第5話 水泳の授業やばい

「まあ好きな人になら殺されても本望本望言うとる人もおりますけど、ほんまのところは本望とはいかんもんで……」


 朝にベッドの中、ひとりでぶつぶつ言ってる俺。


 もうどうしようもないんですかねー。


 勇者と魔王では。


「おーいベジル! おーい!」

 ドアの向こうでマーシャルの声がする。


「なんだよー」

「開けてくれー」

「明日でいいか?」

「これから授業だろうが!」


 リンセスとのお話し合いが終わって今日。

 新しい朝。


 終わりの朝。


「休む」

「は? なんで?」

「ちょっと」

「ちょっと、じゃねえぞ! 今日は出ろ出ろ!」

「デロデロ?」

 俺の気持ちがデロデロだよ。


「いいから開けろ!」


 やっとドアを開けてやると、筒のように丸めた紙を持ったマーシャルが入ってきて椅子に座る。


「なんだよ」

「なあ、今日、どんな水……、授業やると思う? ヒント、水着、水泳!」


 マーシャルは答えを宣言しながら椅子の上に立ち上がって紙をかかげる。


「フー! フワフワフー!!」

「落ち着けよ」

「やべえんだって、水着」


 マーシャルは、紙を床に広げた。


 くるりんぱ、と開かれたそこにあった絵。


「これは……」


 笑顔の男女が描かれていた。

 服装は。


 男は股間を三角形で隠し。

 女子は胸を二つの三角形で隠し、股間をやはり三角形で隠している。


「攻めてる下着だな」

「ちっちっち」

 マーシャルは人さし指を振る。


「これは水着なんだよ、ベジルくん」

「なに?」


「これは水着だ。ベントリー情報だ。今日、実装される」

「なに言ってるんだ? ついに頭がおかしくなったのか? こんなに露出度の高い水着があるわけないだろ」


 水着といったら、水の中で比較的動きやすいよう、体にぴったりした服を着るものだ。

 体のラインがバッチリ出るので、それはそれは、あれである。

 なかなか楽しい景色である。


 マーシャルが、にやりと笑う。

「先生が決めたんだよ。男子は股間をピチピチの三角形で隠し、女子は、胸と股間で分離している、下着状のものにすると!」

「……女子がこれで泳ぐのか?」


 俺はあらためて絵を見た。

 下着だ。


「イエス」

「水に入ってバシャバシャするのか!?」

「イエース!」

「こんなの、もし脱げたらどうす……」


 俺が言いかけると、マーシャルは椅子に座り、ゆったりと脚を組んだ。


「わかったか……? このイベントの、重大さが……」


 さすがにこれ以上、なにも言う必要はなかった。


 おそろしい……。


 なんてこと……!

 合法的に、どころか、授業でこんなことが……!?

 

