第6話 ダンジョン実習で魔物が完全に手下でやばい

 朝。

 小鳥がチュン。


 だいじょうぶ。

 どんなに暗い夜が続いても、朝はやってくるんだよ。


 ……来なくていいんですよねー。

 あと一年くらい、ずっと夜で、これからどうするかじっくり考えたいんですよねー。


 リンセスとは急接近してるけど、正体を知られたらもう、アレがナニでソレでしょうし。

 ほどほどに、距離を置くしかないんでしょうねー。


 あんなにかわいい子が俺に好感持ってくれてるのに、それを放っておかなければならないんですよね……。


 この世は地獄か!

 いっそ地獄にしてやろうか!

 わはははは!


 それじゃ本当に魔王じゃねえか!


 はあ。

 リンセス……。


 コンコン。

 ノックの音。


 無視しようかと思ったけどマーシャル特有の異常なノック音じゃない。

 まともな音だ。


「はい?」

 ドアを開けると、うお!!


「もうすぐ授業だよ」

 リンセスがいた。


「は、え、は、ふ」

「ちょっと、顔見たいなって思って」

「へほ、ふほ、ひほ」

「ちゃんとした返事はまだしたくない、なんて言っちゃったけど、一緒に授業に行くくらいはいいかなって。だめかな……」

「まったく問題ない」


 その態度はほぼ告白の返事だけど、全然いいです!


「ほんと?」

「いいか悪いかで言ったらずっと一緒にいたい」

「えっと」

 

 リンセスが目をそらす。

 やばい、しくじったか。


「いや、あのー、非常にですねー」

「もう、そういうことは、勇者が誰か決まってからでしょ?」

 リンセスが照れながらちょっと俺を押す。


 その瞬間、バリッと弱い電流みたいなものが走った。


 リンセスが目をまんまるにした。


「びっくりした」

「あ、ええと」


 やばい。

 おそらく勇者と魔王の拒否反応。


 でもリンセスは微笑んだ。

 

「気になる人にふれると、電気が走ったみたいになるって、ほんとなんだね」

「そそそ、そうだね!」


 内面がおだやかな子で良かった。

 すべてをいい方向で考えてくれる子で、本当に良かった!



