第8話 火の魔法が黒くなってきてやばい

「やばいなー……」


 昨日のことが頭を離れない。

 リンセスと一緒の時間……!


 じゃない。

 また追加された能力だ。


 ダンジョンで一切迷わない、は魔王的だよなー。

 やばいなー。


 ……やばいか?

 ダンジョンを迷わない能力って、魔王の能力じゃないような気もする。

 でも魔族の能力っていう感はある。

 それを知られると?


 あやしまれる。

 そして魔王紋を発見される。

 魔王ってバレる。

 ジエンドオブベジル。


 あーあ……。

 どこまで行っても魔王。

 あーあ。

 魔王だ。


 ……からの?

 意外に、すでに紋が消えてたり……?


 服を脱いで鏡に全身を写してみると。


「うーん」


 細目で見ても、やっぱり胸にコウモリの紋が浮かんでいる。


 というか、最初はシミみたいなものだったのに、なんか。

 なんか濃い。


 黒っぽいとしか思えなかったのに。

 なんか赤黒い。


 時間が経った血で書いたような、グロい雰囲気。


「うーむ」


 いったん服を着る。


 まあでも?

 悪いところばっかり探してもいいことないよね?


 悪いことは忘れて、いいところも探してみようよ!


 ここ数日で、能力的にはいろいろ目覚めた感じはある。

 でも見た目で変わったことっていえば紋だけですし?


 だったらここにいられなくなるとしても、人間として、ひっそり生活できる可能性もあるよね?

 うんうんいけるいける。

 リンセスのことは忘れて、まだ見ぬ美女のことを考えようよ!


 ……うう、リンセス……。



 コンコン。

 ノックに出てみると。


「おはよ」

 とリンセス。


「おはよう!」

 やっぱりリンセスしかいないよ!

 勇者の授業に参加して、勇者に近付こう!




 俺は絶望していた。


 今日は演習室で魔法の訓練をする日だった。

「今日は火の魔法の練習をする」

 そうです。


 火の魔法は便利ですよ。

 冒険にも使えるし。

 

 大きな火を出すよりも、スムーズに、思ったとおりの火がつくれるかどうかのほうが、結構重要なんですよねー。

 だから念入りに、何度も、基礎練習が必要なんですよ。

 その重要性は重々承知してますよ。


 で。

 さっそく今日も出しましたよ。

 火を。


 黒い。


 はい?


 すぐ消す。

 見まちがえ、では?


 もう一回ぼっ。

 黒い。

 消す。


 火が黒い。

 うーん。

 ……。

 魔……。

 いや……。

 ……。

 

「ベジル、どうかしたか」

 先生が目ざとくこっちを見つける。

 

「いえだいじょうぶです」

「そうか。ならみんなの前に出てくれ」

「え?」

「新しい火の魔法を教えるから、ベジルがやってくれるとちょうどいいだろう」

「あ」


 二択をまちがえた!


「いや、俺では不適格ではないかと」

「さあ」

 先生がもう、教える体勢に入った。


「いや先生、あの」

「どうかしたのか?」

 ときいてくる。


 このタイミングはいけませんねー。

 いったん先生が注意を集めてしまいましたので、みんなが、ベジルどうかしたのか? っていう顔で見てますねー。


 ここで断ったら、あやしいですねー。


 どうしたらいいんでしょう。

 いや!

 ここは、不自然でも、強気で拒否だ!

 そうしないと魔王ってバレる。

 バレるくらいなら不自然でも逃げる!

 それが大事!


「先生!」


 と手をあげたら火がぼわっ!

 黒い火がぼわっ!


 もう魔力を使ってなくても、火が。

 出たまま浮かんでる。

 なんじゃこの火。

 こわ。


 気合い入れたら火が出るんじゃなく、気を抜いたら火が出る。

 それが魔王だ!

 気をつけろ!


「……」


 みんなが黙ってこっちを見てる。

 先生も黙ってこっちを見てる。

 リンセスも黙ってこっちを見てる。


 終わった。

 ジ・エンドオブ・ベジル。


 いまから授業を中断して、バトルロイヤル(俺以外は全員チーム)が始まりますか?

 負け確定じゃないですか。


「ベジル」

 先生が言った。

 やばい。

 元勇者にぶっ殺される。


「さすがだな!」


 ……はい?


「みんな。これが、今日教える予定の魔法だ。持続する炎の魔法だ。恒久の炎という」

『おお……』


 どよどよ、という感じの感心ボイス。

「こちらからの魔力供給がなくなっても、しばらく燃え続ける魔法だ。攻撃にも、生活にも、汎用性が高い」

『おお……』


「だが当然、扱いは難しい。ベジルのように、自由自在に使えるようになるまでは、訓練が必要だ。すでに予習していたとは。さすがだな」

「ど、どうも……」

『おお……』


 みんなの感心するような目。

 リンセスのうっとりするような目。


「あれだけの剣技もありながら、魔法の自主練もしているとはすばらしいな」

「ハハハ……」

「しかしなあ。そんなにすぐつけたり消したりするのは、見たことがないな」

 先生が首をひねる。


「まだまだ、わたしも勉強だな」

 先生は笑う。


「ハハハ……」

 

 先生が離れていったのでほっとしてたら、リンセスがやってきた。

「ねえベジル先生、私にも、いまの魔法、教えてくれませんか?」

 俺にだけ聞こえる小声で言う。

 敬語、いい!

 なれなれしくもできる関係での、あえての敬語ごっこ、いい!


「いや、ハハハ……」

 でもこの魔法はダメ、絶対!


「笑ってないで、教えて?」

 小首をかしげる。


 あー!

 すばらしい角度の視線ー!

 でもこの魔法、今度使ったら暴走してこの部屋の人間を焼き尽くしたりしたらやばいのでやめさせて下さーい!


「ほ、ほら、先生が説明してるから、まずはそれにしたがってやってみて」

「えー。ベジル先生がいいなー」

 あまえるリンセスー!


 セスー!

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