第9話 角が生えてきてやばい
すかっ、と起きた。
カーテンをシャッ!
朝日がピカッ!
すがすがしいねえ!
そう、すがすがしいのだ。
魔王が、朝起きて、太陽を見て、すがすがしいと思うだろうか?
フッ。
思うわけがない。
つまり俺は魔王ではない証明終了。
QEなんとか。
そう。
気づいてしまった……。
俺はおそらく、だいじょうぶなのだと。
やっていけると。
昨日の授業はどうだった?
そう、俺の魔法は、どうにかごまかせた。
さかのぼってみても、俺の胸に紋が浮かんでから、致命的なことはあっただろうかいやない。
なんか、なんとかなってる。
いままでなんとかなってたら、なんとかなる。
それが人生!
俺はその、真理に気づいてしまったのだ。
眠る前にリンセスのことを考えていたら、こんな真理にまでたどりついてしまった。
決して現実逃避ではない。
完璧。
だが。
念の為、と魔王紋を鏡でチェック。
濃くなって……、ない!
現状維持!
人生、現状維持が一番ですよ!
はっはっは!
はーっはっはっはっは!
やった、やったぞ!
はっはっ……。
ん?
頭になにか。
変な寝グセが。
と思って手をやったら、かたい。
髪じゃない。
かたい。
頭に二本。
かたいものが生えている。
黒くて、ゴツゴツしてて、先がとがっている。
つかんで、ちょっとゆらしてみたら、痛い。
これは……。
角、という言葉が浮かんだけれども必死に打ち消す。
目をつぶってそう、くりかえす。
角じゃない角じゃない角じゃない角じゃない角じゃない
角じゃない角じゃない角じゃない角じゃない角じゃない
角じゃない角じゃない角じゃない角じゃない角じゃない
角じゃない角じゃない角じゃない角じゃない角じゃない
角じゃない?
チラ。
「ギャー!」
つのー!
角じゃないって念じたのに!
魔王が進行してるー!
いままでなんとかなってたら、これからもなんとかなるのが人生だって、えらい人が言ってたんじゃないのかよ! もしくはさっき俺が言ってたじゃないかよ!
「ちょっと待ってくれよー……」
角はダメだろ。
紋はいいよ。
服着てればいいから。
でも角はダメでしょー?
しかもこんな。
長さは手の指くらいのもんだけど、ゴツゴツして。
そのへんの角じゃないよ。
ガチ角ですよ。
ねえねえ見てみて、これかわいくない? なんて会話じゃ許されないタイプですよ。
いやあ、これは。
ちょっといけませんよねえ……。
とりあえず……。
コンコン。
あっ……!
しあわせのノック。
だがいまは破滅のノック! ハメツロドリゲス!
とりあえずドアの前まで移動する。
「あー、もしかしてリンセス?」
「うんっ」
はずんだ声!
いますぐドアを開けたい!
だが……!
だが…………!!
「ちょ、ちょっとだけ待ってもらえるかな!?」
「どうかしたの?」
「いやいや全然全なんでもないんだけど、ちょっと」
「ふうん?」
ドアの向こうの声にやや不信感が入ったのは聞き逃しませんよ。
不信感持たれたくないよー!
でもこのまま出たら不信感どころか決戦ですからね!
どうするどうする。
なんとかごまかすしか。
隠す。
頭。
髪!
俺はとりあえず治療用のクリームを手にとった。
これで……。
塗って。
髪を上げてみると……?
「おお……!」
逆立てた髪がぴたりとかたまった!
これだ!
ガチャ。
「あ、ベジル。どうした、の……?」
「どうかな」
「え、あ」
リンセスの視線は俺の髪で固定。
「どうかな!」
「えっと、あの、授業それで行くの?」
「そうだよ!」
「そ、そっか……」
ホウキを逆さにしたみたいに髪をがっちりと上げた俺。
歩けばみんながうわさする。
なんだベジルとうわさする。
どうしたんだとうわさする。
「やっぱり、その髪、ちょっと」
とリンセスも口ごもる。
しかしこれ以上どうにもできぬ。
これで授業に出るしかない。
演習室で出会う視線は。
「どうしたベジル」
「どうしたベジル」
マーシャル、先生がおっしゃいます。
「いえ」
ですが俺にはゴリ押しだけ。
視線をバリバリ感じながらの、剣の授業だった。
ていうか剣かよ。
魔法で頼むよ!
「ベジル。それは、さすがに動きが悪くなるだろう」
「いえ!」
先生の忠告を完全拒否。
「しかし」
「平気です!」
「それなら、まあ、やってみてくれ」
俺とマーシャルは、木刀を持って向かい合った。
マジでその頭でやるのか? という目のマーシャル。
リンセス。
先生。
その他大勢。
やる!
