第7話 毎回変わるダンジョンで迷わなすぎてやばい
翌朝。
「コンコン」
ドアを開けるとリンセスが立っていた。
「来ちゃった」
この笑顔である。
鋭い視線が魅力的なのに、かつ、笑顔もかわいいなんて超生物、これまで存在しただろうかいやしない。
「ちょっと授業には早いけど」
「うん」
リンセスが赤くなった。
作物の収穫時期というわけではない。
照れているのである。
「今日もちょっと、散歩しない?」
「した」
「え?」
「いや、しよう」
あまりの決意に、完了形になってしまった。
僕らの関係は未来形である。
「あれー、なにしてんのー?」
そこに脳天気な声で誰かがやってくる。
マーシャルだった。
「あれ、リンセス? なにしてんの?」
こんなにタイミングが悪い生物がいただろうかいやいない。
「昨日の授業のことで話があったの」
リンセスが低い声で言う。
「昨日の? あー、男女ペアで入ったダンジョン?」
「そう。ベジルが、私には思いもつかない方法で、魔物を退治してみせたの。いえ、退治ですらなかった」
「え? ベジル、お前なにしたんだよ」
「いやー、それはなんていうか」
「その話をしにきたの。授業の前に」
リンセスは俺を見た。
「だから、悪いけどマーシャルは外してもらえない?」
「あ、ああ、いいぜ」
マーシャルはそう言って、俺の耳元でこっそり言う。
「チャンスじゃねえか、しっかりやれよ!」
と俺の背中をドン!
「じゃ、遅刻はすんなよー」
そう言ってマーシャルは手をひらひら振って去っていった。
「ベジル、だいじょうぶ? なんて言われたの?」
「いや、えっと……」
「教えてよ」
リンセスが顔を近づけてくる。
しあわせ。
「マーシャルは、俺がリンセスのことを好きって知ってるから、がんばれよって」
そのため、俺は本心だだもれで全部話していた。
「え?」
リンセスは、耳に手をあてて、きき返してくる。
「だから、俺の気持ちを知ってるって」
「えー? 聞こえなかった。どんな気持ち?」
「絶対聞こえてたよね?」
「聞こえない」
リンセスがニコニコしながら俺を見る。
「私のこと、どう思ってるって?」
「いや、だから」
「言って?」
「言ったことあるよね。いいでしょ」
「よくなーい」
俺たちは、他人がやっていたら懲役刑を科したくなるようなイチャイチャをしながら、授業までの時間をすごしていた。
さて授業開始、先生が言った。
「さて今日は、ダンジョンをつかった授業を行う」
「またですかー」
「昨日とはちがうぞ。まったく新しいダンジョンだ。毎回、形を変える」
「形が変わる……?」
誰かが言ったのをきっかけに、ざわざわする。
ざわ、ざわ。
「人が入ると、しばらく時間が経つごとに、ダンジョンが形を変える」
「え?」
「生きてるんですか?」
ざわざわ。
「魔法でつくられた練習用のものだと思ってくれ。詳しい原理は、先生がつくったわけじゃない。知りたいものは後で言ってくれ」
ざわざわ。
よくわからないものに入らされるのかざわざわ、が起きている。
「これで、敷地の外にあるダンジョンに行かなくても、複雑なダンジョン攻略の練習ができるようになった」
「おお……!」
一回歓声が上がりつつも、ざわざわが残る。
よくわからないものに入るんでしょ? というざわざわ。
「ダンジョンの5階、10階、15階と、区切りのいい場所には、次の階の階段前に、クリスタルが置いてある。自動的にわき出るようになっている。これはいつもどおりだ」
「魔物が出るのに、そんなに深くまで行くんですか?」
リンセスが言う。
そうだ、というざわざわ!
魔物はまずいぞ!