 二人で建物を出ていって一緒に歩いていても、たまたま途中で会ったように見えたせいか、誰からも指摘はなかった。


 敷地内の、小山の前に今日は集まって、先生がやってくる。


「今日の授業なダンジョン研修だ」


 ダンジョン。

 個別。

 なら、ちょっとトラブルが起きても、もみ消し余裕。

 よしよし。

 今日はゆっくりできそうだ。


「ダンジョンで魔物を倒し、無事に出てくる時間を競ってもらう」

『はい!』

「じゃあまず、みんなの見本となるように……。ベジル」

「はい」

 いきなりか。


 俺はすぐ、用意されていたモコモコ鎧を身につける。

 これは、ものすごく重いけれども、ものすごく守備力が高いので安全だ。


 あとは、ものすごく与ダメージが低くなるヘナヘナ棒を持つ。


 これにより、この敷地内ダンジョンの中にいる魔物を倒さず、生徒も魔物も安全にすごせるのだ。


 リサイクルダンジョンである。


「それともうひとり。今日は二人で戦う訓練だ。ベジルは、リンセスと行ってくれ」

「はい?」

「二人で行けば、みんなが基準にするタイムがわかりやすいしな。ぜひ、二人の力を見せてもらおう」

「はい!」


 リンセスが元気に言って、俺を見た。

 えっと、俺はあんまりよくないです。



「用意はいいか」

『はい』

 モコモコ鎧の俺たちは声をそろえて返事をした。


「では、はじめ」


 僕らは、大きくなった体でのっしのっしとダンジョンに入っていった。


 リンセスがすぐ魔法で明かりをつくってくれる。


「あ、ありがとう」

「ううん。これくらい」


 歩いていれば、嫌でも二人きりだと意識する。


 あーリンセスがとなりにいる。

 ずっといる。

 このまま無限の回廊に入っていって永遠に二人でうろうろしてもいいや。

 魔王と勇者になるよりは。


 なんてことを考えてしまいますよ。


「あの、今日はまかせてもいい?」

 リンセスが言った。


「まかせる? 俺だけで魔物と戦うってこと?」

「うん」


 鎧の中から見えるリンセスの目は、いつもどおりの鋭さがあった。


「いつもは、こういうとき、一緒に入れないでしょ? ベジルと私の差を見てみたい。勇者になれなかったとしても、私がどれくらいのものなのかって」

「わかった」


 ちょっと気を引きしめる。

 これは授業。

 ちゃんとしないとね。


 ちゃんとクリアしてからなら、ちょっとくらいはイチャイチャトークに入ってもいいよね?

 帰り道ならオッケーですかね?


 よっしゃ、バシッ、と魔物をしとめて、さっさと終わらせてやるぜ!


 魔物が出てきた。

 クマのような魔物。

 身長は人間とそんなに変わらないが、体がモコモコ。

 爪も牙もない。

 でもモコモコ分、耐久度が高い。

 この中にいるやつはみんなこれだ。


 それが何体も出てくる感じ。


 モコモコ鎧と魔物のモコモコが相乗効果となり、モコモコモコモコによって、ケガをしない仕組みになっている。

 あと、この魔物は中に人間がいるのを嫌うので、気絶しても人間は外に運び出されるという、安全仕様だ。


 倒す方法は、手数で追い詰めるか、後頭部の、ちょうどいいところをコツン、とやるか。

 それで寝る。


 倒して、一番奥のキラキラの石を一個持ってくればミッションコンプリート。


 まあ俺にはかんたんなお仕事ですよ。


 リンセスにかっこいいとこ見せちゃいますよ。

 へっへっへ

 行くぜ!


「あれ?」


 なんか、クマが手前で止まった。

 トコトコ来るはずなのに、距離をとって俺たちを見ている。


「リンセスは、こういうことってあった?」

「ない」


 リンセスが原因でもない。

 となると?


 見てたら、クマは俺たちに背中を向けると、四つんばいになった。


 そのまま止まった。

 止まっている。

 止まっているとき。

 止まっていれば。

 止まっています。

 なんの話?


 クマが振り返って、ちらっと俺を見る。

 そして片手で、ぽんぽん、とクマ自身の背中をさわってみせている。


 なに?


 俺は、おそるおそるクマに近づいていく。


「ベジル、気をつけて」

「わかってる」


 そのままクマの目の前まで行っても、そのままの姿勢だ。

 まさか?

 いや、そんなわけ……。


 思いつつ、クマの背中にさわってみる。

 無抵抗。


 乗ってみる。

 無抵抗。


 ぽん、とさわってみた。


 するとクマが、のっしのっしと歩き始める。


「え、ちょ」


「待って!」


 あわてて走ってくるリンセスだったが、クマが意外に速くてスタスタ進み始めて、モコモコ鎧で追いつけない。

 こりゃあクマった、いや困ったぞー!


「ストップストップ」


 言ったら、止まった。

 マジで?


 リンセスが追いついた。

 そして、リンセスも乗ってみる。

 クマは無抵抗だった。


「クマ、スタート」


 クマがダンジョンの奥に向かって進み始めた。

 マジで?


 どんどん進んでいったと思うと、先のフロアにいた他のクマ、クマ2は、壁際に寄って道をあけてくれた。


 後ろに座っているリンセスが、俺の体に軽くもたれる体重を感じた。

 モコモコ鎧同士が充分な距離を保っているのか、ビリビリもない。

 これは、体温を感じられないという難点がありつつも、すばらしいですね!


