第12話 聖剣をがっつり持たなきゃならなくてやばい

「あああー」


 濁点がついてるみたいな、あー、という声が出る。


 あああー。


 なんとか魔王城から帰ってきた俺。


 やっと。

 帰ってこられました。

 つかれた。

 あー。

 あんなにめんどうくさいとはー。



 ホワンホワンホワンホワンホワンホワーン




「じゃあ俺帰るから」

「いけません!」


 帰ろうとしたら魔族たちが王座のまわりに大集合。


「え、なんで」

「ここがあなたの居場所です!」

 ケバブが立ちはだかる。


「でも俺勇者学校に」

「もうあなたは勇者ではありません! 魔王です!」

 ケバブの断言。


「でも、がんばったら夢はかなう! あきらめなければ、夢はかなう! 勇者に、俺はなる!」


「妄想もたいがいにしてください。いいですか? 魔王様」

「あーあーあーあー」

「声を出しながら耳をぽんぽんやらないでください」


「俺には俺の生活があるんだよ!」

「これからは魔王の生活ですよ!」


 ケバブは一歩もひかない。

 立派になったな……。


「それに万一、勇者に魔王様が発見された場合、大変なことになります!」

「大変なこと?」

「勇者は魔王に対して、特攻効果を持っています。それに勇者学校ですって? 勇者が出てくる可能性が高い! それはもちろん、勇者があそこにいるとはかぎりませんが、しかし」


 以降の話はあんまり聞いてなかった。


 ケバブが魔王を見つけたっていうから、てっきり勇者も見つけたと思ってたけど。


 勇者はまだ。


 リンセスにはノータッチ!


 チャーンス!


「ケバブよ」


 俺はおごそかに言った。

 おごそかというのがどういう意味なのか、想像しながら言った。


「魔王様、いかがいたしましたか」

 おごそかになった俺に、ケバブはちょっと敬意を取りもどしたようだ。


「うむ。わしは、また勇者学校にもどろうと思う」

 俺は威厳たっぷりに言う。


「ですから魔王様」

「勇者の偵察じゃ」

「偵察?」

「そうじゃ。勇者を目指しているような顔をして、人間どもをだますのじゃ」

『おおお……』


 魔族たちによる、地鳴りみたいな感心の声、こわいんですけど。


「なるほど。そうすれば、勇者たちがなにを考えているのか、我らにつつぬけ、というわけですね!」

「そうじゃよ」

 俺はうなずいた。


「でしたらわかりました」

「では帰るぞよ。あ、そうだ」

「なにか?」

「この角。隠し方あるかの?」

「ございます」

「よし」



 ホワンホワンホワンホワンホワーン。


 というわけで、角の隠し方も教わって帰ってきたのだ!

 遺影!

 じゃねえよ、イエイ! 縁起でもないわ!


「さてと、ゆっくり寝ようかな」

 もう外は暗い。

 暗くなかったとしてもクタクタですわ。


 と思ったらコンコン。


「はい?」

 ドアガチャ。


「来ちゃった」


 オー!

 リンセス!


「や、やあ! あれ、でも夜だよ」

 授業に行くときだったらわかるけども。

 外は暗い。


 すると不思議そうなリンセス。

「さっき、一緒に、夜の散歩をしようって言ってたから……」

「え?」

「覚えてないの……?」


 みるみる不審そうな顔になるリンセス。


 ?

 ……!

 あ……!

 あの、ケバブが出した俺のコピーか!

 あいつ、リンセスに勝手に約束しやがったのか!

 なに勝手に約束してんだよ!


「いやごめん、ちょっと、うれしすぎて、あれは夢かと思ってたから」

「もう」


 リンセスが笑う。


 よしよし、危なかったけど解決。


「今日の授業で、ベジルがあんなことになったあとだから、私との約束なんて忘れちゃったかと思ったよ」

「ははは」

 あんなこと?


