こぐまえるはくまのぬいぐるみ

くまえる

ねずみ

ぼくは、くまのぬいぐるみのこぐまえる。

ご主人がお出かけ中、ぼくは畳の上でごろごろしていた。

外はだんだんと暖かくなりつつある春!

咲き始めた桜の花が開けた窓から見える。


 ……ふう


ぼくは体から抜け出すと、ぼくを見下ろした。

窓が開いていれば外に行ける。

ぼくは、春の気配に我慢できなくなって、お出かけすることにした。


 どこに行こうかな?


一度でもご主人と一緒に行ってマーカーを付けた場所ならば、瞬時に行ける。


「おーい、くま!」


どこに行くか迷いつつ、近所を漂っていたら長老に呼び止められた。

長老は、この辺りの野良猫を束ねる大きな白猫で、ぼくのことを「くま」と呼ぶ。


 何? 長老


「ちょっと付いてこい」


 いいよー


猫らしくスタスタ進む長老の後に続く。


「これを見てみろ」


ビルの外階段の裏に穴が空いていた。


 なにこれ?


「鼠だ」


 ねずみ?


「鼠が穴を掘って巣を作ったんだ」


 なら、中にねずみがいるの?


「そうだ」


そう言って、長老は僕をじっと見つめた。


 ……ぼく、見てこようか?(汗


圧力に屈するようにぼくは言った。


「頼む」


威厳ある口調で長老が言う。


 うん

 まあ

 どこに行くか決まってなかったしね


ぼくは穴の中に潜った。

目で見ているわけではないので明るさはあまり関係ない。

直径7、8cmぐらいの大きさの穴の中を進んでいくと、少し広くなった部屋のような所があって、そこにねずみがいた。

ねずみは女の子みたいで、下着姿で化粧をしているっぽかった。

ねずみはぼくを見ると


「きゃー、えっち」


と言った。


 ええぇっ!?


たじろぐ僕。


 何やってるの? くま。


後ろから声を掛けられ、ぼくは振り向いた。


 あれ? お兄ちゃん?


ぼくにはお兄ちゃんがいる。

お兄ちゃんもくまのぬいぐるみだ。

お兄ちゃんもぼくのことを「くま」と呼ぶ。

というか、みんなぼくのことを「くま」と呼ぶ。(こぐまえるなのに!)

そこには、地中の穴の中の部屋で、椅子に座ってテーブルに向かい本を読むお兄ちゃんがいた。


 お兄ちゃん、こんなとこで何やってるの?


 それは俺のセリフだよ、くま。


お兄ちゃんはテーブルに本を伏せると、ぼくを見る。


 えーっと、ねずみを追いかけてて?

 違う、ねずみの巣に潜ったらねずみが着替えてて……?


 ねずみが着替えてたの?


 うーん


ねずみって着替えるっけ?

ぼくはさっき見た光景が幻のような気がしてきて言葉を濁した。


 お兄ちゃんは、ここで何をしているの?


 見ての通り、本を読んでいるんだ。


 ……ここって、どこ?


 それは……


「鼠はいたかい?」


長老が言った。

次の瞬間、ぼくは、穴の外で長老と並んで鼠の穴を見下ろしていた。


 ええっと、いたかな?


「どっちだい?」


 いなかった、何にもいなかった!


ぼくは、自分に言い聞かせるように言った。

そして、


 長老、用事を思い出したから帰るね!


そう叫ぶと、ぴゅーん、と家に戻ってお兄ちゃんの所に行った。

お兄ちゃんの本体は、ぼくと並んで畳の上に寝転がっていたけど、中身は本棚の前で本を読んでいた。


 お兄ちゃん、今日はずっと本を読んでたの?


 そうだけど、どうして?

 くまはどこかに行ってきたの?


 うーん、そうねぇ


ねずみの穴の中で見たお兄ちゃんは、お兄ちゃんじゃなかったの?


混乱するぼく。


「ただいま~」


そうしているうちに、ご主人が仕事から帰ってきた。


 おかえり!


ぼくはご主人の所にすっ飛んでいくと、今日の出来事を話した。


「よくあることだよ」


 えっ


「花粉すごーい! 風呂に入るぞー!」


ご主人は服を脱ぎ散らかすと、お風呂場に入っていった。


 どうしたの? くま?


本体に戻ったぼくを、不思議そうにお兄ちゃんが覗き込む。


 なんでもない……


ぼくはそう言って目を閉じた。



その夜ぼくは、ねずみの穴を延々と巡る夢にうなされた。

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