 ずんずん進むクマ1。


 クマ1の背中でゆられる俺たち。


 道をあけるクマ3。


 進むクマ1。


 ゆれる俺たち。


 あけるクマ4。


 はっ。

 ここで致命的なことに気づいた俺氏。


 なぜクマは俺を背に乗せ、道をあけるのか。

  

 魔王だから。

 魔王オーラが出まくりだから。

 従うのが魔物だから!


 やべえ。


 言うこと聞いてくれるクマ、いいな!

 なんてのんびり乗ってる場合じゃなかった。

 やばいやばい、結構やばい。


 リンセスにどう説明したら。

 いや、リンセスに口止めを。

 いやいや、口止めをしたらなにかを察するかもしれない。


 あの鋭い目で、あんた、魔物となんかつながりあるの? とか尋問されるかもしれない!


 悪くない!

 尋問されたい!

 二人きりで狭い部屋で、冷たい目で見られたい!


 いやだめだ。

 これはまじめなピンチだぞ、俺。

 

 考えてたら一番奥のフロアに到着してしまった。

 クマ1が、キラキラの石のところまで連れてってくれた。


「悪いね」

「ガオ」

 返事したぞ、おい。


 そのまま入り口にもどるだけになってしまった。

 のっしのっしと歩くクマに乗ってもどる。


「ねえ、ベジル」

「はい」

「どうして魔物はあなたを助けてくれるの?」


 それはね……。

 お前を食べるためだよ!!

 キャー!!

 いやこれはなんとか頭巾ちゃんだ。


「なんていうか」

「うん」


「リンセスは、さ。魔物と、戦うのって、どう思う?」

「地上の汚れを落とすみたいで、気持ちいい!」


 おっと!

 ここでフルスイングの勇者発言!

 これは根っからの勇者だ!

 同意が得られないかもしれない!

 大ピーンチ!


 でも言ってみるしかない!


「えっと、俺はさ」

「うん」


「魔物とも、戦わないですむなら、それでいいかなー、みたいな気持ちもあって。だからこの、なんていうの? 闘気? みたいなやつで、魔物にこう、プレッシャーみたいなものを与えることで、場合によっては、こんなふうに従えて、みたいなさ。こういうのも、ありかなー、なんて思うわけ」


 なんて話してたら、俺の背中に軽くかかってたリンセスの体重が、すっ、と離れた。


 おや?

 おやおや?


 これは決定的な意見のちがい?

 嘘バレですか?

 魔王を察した?


 ガチバトル展開?


 モコモコ鎧着ててよかったわ。

 着てなかったら最悪、背後から刺されてる可能性あるでしょ。


 クマの道 魔王と察して ベジル刺す

              リンセス


 辞世の句を相手に詠んでもらうスタイル。


 そんなこと考えてる場合じゃねえぞ。

 出たら即、全員と死闘みたいな展開あるぞこれ。

 

 かといって、心情的にも、物理的にも、リンセスを殺して口封じ、なんてできるわけないし。


 どうしよう。


「びっくりした」

 リンセスの声。

 死闘へのカウントダウン。


「そそそそ、そう?」

 俺の声はガンガン裏返る。


「私、魔王を倒すことばかり考えてた」

「フツーフツー」


「でもちがったんだね。ベジルは、その後の平和のことも考えてたんだね」

「あのだからそれは……、ん?」


「私、平和な世界のこと、あまり考えてこなかった。やっぱり、ベジルは勇者だね」


 そしてさっきまでよりしっかりと、背中にリンセスの体重を感じた。


 あなたに身をあずけます宣言。

 またリンセスとの距離が縮まった感じ。


 よかった、とりあえずよかった。

 根本的解決にはなっていないけれどもよかった。

 日ごろの行いがきっとよかったからよかった。

 よかったよかった。


 魔王スキル『魔物を手下のように自在に操る』に目覚めた感じがハンパないけど、よかった。


 ……どう考えてもやばいだろ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る