「ベジル君。これがいかにとんでもないイベントなのか、わかったかな?」

 マーシャルはくり返した。


「で、でも、そんなことを先生が認めるなんてありえない!」

「これは先生の発案の水着だ」

「なに?」


「ベインサム先生の人柄はみんな知っている。勇者というものに、誠実に向き合っている人だ。セクハラ、パワハラは皆無」

「そうだ」

「だからこそ、こんなデザインを堂々と出してきた」


 そうか……。

 いかがわしい気持ちだったら、こんな下着みたいな水着を提案できるわけがない。


 これを提案された他の職員が、ええ……? マジですか……? ってなってても、先生のまっすぐな目で計画を進めたいと言われたら、進めてしまう。


 そういうことなのだ。


「すごい……。これが元勇者の力……」

 俺は心底感動していた。


「どうだベジル」

「ああ……。でも。ひとつだけ心配が……」

「なんだ?」

「女子たちから不満が出るんじゃないか?」


 こんなデザイン。


「ところが、これも先生が、なんとかしてくれるはず……」

「なんだって!?」

「ずっとこの水着が採用されるかどうか。それはわからない。だが!」

「だが?」

「先生が言うのなら、一度だけなら試してみる。今日だけは。それが、勇者学校の生徒ってもんだろ……?」

「あ……!」


「危険な訓練も、おれたちはやってきた。勇者を目指して。なのにいまさら、別に危険でもない、恥ずかしいだけの訓練を、拒否するのか? ちがうよな?」

「あ……!!」

「もしこの授業に、あまり意味がなかったとしても、それを確認するために、今日、この一日だけは、やるべきだよなあああああ!?」

「あ、あ、ああ……!!!」


 水着のサイズも新しく測る必要はない。

 日々の授業に使う鎧や服。

 そういったもので、すでにデータの蓄積はある。


 今日、いきなり導入することも、十分可能……!


 なら、本当に。


「この水着が見られる」

「イエス」

「この水着を着た、リンセスが見られる」

「イエス!」

「ほぼ下着が見られる」

「イエス!!」

「今日、これから!」

「イエス!!!」


 マーシャルの出した手を、俺はぐっ、と握り返した。

 俺の未来がいま、始まる……。


 だが。

 ひとつ、大きな問題があった。

 それはもちろん、魔王紋だ。


 男子も露出の高い水着。

 隠しようがない。


 本来なら、あきらめるしかない。


 だが。

 だが!

 俺は、こうする!




「みんな集まったな」

 敷地内、湖の近くに集まった俺たち。

 先生の前には、いくつかの箱があった。

 すでに中の水着が見えている。


「名前を呼んだら取りに来なさい」

 男子からだんだんと受け取っていく。

 俺は最後に先生の前に行った。


「先生」

「どうした」

「俺、今日は見学でもいいですか」

「どうした?」

「ちょっと、体調が」


 このストレートな作戦。

 誰が思いつくだろう。

 まっすぐすぎて誰も思いつかないのではないか?


 リンセスの水着は見たい。

 だが自分が水着で授業に参加することはできない。

 ならどうするか。


 見学だ。


 見て、学ぶのだ。


「部屋にもどって休むか?」

「いえ、見学します」


 ここにも実は、考えがある。


 もし、だ。

 もし、先生が、やましい気持ちで水着をつくったとしたら?

『お前、女子のいやらしい格好をあますところなく凝視するために、仮病で見学をしてるんじゃないのか!』

 こういう注意があるかもしれない。


 だがしかし。


 この先生はそういう先生ではない。


 俺の、見学、という話をそのまま受ける。


 さらに。

 俺はこれまで、わりとまじめにやってきた。

 マーシャル相手はともかく、他の生徒。

 特に女子には、俺は勇者一筋に見えているはず。

 実際、かなりそういう生活だ。


 ならば。

 おれがやましい考えを持っていると考える生徒はすくない……!


 なので通る……!

 この見学……!

 通す……!


 通してみせる……!!


「昨日の聖剣の影響が出ているのかもしれないな。先生も、初めて聖剣にさわったときには、なんだか体に残る異変みたいなものがあったんだ。特に、勇者となれば、な」


「せんせー、まだベジルで勇者決定じゃないとおもいまーす!」

 マーシャルが言うと、先生は笑った。


「たしかに! 先生が勝手に決めちゃあいけないよな!」

「はーい!」

「みんながんばって、泳ぐんだぞ!」

『はい!』


 そうして、今度は女子が水着をもらっていく。


 通った……?

 通ったな?

 先生が、俺の見学を補強してくれる説を投入してくれるまさかの展開!


 通った、この見学……!!


 勝った! 


 そのとき。

「先生、私も見学していいですか」

 と言ったのはリンセスだった。


「どうした」

「ちょっと、体調が」


 あ……!


 そうか。

 ガチ勇者のリンセス。

 聖剣を初めてさわったときの不調、が出るとしたら、リンセス……!!


 しまった……!

 なんてこと……!

 リンセスの水着……!