「死んじゃったかと思って、本当にびっくりしたんだからね」

「ははは」


 なにがあったんだ。

 あいつなにしたんだ。


「じゃあ、行きましょう」



 ひっそりとした廊下を歩く。

 もれてくる明かりはわずか。


 いいムード。

 ほとばしるわー。


 やばい、ほとばしってはいけないものがほとばしりそうだ。

 具体的にはリンセスを抱きしめてぐるぐるまわって人生の勝利を叫びたい!

 なに考えてんだ意味わかんねえぞ、と言われようが衝動とはそういうものだ!


「月がきれいだね」


 リンセスが言った。

 

 う。

 頭が……!

 なんか、月がきれいだって言うと愛してるっていう意味になるよ、ってドヤ顔で説明するやつがどこかにいそうな気がする……!


 と、謎の頭痛で視線を下げる。


 廊下。

 行く先。


 やあ、って感じで手をあげてるのは。

 俺。


 は?

 俺?

 あ。

 おい。

 ケバブ。

 偽の俺、回収してないのか?

 おい!


 俺はリンセスに気づかれる前に空間移動でニセ俺のところへ移動!

 と思ったけど行けない!?

 なんで?


 しょうがなく瞬発力で接近してニセ俺をつかみ、空間移動。


 今度はちゃんと魔王城に行けた。

 王座の前。


「魔王様?」

 ケバブがいた。


「おい、ニセ俺をなんとかしとけ!」

「そのうち土にもどりますよ」

「いますぐやっとけ!」


 俺はすぐまた勇者学校にもどった。


「ベジル?」


 とリンセスが振り返る寸前に同じ立ち位置。

 間に合った。


「そう、そうだね、はあ、はあ。う、うん。きれいだ」

「ね」


 リンセスはうっとり月を見ていた。

 よし、なんとかなった!


 でもなんだよ、空間移動って、行きたいところに行けるわけじゃないのかよ!

 行けたのって、魔王城と、俺の部屋だけ?

 なにこれ、範囲せまくない?



「おーい」


 やってくる影。

 先生か。


「おーい、急にどこ行くんだ、ベジル」

 とことこと、先生がやってきた。


「はい?」

「聖剣を見せてやるって言っただろう」

「はい?」

「手伝いをしたら聖剣を見せてくれますか、って何度も頼んできただろう。おや、リンセスも一緒か?」


 なに言ってるんだ?

 いや。

 ニセ俺、なんかやったのか。


 勝手に先生に、聖剣を見せてくれって頼んだのかあのやろう!


 聖剣をぶっ壊そうとでもしてたのか! 魔族の鑑じゃねえか!

 じゃねえ! 勝手なことすんな!


「いや、やっぱり今日は、やめておこうかな、って」


 先生になに言ったかわからない状態は危険すぎる!

 撤退だ!


「そうはいかん。聖剣を見せる準備をした。ベジル、お前が言ってくれたことに、わたしは感動をしたんだ。腹をくくった。今日、聖剣を与えられるかもしれない期待に、興奮が抑えきれない」


 なに言ったんだよニセ俺。

 勝手に感動させてんじゃねえよ。


「行くぞ」

 先生は言った。


「そっか。ベジルは、聖剣を抜くところを、見せたかったんだね」

 リンセスが状況を理解してる。


 俺は理解してませんよ?

 ねえ、なにを理解したの?

 ねえねえ。



 先生に連れられ、俺とリンセスは聖剣が置いてある洞窟的なところに入っていく。

 みんなだまってる。

「どんな感じだろうね」

 なんとか探りを入れてみるけど、無反応。

 緊張感と期待感で盛り上がるのはやめてください。

 なんの期待にも応えられません!


 ニセ俺、マジでなにを言ったの?


「先生。俺の言ったこと、おぼえてますか」


 もうしょうがないからストレートに言ってみた。


「ああ」

 先生それしか言わないし。


 あー聖剣が見えてきましたー。

 ヒントというヒントがいっさいありませんよー。


「先生は、なんと言われたんですか? さしつかえなければ、ベジルが聖剣を抜く前に、教えていただけたら」

 リンセスのひとこと!

 リンセス!

 最高だよ!

 やっぱり最高の女だよ!


