかなかったらどうしよう。


 勇者になりたかったのに魔王に目覚めて、気になるあの子は勇者になるってどういうことだよわけわかんねえよ!!!

 そんな気持ちになったときは、まず落ち着くんだ。


 おいしいお茶でもいれるといい。


 それから、具体的なことを考えるんだ。

 どうしたら、うまくできるか。

 きちんとそれについて向かい合えば、不安を感じている余裕はないよ。

 むしろ、不安を感じてるってことは、関係ないことをする余裕がある、といえるのかもしれないね。


 君は、不安、なんていうものについて、時間をさく必要はないんだ。

 わかるかい?

 ふふ。

 ちょっとむずかしいかな?


 ん?

 でもいま俺は、不安だから走っているんじゃないかって?


 ふふ。

 ふふふふ。

 ふふふふふふ。

 あー、あああああああああああああ!


 おっと失礼。

 だいじょうぶ、不安なんてすこしも感じていないよ?

 勇者になるはずだったのに、魔王になってしまう。

 その現実に対処できなくくくくくくくくくなってしまうなんてことはないのさ。


 俺はね。

 いつだって、現実にきちんととととととと向かい合ってきたたたたかららららら。

「ららららららら!」


 お茶なんか飲んでて不安が消えたら苦労しねえんだよ!

 まず落ち着け?

 落ち着けたらもう解決だろうがボケが!

 ふざけてんじゃねえぞ運命!


「うあーーーー!」


 俺は芝生に倒れた。

 もう動けない。


 はあ、はあ、はあ、はあ。

 はあ、はあ。

 はあ。


 …………。

 無心!


 はい無心入りました!

 いま無心ですよ無心。

 あー無心、いいですねー。

 むしーん!

 無心、無心、無心。

 無心。


 お腹が、ぐー。

 ……あの雲、パンみたいに見えるな。


 はい無心途切れたー!


「おつかれさま」

「え?」


 起き上がると、近くにリンセスが立っていた。

 幻か?

 過度な運動の反動か?


「どうしてここに」

「ベジルが走ってるような気がしたから」

「気がした?」

「なんだか、このへんにいるような気がしたの」


 俺はまわりを見た。

 生徒たちの生活してる建物からは、ちょっと離れてる。

 かといって、朝の運動に使う場所というところでもない。


「そういうの、信じる?」

「そういうの?」

「相手を感じる……。運命、みたいな?」

 リンセスは笑う。


 あーいい。

 いい笑顔。

 疲れた体にしみる。


「信じるよ」


 そう、それは運命なのだ。

 ただ。

 

 俺も意識を集中してみる。

 そしたら、近くにいるリンセスを感じた。

 でも、これってあれですね。


 勇者と魔王が、宿敵を把握するためにおたがいがおたがいを察知できる段階に入った、ってやつですね。

 うーむ。



 そして剣の授業。


「はっ、やっ!」


 リンセス。

 先生とほぼ互角にわたりあっていた。


「くっ」


 まだ先生には余裕がある。

 けれども前へ前へと出ていくリンセスには、決意の力のようなものが感じられた。


 ちょっと離れたところで先生が試合を止めた。


「先生?」

「リンセス。ベジルとやってみろ」

「え?」


 ざわっ。


「俺と、ですか?」

「そうだ」


 そうだと言われたら前に出るしかない。


 木刀を持って向かい合う。

 二人でやったことがないわけではない。

 もちろん、いやらしい意味ではない。


 リンセスはオーソドックスな構えで、攻防一体。


 ちょっと様子を見てみようかな、と思ったらリンセスが速攻。


 なら返し技だ。

 この前の、変な髪型返しで終わらせる!


 と思ったら動きを外された。

 それは研究した、といわんばかりの鮮やかさ。


 まっすぐに突いてきた剣先をぎりぎりでかわした俺は、リンセスのふところにもぐりこむ。

 するとリンセスから前に出て、おたがいの剣が動かせなくなった。

 読まれてる?


 そのとき、リンセスがなにか技を出そうとしているのを感じた。


 俺はとっさに木刀から手を離し、リンセスの服をつかみつつ体を反転。

 そのまま背負い投げにした。


 ドン!

「うっ」

 リンセスは剣から手を離さなかったので、受け身がとれていない。


「リンセス」

「ごほっ、ごほっ!」

 せきこんでいる。


「終わりだ。誰か、治療室に連れていってやれ!」

 先生が言うと、女子が立ち上がる。


 俺はひざをついた。

「リンセス、ケガは」

「平気です、先生!」

 リンセスは笑顔をつくって言った。


「すこし休憩します」

「そうか」

「リンセス」

「ありがとう。本気でやってくれて」

「いや」

「それと、ケガをさせてごめん、なんて謝らないでくれて、うれしい」

「……」


 リンセスは、女子に肩を貸してもらい、演習室の端へ歩いていった。


「ベジル、次は……」

「すいません先生、ちょっとトイレ行ってきていいですか」

「なんだ? トイレくらい、すませておけ」

「すいません!」


 俺は笑い声に、主にマーシャルに笑われながら演習室を出た。



 そのまま廊下を歩いていた。


 リンセスの顔が頭に残っていた。

 本気でやってくれて?

 そりゃそうだ。

 やられる、と思ったんだから。


 リンセスは無意識だったかもしれないけど、次の剣を受けたら、ちょっと、勇者からの攻撃として、なにか致命的なことがありそうな気がした。

 そうしたら、反動で、俺の魔王的な要素がさらに強く出そうな気がしたのだ。


 あくまで気がしただけだけど。

 その直感は、無視できない。


 勇者の力は、これからどんどんリンセスを後押ししていくだろう。


 どうする。

 どうする。


 ふくれあがる不安で胸がいっぱいになりそうだ。


 そんなときは。



 俺は食堂でお茶を飲んだ。

 

 大事な決断をするときは、まず落ち着くことが大切。


 うわああああもう俺はだめだああああ!

 なんて精神状態で決断しても、いいことないからね。

 現実逃避で全力疾走してるやつ?

 バカですよバカ。

 お茶が一番。


 さて、どうしますかねえ。

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