「マジでその頭でやるのか?」
声に出すマーシャル。
「やる!」
声に出す俺!
「はじめ!」
先生の号令があがった。
マーシャルが、じり、じり、と動く。
俺はその場で向きだけ変える。
自分から動くわけにはいかない。
風圧で髪が乱れるからね!
来い!
来い!
そう思ってるのになかなか来ない。
「来い!」
俺が言うと、マーシャルがびくっ、としてから、打ち込んできた。
最小限の動きでマーシャルの剣を受けて流し、と同時に剣先を突き出しマーシャルのノドの前で止めた。
「ま、まいった」
よし。
完璧。
最近の中で、かなり緊張した試合だったぜ……。
と生徒の列にもどりかけたとき。
「次!」
先生が言った。
は?
「ベジル、まだ終わりじゃないぞ」
なにそれずるい。
なんで俺だけ勝ち残りなんですか!
そんなルールなかったじゃないですか!
やだやだやだー!
そう言えないほど先生が真顔。
しょうがないので、他の人が俺の前に構えるのを待つ。
「はじめ!」
ただ待つ。
じっと待つ。
そして、しゅいっ、と相手が打ち込んできたところをマーシャルにやったようにギリギリでさばいて相手に剣先を突きつけた。
「ま、負けました」
よし!
「次!」
は?
立ち去ろうとすると、先生の鋭い視線。
なすすべなく、次の相手を迎える俺。
「はじめ!」
頭を動かさないように、さっ、さっ。
相手も、同じことにならないよう、バリエーションを出そうとしてきてるけど、まあ。
基本的には、俺の体を狙ってるわけだし。
さっ。
すっ。
「負けました」
よし!
「次!」
くそ!
集中を切らさないよう、バリバリでギリギリな俺。
さっ。
すっ。
地味だけど、必死なんですよ!
さっ。
すっ。
さっ。
すっ。
さっ。
すっ。
なんかいつもよりスムーズ?
その後も、さっさっさっ、すっすっすっ、でうまくいく。
「次!」
と出てきたのはリンセス。
しかし、傷つけないように、なんて雑念が入る余地もなく、あっさり勝利。
「負けました」
「次!」
そのままノンストップで、全員倒した。
ふう……。
やっと……。
「みんな、集合」
先生が言い、やっと俺の酷使が終わった。
「ベジルには何度も驚かされるが、今日は格別のものがあった」
先生は言った。
こんなにおかしな髪型をする生徒は初めてだ、とか続くんだろうか。
生徒をさらし者にするのは感心しませんなあ。
なにか言いたい場合は、こっそりと、別室に呼び出して注意をするのが吉ですぞ!
「ベジルが見せたのは、最小限の動きで最大限の効果を生み出すことを目的とした剣術だ。実は、わたしはもっとあとに、限られた人間だけに見せるつもりだった」
「え?」
「魔法の独学というレベルではない。これは、私が勇者になってから、しばらくしてやっと手にした技だ」
どよどよ。
ざわざわ。
「本当に驚いた」
先生は言う。
おや?
さらし者ではない?
「ベジルがやったのはなんなんですかー」
マーシャルが手を上げた。
「攻撃させ、遅れて動くが結果的には先にいる。そういう剣だ。当然、ミスすれば受けにまわるだけになる」
先生は俺を見た。
「ベジルの剣はこの中でトップだといっていいだろう。だが、いつでも最強というわけではない。わたしに勝つこともある。だがそうでない日もある。まだそのレベルだ。しかしみんな。今日、あの高い集中力を見ただろうか。まるで命がかかっているかのような集中力を、この演習で出すことができる。これはとても重要なことだ」
先生の言葉に、みんな聞き入っていた。
でもみんなは気づいているだろうか。
俺だけは、命がかかっているのよ。
魔王ってバレたら即やばいのよ。
演習じゃないのよ。
だからなのよ。
「黒い炎に関しては、自分で調べて練習すれば、可能ではある。だがこれもできるとは……。まるで勇者になるために生まれたかのようだ。本当に感心した。すばらしい」
自然に拍手が起こった。
みんなも、リンセスも、俺をたたえるようにしている。
魔王だってバレたらこの評価がひっくり返るかと思うと、こわいですねー。
「その髪型も、風圧で姿勢を制御できるよう、姿勢を正しく整えておくためのものだな?」
「え? あ、はい」
「すばらしい。今後、導入してみよう」
「え?」
そして翌日。
頭をがっちりかためたみんなの姿が。
オー……。
とりあえず、角が目立たなくなってよかったけど。
リンセスの、長い髪がものすごい高さになってて、えーっと。
これはいけませんよ!
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