「聖剣というのは、握っていると、動くようになる」

 先生は言った。

「え? では」

「そうだ。長く握ってさえいれば、抜くことができる」

「そんな。だったら、誰でも」

「しかしそれには激痛をともなう。握れば握るほど、聖剣からの拒否反応が起きる。勇者というのは、それに耐えるために鍛えているといっても過言ではない」


 いや過言でしょ。

「勇者として選ばれる者は、すでに勇者の紋が出ている時期だろう。そしてそれは……」

「ベジルに出ているはず」

 と言うリンセス。


 だがしかし!

 そう言ったリンセスの額には勇者紋が!


 俺はさりげなく、先生がリンセスの方を見ないよう立ち位置をずらしていく。


 すると俺は聖剣の前に行かざるを得ない立ち位置の妙!


 OH!

 コマリマシタ!

 ドウシタライイノ!?


「やってみろ」


 ヤルシカナイノネ?

 ハイ。


 俺は聖剣に、ちょん、とさわってみた。

 ビビビビ!


「っと」

「どうしたベジル」

「あ、いえ」


 やっば。


 ムリムリ。

 いやマジで。


 たとえばさ。


 すっごいからいもの食べたときとか、最初にちょっと食べたら、あ、これ一杯食べるのは無理、ってわかるときあるじゃん?


 もう一口、二口は食べられるかもしれないけど、全部は無理だわ、みたいな。

 からいとかじゃなくてもう、口がビリビリして、感覚なくなりそうだわ、みたいな。


 それ。

 もうちょっとしかいけない?


 でもしばらく耐えろとか、腕がなくなっちゃうよ?


「では、続きをやってみろ」

「いや……、どうですかねえ……」

「どうかしたか?」

「ベジル。がんばって!」

「はい」


 手をきゅっと握って不安そうに見ている運命の相手の言葉を無視できる男はいるだろうか!

 いない!


 俺は聖剣に手をのばし。

 握る!


「あっがっ!」


 絶え間ない電流のような痛み!

 耐えがたい電流のような痛み!


 やっぱり無理!

 

 好きな子のかわいさだけでは突破できない壁がそこにある!


「もう無理……、え?」


 手が離れない。

 え?

 これ、なんかあれですか?


 魔王が聖剣に取り込まれかけてる感じのあれですか?


 死ぬやつですか?


 ちょ、え、あの。


「ベジル! もう一息だ!」

「ベジル! がんばって!」


 いやいや。

 気が遠くなりかけてるから。

 魔王ってバレて殺される前に死ぬから。


 ……これ、空間移動で魔王城に行くか?

 そこで、みんなでぶっこわすしかない?

 魔王城が大混乱になりそうだけど!

 もう、もうしょうがないよね!


 やるしか……。

 ないのか……!!


「う、うおおおおおおお!」


 ……ってあれ?


 あれれー?


 ビリバリ電撃が来まくってるんだけどさ。


 なんか。


 なんかあれですよ。


 からいものを、食べられないと思ってたけど。

 なんか食べてたら意外といける感じになってきた、的なやつってあるよね?


 それです。


 痛いけど、いける。


「ベジル」


 先生が言う。


「はい」

「ものにしたか」

「はい」


 だいじょうぶになった。


 俺は聖剣から手を離せるようになった。

 そりゃそうか。

 魔王だって、聖剣をくっつけただけで死にはしないよね。


「どうした。抜いてもいいぞ」

「いえ。きちんと勇者として認められてから、にしようと思います」

 抜けないし。

 もしかして、と思ったけど全然動かなかったし。


「……」

 先生は指先で目元をぬぐった。


「先生だったら、一刻も早く剣を抜きたがっていただろう。だが、その栄光すら、ほしがろうとはしないのか……。ベジル。心の強さも、先生が勇者だったときよりも、上かもしれないな」

「そんなことありません」


 俺はすぐ言った。

 抜こうとして抜けないのバレたら、あやしまれそうだから、ってだけですので!

 残念!

 勇者の未来は真っ黒です、斬り!


「ベジル」


 にこっ、とするリンセス。


 すばらしい笑顔ですね。


 さて。

 これから、どうしましょうかね。

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