第10話 魔王側近があいさつに来てやばい

 二度目の、逆だった髪型ばかりの生徒による剣演習、が終わってすぐ、俺はさっさと教室を出た。



 向かった先は、武具庫だ。


「こんにちは」

「はい」


 とこっちを見たおじさんは、俺の髪型を見て、おお? と目を見開いた。


「勇者候補のベジルといいます。装備品を見せてもらいたいのですが」

「なんだベジル君か、誰かと思ったよ。すごい髪型してるなあ。そうそう、今朝、そんな、重力が逆転したみたいな髪型してる子たち見たなあ。流行ってるの?」

「はははは」


 俺は無の感情の笑いでやりすごして中に入った。


 建物の中はたくさんの武器や防具がならんでる。

 勇者教室に通っていれば、この中にあるものは、ちゃんと貸出手続きをすればどれを使ってもいいことになっていた。


「どんなのがほしいんだい」

「ものすごく重いカブトがあったような」

「……ああー、あれ?」


 おじさんが指したさきには。

「あれです!」


 俺は、ならんでるカブトの一番奥の、ごついやつを手にとった。


 ずっしり重い。

 防御というより、体を鍛えるためのものになっている。


 俺は上にのっているほこりを払った。


 顔が全面隠れるタイプじゃなくて、まあ、ヘルメットの延長みたいな感じ。

 ただすっごい重い。

 重い金属でつくれば防御力もすごいにちがいない! ってはしゃいだ職人の作品なんだろうな。


 さっそくかぶってみる。


 角に当たらないだろうか。


 いけるか……?

 角の上にカブトがのった感触。

 ゆっくり、手の力を抜いていく。

 激痛が走ったらカブトを脱ぐ準備。


 ゆっくり、ゆっくり……。

 ……。

 ……痛くない!

 いける!


 まっすぐ、姿勢をよくしないと、すぐ首をやっちゃいそうな重さがしっかりくるけど、角は痛くない。

 よしよし。


「悪いけど、それで漬物つくるのはやめてくれないかな」

 おじさんがすまなそうに言う。


「はい?」

「それはカブトなんだよ……」

「かぶって使いますよ」

「かぶるの!?」

「かぶりますよ!」


 誰だよ漬物つくったやつ!

 まったく。

 言われてみると、ほのかな香りが?


 まあ、これでとりあえず安心。

 変な髪型の代用品になる。


 角が隠れるし、姿勢を正して最小限の動きで戦うあの技の練習をしている、という言い訳ができる。


 あのツンツン頭がいつまでも使えるかどうか、わからないからね。

 なにこの髪型……、おかしくない?

 治療用のクリーム使いすぎじゃない?

 そういう違和感に、みんなすぐ気づいただろう。


 先生が急に、その髪型禁止、とか言い出したらやばいし。


「やっぱりトップの子は、意識がちがうんだなあ。さすが」

「そんなことないんすけども」

「いやちがうよ。やっぱり。なんか、先生にも勝ったんだって?」

「ちょっとやめてくださいよ。俺が先生に勝ったなんていちいち言うのは。俺が先生に勝ったなんて! わざわざ!」


 まったく、照れちゃうじゃないですか!

 先生に勝ったなんてわざわざ言われたら!


「そうそう、腕とか、足につけるおもりもあるけど、どう? 最近、新しいのが入荷したけど」

「それはいいです」

「え? それこそつけるのかと思ったけどなあ。やっぱりちがうなあ、先生に勝った子は」

「やめてくださいって! 勇者教室のベジルは先代勇者に演習とはいえ勝利したなんて、わざわざ言わないでくださいよ! ベジル最高!」


 なんだかんだと言いながら、貸出帳に記帳して、俺は武具庫を出た。


 誰かとすれちがうときも、さっきまでよりも安心して歩ける。

 変な視線も来ない。

 よし。


 リンセスがあの髪型だったことも気にはなっていた。

 カブトをすすめてみようかな。

 

 リンセスと、話を……。

 ……。


 ……初めて、俺からリンセスの部屋に行っちゃう!?


 コンコン。

『はい。あ、どうしたの、ベジル』

『いや、リンセスの顔が見たくなって』

『もう』

『はは』

『……ねえ、ちょっと、お茶でも飲んでいく?』

『え?』

『中で、話でも、しない?』

『でもそういう、あまり接近した関係になるのはまだ早いって』

『……私、もう、待てないよ』

『リンセス?』

『ベジル。入って』

『……うん』


 的な展開待ったなし!

 そうなったら若い男女ですよ。

 非接触な関係を、と言っていたはずが、気づけば濃厚な接触を求めて動き出しますよ、それは!

 いけませんぞ!

 仕方ないですぞ!