 見られない……!!


「そうか。部屋にもどるか? それとも、ベジルと一緒に見学してるか? 」

「はい」

「そうか。じゃあそうしろ」


 リンセスと目が合う。

 そして俺にだけわかる感じで、一瞬だけ微笑んだ。

 ズキューーン!

 はい死んだ。

 俺死んだ。

 死因は胸キュン。

 そして復活した。

 復活因も胸キュン。


 俺のとなりにリンセスが座る。


「へへ」

 と小声でにこり。


 へへ、だってよー!

 ちょっと前まで、なに? とか鋭い視線オンリーだったのにー!

 もう仲良しじゃないですかー!

 へへ、最高だぜー!


 水着閲覧のチャンスが消えたことを回収してあまりある!

 勝利!


 そわそわしている男子たちよりも俺が勝った!


「じゃあ男子は湖の右側、女子は左側を使って泳げ」

「え?」

 マーシャルが一番早く反応した。

 

「どうかしたか?」

「一緒に泳ぐんじゃないんですか?」

「一緒だろう」

「いや、あの、男女の距離が」


 湖は広いので、男子がまちがって女子のほうに行ってしまった、という言い訳は通用しない距離がある。

 水着鑑賞は不可能に近い。


「それがどうした?」

「えっと、いつもは、男女の区別なく同じ難易度の演習をしてるので、どうなんだろうなー、こういうのって、どうなんだろうなー、って思ったんですけどねー」

 マーシャルがねばる。


「露出が多いという意見もあってな。女子の中には、男子と近距離で泳ぐことに抵抗がある者もいるのではないか、と開発段階で意見があったんだ」


 妥当な意見、すでにあった!


「し、しかしですね先生。戦闘中は、そんなこと待ったなしですよ!」

 マーシャルがねばる。


 授業に関することでこんなにねばるマーシャルを見るのは初めてだ。


 気づけば、男子たちはみんなマーシャルを見ていた。

 力を与えるかのように、じっと、目に力をためていた。


 マーシャル……!

 その圧が見えた。

 男子である僕には見えた。


「今回の授業は実験だからな。問題ない」


 あーっと先生がバッサリ切り捨てた!

 マーシャルの反論は尽きたー!


 男子たちもなすすべなしー!


 あとに残ったのは、女子からのマーシャルに対する、なに? あいつなんかエロい目で見る気満々じゃない? 隠せよ。やばくない?


 という排除感あふれる視線ー!

 マーシャル、女子からの孤立ー!


「それじゃあ、着替えて用意しろ」



 で。

 なにこれ。

 男子たちは、向こうに言った。

 で?

 俺はこのままでいいと言われ。


 なんでここ、女子の集合場所になってるの?


「よし、準備できたか」

『はい!』


 というかわいい声たち。


 たぶん、すごい格好をしてるんだろう。

 カーニバルでフェスティバルだろう。


 だけど俺は体育座りで顔をふせていた。


 見れない。

 いや、だってですよ?

 となりにリンセスがいるんですよ?

 気になるあの子がニコニコしてるんですよ?

 そんな状況で見られます?

 デヘヘでグヘヘなテンションで女子の水着を見られますか? あなた。

 無理でしょ?


「よし、じゃあまず泳力順にならんでくれ」


 先生がなんともない様子で指導を始める声。

 さすが元勇者、平常心のかたまり!


「どうしたの?」

 とリンセスの、からかうような声。


「ベジルくーん?」

 という他の女子の声や、クスクス笑う声。


 気づけば、恥ずかしがって女子の水着を見られない男、扱いですよ!

 シャイボーイ降臨しちゃってますよ!


 平気な顔して、なに? ってみんなを見たっていい準備ができたともいえますが。

 でも顔を上げた瞬間、俺がだらしない顔で、グヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ、という内面が前面に出てたらと思うと、顔は上げられませんよ!


 なんてこったー。

 逆に、逆につらい。

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