という強めのざわざわ。
「いや、安心してほしい。魔物はいない」
「そうなんですか?」
ざわ……。
なんとなく、ほっとしたざわになった。
「魔物なしで、特殊なダンジョンを歩く練習だ」
「出てくるときも、形が変わってるんですか?」
「そうだ」
でもざわざわ。
魔物がいなくてもちょっとこわい。
「出られなくなったらどうするんですか?」
「先生が見つけに行くぞ」
「ちゃんと見つかるんですか?」
「ああ」
と先生が言うなら、まあだいじょうぶなんでしょうけども。
不安ですよ。
「まあしかし、不安を感じる者もいるだろう。だから今回は希望者にだけ入ってもらうのでもかまわない。誰か」
急にざわ、が消えて静かになる。
そうそう。
やっぱり、誰かが出てきてはじめて、やってみたくなるよね。
「私とベジルで入ります」
リンセスが言った。
え?
「お、おお、その二人で入ってくれたら助かるが」
「お任せください」
先生も安心のニコニコである。
俺はうれしさとともに、不安がつのる。
ダンジョンは雑にいろいろ走りまくって、しらみつぶしにクリアするタイプなんですけど。
ちゃんとマッピングしないタイプなんですけど。
それ通じるんですかね。
「では頼む」
と先生。
「はい!」
とリンセス。
俺たちは、見知らぬダンジョンに入っていった。
中はしん、と静まっている。
石を切り出してつくったようなしっかりした通路だ。
足音しか聞こえない。
「静かだね」
「私は……、心臓の音が、うるさいくらい」
リンセスを見ると、リンセスも俺を見ていた。
「コホン。先生は、とりあえず5階まででいいって言ってたね」
「私は10階まででもいいかな……」
リンセスを見ると、リンセスも俺を見ていた。
「コ、コホンコホンコホン。先生は、5階まででも、結構むずかしいかもしれないし、昼過ぎまでかかるかも、って言ってたよ。10階までだと、片道で昼過ぎ、帰ってくるのに夜になっちゃうかも」
リンセスはカバンの中から保存食を見せた。
「水もあるよ」
「おお……」
「誰も来ないんだよね……」
「ゴクリ。い、いや、もし先生がさがしに来ちゃったら困るし、そうなって俺とリンセスの関係がみんなに知られちゃったら……」
「ちゃったら?」
なんの問題もない。
ゴクリ。
い、いや、ダメだダメだ。
リンセスと密着して完全に俺が魔王だと知られたらおしまいだ。
こんな……!
ごちそうを目の前におあずけ、みたいなことにされるなんて……!
ひどい……!
ひどいしあわせ……!
「リンセス、勇者になれるまで、そういうのはおあずけだって……」
「そういうのって、どういうの?」
「うぐ……」
やましいことを考えていたという自白の誘導……!
恋の違法捜査……!
分岐点が見えてきた。
ちょっと、まじめにやらないと!
キリッ!
道は、直進と、左右。
「私が覚えておくから、ベジルが好きなように行ってみていいよ」
「う、うん」
えーと、とりあえず右で。
また分岐点。
まっすぐでいいや。
次は左。
右、右、逆に右。
あ。
「階段だね」
「うん」
地下2階。
降りて、適当に何回か曲がったらまた階段。
地下3階。
降りて、適当に何回か曲がったらまた階段。
地下4階。
降りて、適当に何回か曲がったらまた階段。
地下5階。
降りて、適当に何回か曲がったらまた階段。
あまりにスムーズ。
リンセスもだんだん無口に。
クリスタル発見。
「これを持って帰ればいいんだっけ……」
もう終わった。
早すぎる。
「ベジルって、ダンジョンも得意なんだね」
「……はは」
得意とか、そういう問題なのか?
さくっともどったら先生びっくり。
そのあと、なーんだすぐもどれる楽勝ダンジョンかー、と気軽に入っていったマーシャルはいつまでも帰ってこられず、先生の救出が必要になる事件が発生するトラブル。
やっぱりそんなにかんたんじゃなかった……。
「やっぱりベジルはすごいね」
「……はは」
ダンジョンを察する能力。
そういうスキル?
魔王スキル……?
魔王になってきてるの……?
ねえ、ねえ……!
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