 そうなって、非接触な結末を迎えられるだろうかいや迎えられない。

 勇者と魔王の拒否反応は起こさずにいられないだろうかいや起きる。

 ああ……。

 だめだ……。

 行くわけにはいかない……。


 でも俺には……。

 リンセス……!!


「ちょっとよろしいですか」

 目の前に人がいた。


 いつからいた?

 いやきっとずっといたんだよね。

 俺が妄想でリンセスの部屋に行っちゃってたからだよね。


「すいませーん」


 前をふさいじゃったみたいなので横にどいた。


 堂々とあれな世界にトリップしちゃいけませんよ。

 良い子のみんなは、道端でドパドパの脳内麻薬で気持ちよくならないでね!


 あれ?


 すれちがったはずの男は、まだそこにいた。


 スラッとして俺より身長が高い男。

 なんか格好がフォーマル。

 これから結婚式でも行きそうな。

 髪もきっちり。

 勇者学校にはあまりいない服装だった。


 うーん。

 あらためて見ても、知らない人だな。


「あなた、人ですか?」

 男は言った。


「は?」

「人ですか?」

 また言った。


 これやばい系の人か?

 勇者学校には、そういう人が立ち入りするのは難しいはずなんだけどな。


「あの、見てのとおりですけど」

「では、魔王様ですね」


 俺が口をあけて、ぽかーん、としてると男は続ける。


「わたくし、魔王城からまいりました、ケバブといいます。これから魔王城にお連れします」

「は?」

 なんかおいしそうな名前だな。


「なにか、御支度がありましたら、お待ちします」

「は? は?」

「なにか?」


 なにか?


 なにかっていうのはさ。

 気になった部分がなにかあります? っていうことでしょ?


 全部気になった場合はどうすればいいの?

 全部ですよ全部。


「えーっと、デバフさん?」

「ケバブです」

「ケバブさん。あのー、ちょっと意味がわからないんですよー」

「どんなことでしょう」

「なんて言いますかねー」


 まわりを見る。

 近くに人はいない。


「いや、あのー……。初対面ですよね?」

「そうです」

「初対面で、いきなりそういう冗談っていうのもねえ?」

「魔王様、特にご用がないのでしたら、すぐにでも」

「それそれー! それそれそれー!」

「はい?」

「その、魔王様っていうやつー! 冗談にしても」

「あなたの胸にある、コウモリの紋が感じられますので」

「オーノー!」


 ノー! と言いながらちょっと下を向いたら、結構な強さで首にきたので、俺はカブトを外して下に置いた。


「痛ったー」

「おケガは」

「ないです」

「角はおありですね」

「ノー!」


 上から頭頂部をのぞかれてた。


「いいいいやきききききききききききのせいですよ!」

 俺はカブトを即座にかぶる。


「よかった、角も確認できました。では、すぐ魔王城にまいりましょう」

「だから! なんの話!? ケバブさんは何者?」

「魔王側近となりました。ケバブです」

「そそそ側近?」

「はい」


 待てよ。


 冷静になろう。


「いや! ……ちょ、冗談はやめましょうよ。ここは勇者学校ですよ?」

「はい」

「周囲には、かんたんに出入りできないような、結界的なものは張られてるんですよ。壁だけじゃないですよ? 空も、地面にも、外と中を区切るような形でね? あるんですよ。いろいろ」


 俺は言いながら落ち着いてきた。

 そうそう、魔族が入れるわけないじゃない。

 この人はなんか、悪い冗談を言ってるだけですよ。


「その壁は、無視できますよね?」

「は?」


「いや、無視って。そんなことできるなら、ガンガンこの中に魔族が入れちゃうじゃないすか」

「そうですよ」

「はあ?」

「どうも話が通じませんね」


 男は首をかしげる。


「魔族は、空間を移動できるものじゃないですか?」

「はい?」

「そこからですか?」


 男はため息をついた。


「まあ、しょうがないですよね。人間が魔王になるなんて、低能力でもしかたがない。がまんしますよ」


 よくわからんが、なんかだんだん見下されてきてることだけはわかるぞ。


「いや、は? なんなんすか?」

「あなたが本当に魔王になれるよう、わたしどもは努力をしますので……。なれたらいいですが」

「いや、だからなんなんすか? なんで俺が魔王になれないって、決めつけてんすか」

「空間を移動できない、っていうのはわかりますがねえ。その魔法すら知らないっていうのはねえ」


 男がかなり見下してる感を出してくる。


 おいおい。


「なんだよ、自分で言うのもなんだけど、俺だって勇者候補としてはトップクラスだぞ!」

「勇者、ふふ」

 男が(笑)みたいな感じで笑う。


「魔王なんか、いつだってなれんだよ!」

「やっていただきたいものですねえ」


 男がくっそ見下してくる。


 なにこいつ。


「ていうか、あんただって、なんか、できるできる言ってるだけで、空間移動? とか妄想言ってるだけじゃねえかよ」


「ほう」


 男の眉毛がぴくり。


「でしたらお見せしましょう」


 男は、右手で頭の上にくるりと円を描いた。

 その円が俺と男を包むように降りてきて。



 俺はもう外にいた。


 高い壁の外、見わたすかぎりの平原。


 離れたところに、勇者学校が見える。


「は?」


 いや、は?


「おわかりですか?」

 男は言った。


「我々にとっては、人間の防備なんていうものは、いくらでも突破できるわけですよ」


「じゃあ、なんで勇者をさっさと倒さないんだよ」

 俺が言うと、男が嫌そうな顔をする。


「勇者というやつは、ひたすらやっかいでしてね。魔王でなければ力が抑えられてしまいますし、それなら、と先に攻撃を仕掛けたりすると、変にやる気を出して、おかしな進化をとげたりしますしね。攻めればいいわけでもなく、扱いが難しいのですよ」


「へー」

 さすが勇者。


「ですから、魔王をお迎えにあがって、よい方法を、と思ったのですが……。はあ。まあ、しょせん人間でしたな」


「は?」


「期待できないと報告しますよ」

「お前なんなんだよマジで」

「では」


 男が手をあげる。


「おい、置き去りかよ」

「歩いて帰ればよろしい。人間らしく」

「え、なんなのお前。側近じゃないの? 俺、魔王じゃないの?」

「そうですが、わたしにも使える主を選ぶ権利があるのでね」

「イラッ」


 口で、イラッ、と言ってしまう事案ですよ。


「お前、俺が魔王になったら絶対外すからな」

「楽しみにしてますよ」


 こいつなんだんだよマジで。

 煽りすぎだろ。

 人間と比べるとやっぱりコンプライアンス意識が低そうだわ。


 まあいい。

 もうこいつを一瞬も見ていたくない。

 さっさと帰れ。

 俺もさっさと帰って寝る。



 そんなふうに思ったとき。


 俺は、自分の部屋にいた。


 え?

 なに?


 瞬間移動?


 そしたら男が現れた。


 いきなり俺の前にひざまずく。


「おみそれいたしました」

「は?」

「魔王様の空間移動。しかと見ました」

「え?」


 俺がやったの?

 こいつがやったんじゃなくて?


「まさか、人間の体で空間移動を、しかも予備動作一切なしで行うとは、ご無礼、お許しを」

「人間の体って……。あんたもそうじゃん」

「わたしは表面だけでございます」

「その謝罪も表面だけだろ」

「おお、魔王様! おゆるしを」


 男は土下座、どころじゃなくて、手足を広げてうつぶせになった。


「おゆるしを!」


 これは謝罪なのか?

 新しい煽りじゃないのか?


「魔王様」


 顔を上げた男が泣いてて、引いた。


 ドン引きですわ。


「あ、はい。許します」

「おおお、魔王様!」


 俺はまわりを見た。

「声がでかい」

「失礼を……」

「もう立て」

「はい」


 男は立ち上がった。


「では、私を千にも万にも切り裂いて、お気をお沈めください」

「は?」

「これを」


 男はひざをつくと、どこから出したのか、すっごいきれいな剣を俺に差し出した。


「これを」

「は? お前を殺せってこと?」

「はい。死んでおわびするお許しを得ましたので、あとは、魔王様の気がすむまで……」


「殺さないけど」

「はっ?」

「別にいいよ。許す許す」

「は、は、は…………」


 男はブルブル震えた。


「こ、心の広きこと宇宙のごとく!」

「それは広すぎるだろ」


 ふつうに突っ込んでしまった。


「このケバブ、命を救っていただいたこのご恩、決して、決して忘れはしません……!」

「忘れてもいいけど」


 そもそもお前が勝手に煽って勝手に死にたがってるだけだからな。


「もう帰っていいぞ」

「なにかお気に召さないことが……!」

「先生とか来たら面倒だろ。攻撃されるぞ」

「!! 人間などにはこのケバブ、決して、決して負けはしませんが、しかしこのわたしの身を案じてくださるその御心、感謝を、大いなる感謝を」


「もう帰れ!」

「はっ!」


 男は消えた。


 ケバブとかいったっけ。


 なんか疲れたわ……。



 あと、なんか途中さ。


 俺、魔王になりたがってるみたいになってなかった?


 なんか、ものすごく魔王になりたい人、みたいになってたよね?


 ねえ。

 

 全然なりたくないんですけど!

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